動き出す過去の英雄と、動き出す革命家
★ キースグラン連邦 首都ヴァルハラ ★
いかつい男ふたりの前にいる男は、さらにいかつかった。
ダンテスとて、冒険者として戦ってきた人生を振り返ると数多くの大男を見てきた。
今、彼の横にいる「消えぬ光剣」ことヨーゼフもまた同じである。彼の頭は今日もぴかぴかに磨き上がっている。
だが——、
(さすがだ……「天銀級」の盾役としてその名を轟かせた冒険者、グルジオは)
ダンテスが見上げるようにしなければならないほどの上背、そして身体の分厚さは人間離れしている。
現役時代はボッサボサのたてがみのようだった頭髪は今やキレイに刈り込まれてはいるが、顔に残るいくつもの傷痕、手袋をしているが左手の義手は、まさに歴戦の猛者だ。
彼が、鎧ではなく貴族のような服を着ているのが不思議なほど。
「——ったく、一難去ってまた一難か?」
グルジオはヨーゼフとダンテスのふたりを応接室のソファに座らせた。
ここはキースグラン連邦の首都、ヴァルハラにある冒険者ギルド。そのギルドマスターの応接室だった。
現役の冒険者であり黄金級のダンテス、以前は黄金級冒険者でありながら今は引退してギルドの訓練官として働いているヨーゼフのふたりは、界隈では有名人だったがそれでもグルジオと比べてしまうと霞む。
年齢もふたりより20は上のはずだが、いまだ最前線で戦っていそうな気配を醸し出している。
「報告は聞いてるよ」
グルジオはヨーゼフの差し出した紙にさっと目を通す。
アッヘンバッハ公爵領の領都ユーヴェルマインズ冒険者ギルドの使いでここに来たはずのヨーゼフだというのに、グルジオとの面会は10日も待たされた。
それほどにグルジオは多忙だった。
自分の地位をひけらかすために、無理に待たせたのではないのだろう。その証拠に、グルジオはヨーゼフにも、ダンテスにも、丁重な態度だった。
「『六天鉱山』の枯渇は非常に重要な問題かと思います」
ヨーゼフが言うと、
「ああ、その通りだ。だからこれは冒険者でなく、公爵軍と王の騎士隊が動くという」
「…………」
「『それで勝てるのか』って顔だな? 俺は実際にこの目で見ちゃいねえが、そんなに竜は脅威か」
領都ユーヴェルマインズを襲った竜ならば、ひょっとしたらこの規格外のギルドマスターならばひとりで押さえ込むかもしれない。
現役と引退という違いはあれど、同じ天銀級だったハーフエルフのクリスタ=ラ=クリスタの魔法はすさまじかった。
だが——「六天鉱山」の奥にいた竜のサイズは、領都を襲ったそれの数倍あるという。
「……正直なところ、粒ぞろいの精鋭でなければ倒せないのではないでしょうか」
ヨーゼフはピンと背筋を伸ばして答える。
「公爵軍はともかく、ゲッフェルト王は本気だ。騎士隊にゃ、星4つ持ちがごろごろいるぞ」
「しかし竜との戦いは数ではなく質ではありませんか?」
「ああ。だから、全滅するかもしれんな。全滅したら——いよいよ俺の出番だ」
にやり、と獰猛な笑みを浮かべたグルジオを見て、ヨーゼフの背筋が凍る。
こういうときに彼我の差を痛感するのだ。
クラスの差は、それほどまでに大きい。
今ここでダンテスとヨーゼフのふたりが掛かって、グルジオひとりを相手にどれくらい戦えるだろうか?
数分? あるいは——数秒?
(強くなったつもりでいたが、俺もまだまだだな……)
ダンテスもまた内心に思う。
得てして玄人は腕が上がれば上がるほど、達人との差が明確にわかるようになる。
それは冒険者にしても同じだった。
自分の実力が上がれば上がるほど、その上にいる冒険者との差がわかる。
「……と言いたいところだが、俺はずっと待機だとよ」
「え? な、なぜ!?」
拍子抜けしたようなグルジオの物言いに、ヨーゼフが声を上げる。
「俺が最近忙しかったのはそっちのせいだ。どうやら教会から『待った』が掛かってるようでな。近く、起きる大変な事態に備えろとな。国王陛下から見れば、六天鉱山の一時的な天賦珠玉枯渇よりも——大体、鉱山はこないだからぶっ壊れてて使えてなかったんだ——教会の予言を大事にしているようだ」
「…………」
「ふむ、その顔を見るに、お前はなにが起きるか知ってんだな?」
「……はい、ここにいるダンテスから聞きました。彼の仲間が教会に報告をしたのだと思われます」
「そうか。そんなら話は早え」
グルジオは言った。
「仲間を全員このヴァルハラに連れてこい。戦力はひとりでも多いほうがいい」
「なぜですか。ここにはグルジオ様、あなたがいるでしょう」
初めてダンテスが言うと、
「そうだ。俺がいれば大抵は守ってやれる」
「……ならば他の街に行きます。あなたがいない場所に」
するとグルジオは難しい顔で首を横に振る。
「ほんとうにヤバい事態なら、戦力を分散させることは論外だ」
ダンテスは驚いた。
グルジオはすでに、世界の融合後の危機を、「これから起きる現実のもの」として把握している。
「ギルドはどうするのですか。冒険者たちにどういった通達を」
「なにもしねえよ」
「なにも……!? なぜです。あなたは『世界の融合』についてそれほど危機感を持っているというのに」
「これからなにか起きるかもしれないから街にいろとでもいうのか? 冒険者は自由が信条だ。金ももらえねえのに大人しくしてるヤツなんざいねえ」
「予算はつきませんか」
横からヨーゼフが言うと、
「つくわけねえだろ、バカタレ。ユーヴェルマインズだって火の車だろうが」
「……はい。なので本部から……」
「ギルドにゃ金がねえ。だから俺も貴族どもにあちこち聞いてみたが、ダメだ」
そのとき初めてダンテスとヨーゼフのふたりは、グルジオの忙しかった理由を知る。
貴族を相手に資金拠出を求めていたのだ。
冒険者を使って街を守るために。
「……ひりつくんだよな。今回の件は。俺が今まで対峙したどのモンスターよりもやべえニオイがぷんぷんする」
超自然的な「予感」でもって危機を感じ取ったグルジオと、ぬくぬくとした環境にいる貴族とでは危機感に対して考え方がまったく違うのだ。
(ならば、冒険者ギルドはなにも手を打たないというのか?)
実は、それはダンテスが、冒険者ギルドに話を持ち込む前からすでに予想されていたことではあった。
冒険者を縛ることは難しい。
領都ユーヴェルマインズに竜が飛来する……それくらいわかりやすい敵がいなければ。
あるいは金があれば「依頼」とすることができるのだが、その手は使えないようだ。
「……グルジオ様。ひとつ提案があるのですが」
「ん?」
控えめに手を挙げたダンテスに、グルジオが視線を向ける。
「世界の融合についてはある程度、日程の算段がつきます。問題はその後に起きるモンスターの襲来です」
「ああ。それで? たかだか数日かもしれんが、全冒険者ギルドで冒険者を数日足止めするのにいくら掛かるかお前は知っているのか?」
「ふっ、残念ながら俺は知りませんが、およその数値を計算した者はいます」
ダンテスは脳裏に、自分のパーティーメンバーであり、聡明極まる少年のことを思い浮かべた。
彼が口にした数字をグルジオに伝えると、その日初めての表情を見せた。
驚き、である。
「ほう……うちの職員に三日三晩計算させた数字とそう変わらんな。どうやった?」
「ははは。それが、私はその計算方法を聞いてもどうもピンときませんで」
レイジがやった計算は、いわゆる「フェルミ推定」と呼ばれるものだ。
実数や実態がわからないものに対して、いくつかの手がかりを元に推測する。
冒険者ギルドは逆に、ギルドの数も冒険者の数やランクも、資料をかき集めれば実数を計算できてしまうので、時間を掛けてしまう。
一方のレイジは大雑把な数字さえ把握できればいいので、計算に時間は掛からない。
ちなみにはじき出された金額は、小国の半年分の予算に匹敵した。
これらのことは、ダンテスと別れる前にすでに話し合っていたことだった。
「いずれにせよ、その者が言うには、『冒険者を引き留めるだけならいくらでも方法がある』と」
「……いくらでも、は言い過ぎだろうが」
「いえ。我らは冒険者として長く時間を過ごしすぎたせいで、『自由』が信条の冒険者を引き留めることは難しく、『依頼』を通じてならば確実だが金が掛かる——という固定観念に縛られているようです」
「ふむ……『自由』なはずの我らが『縛られている』とな。そういう側面はあるかもしれんな」
グルジオはあごに手を当てながらそう言った。
この歳、この地位にあってなお、自分の間違いや欠点を認められるグルジオに、ダンテスは感心する。
(グルジオ様ならば)
大丈夫かもしれない。
冒険者たちを引き留め、未知の災害と戦えるかもしれない——。
ダンテスは「希望」をそこに見た。
「では、聞こう。その『いくらでも』ある提案とやらを?」
「はっ。実は——」
それからダンテスは、レイジと話した多くの事柄についてグルジオに伝えた。
彼らの話し合いはそれから夜更けまで続くことになり——グルジオはこの日、残りの予定をすべてキャンセルすることになった。
各国にまたがる冒険者ギルドが、グルジオを中心に大きく動き出すことになるのはそれから数日してのことだった。
★
鐘が鳴った。
会議が一時中断されると、僕は強ばっていた身体から力が抜けていくのを感じた。教皇聖下と枢機卿猊下はふたりで相談することがあるということで、僕は解放され、ひとり城内の廊下を控え室へと向かって歩いていく。
「レイジくん!」
僕に最初に気がついたのはミミノさんだった。その横にはノンさんがいて、廊下をこちらに向かっているところだった。
「あれ、どうしました。ふたりとも」
「その……黒髪に戻したレイジくんが心配でな、そろそろ会議の休憩時間になるっていう鐘が聞こえたから様子を見に来たんだべな……」
心配してくれてたことがうれしくて、なんだかむずがゆいような気持ちもあった。
僕は、先ほどのことを話した。
教皇聖下が僕の後ろ盾になる——という発言を聞いたときにはノンさんはハッとしたように息を呑んだけれど、やはりそれは結構重要なことなんだろうか?
「——ああ、いたいた。レイジくん」
とそこへ声が掛かり——振り向くと、にこやかな顔で歩いてきたのは、
「ホ、ホリデイ代表……!?」
先ほど僕が「災厄の子」だと指摘したウインドル共和国のホリデイ人民代表だった。
ミミノさんは僕の前に身体を滑り込ませ、ノンさんはその横に立った。
「あ……あ〜、そう構えないでくれたまえ。実は君と話をしておきたかったんだ」
「……話、ですか?」
「まずはその剣呑な空気を和らげようよ、ね? 危害を加える気なんてないことは、私がひとりでここにいることからわかるだろう?」
確かにホリデイ代表はひとりでそこに立っている。
「でも、廊下の奥と窓の外に、合計12人潜ませてますよね?」
指摘すると、ホリデイ代表はぎょっとしたような顔をした。
「……参ったな、こりゃ。私の想定以上にデキる子だったか」
そんなことをつぶやきながらあごに手を当てて考えるようにし、
「ええとね、これは枢機卿猊下から口止めされていたのだけど……さっきの発言は、猊下に頼まれていたことだったんだよ」
「……え?」
「教会があの場を使って君の身元保証、それに黒髪黒目への差別をなくそうとしたことは君もわかっていただろ?」
それは、まあ。
でなければわざわざ「黒髪に戻そう」なんてならないもんね。
「でも教会を相手に無用に刺激するような発言はみんなしたがらないし、あるいは偏見の塊みたいな国家代表がいた場合に議論が紛糾してしまうから、猊下は議論をコントロールするために私に依頼をしたというわけさ」
「なるほど……」
「だから黒髪黒目に対して他意はない。大体、共和制の我が国では差別を持っているような人間は人民代表には選ばれない……と、このあたりはわからないかな」
「いえ。絶対の君主を持たず、代表を選挙などで選ぶということですよね」
現代地球ではわりとふつうにあった政治形態だった。
するとホリデイ代表は目を瞬かせ、
「君は……そうか、だからこそ教会は君の身元を保証したのかな」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。君は武人としても優れ、さらには聡明だ。だから教会は君を手元に置いておきたいと思ったのだろう」
「い、いえ、そんな……たいしたことでは」
「レイジくんはすごいんだべな!」
ミミノさんがドヤッてるのはかわいいけども。
「この騒ぎが落ち着いたら、是非ともウインドルに招待したいな。どうだい?」
「——それは……少し興味があります」
この世界は王国や帝国といった、君主制の国家がほとんどだ。
ウインドル共和国はキースグラン連邦の一部で、数少ない共和制国家だった。
興味がないと言ったらウソになる。
「よかった。——それと、今は少し時間があるかね? 会議再開まで、あと1時間ほどではあるが」
「はい。時間はありますが……」
「盟約の破棄について話をしたい」
ずばっ、とホリデイ代表は切り込んできた。
盟約者のうち、「大陸人」の代表であるという自覚がホリデイ代表にはあるようだ。
彼はノンさんや他の人たちと同じ「ヒト種族」であることは間違いなく、盟約者として覚醒したのもある程度成長してからだったらしい。
「——ウインドル共和国には盟約に関する記録が残っていてね、過去にも人民代表が『大陸人』代表であったことが何度もあるようだ」
この大陸にヒト種族は多く、人口比で言ってもウインドル共和国にだけ盟約者が多く出るというのは確率的におかしなことになる。
偶然に頼って盟約者が選定されるわけではないようだけど……その基準がよくわからないな。
「私が関与している盟約は——」
「盟約の破棄、ですね」
「……そうだ。枢機卿猊下から聞いたのかな?」
僕が【離界盟約】を使えることはまだ秘密なので、そうです、とうなずいておいた。
すると、少し考えるようにホリデイ代表はティーカップを口に運んだ。
ここは僕に与えられた控え室だった。
控え室と言いながら結構豪華な造りで、貴族の応接間といった趣がある。
壁に掛かった絵は宗教画だけども。
ホリデイ代表の背後にふたり、部屋の入口に3人、窓の外に5人の護衛が配置されている。
彼らは文官や秘書のような質素な格好をしているのだけれど、その袖や裾、頭髪に暗器を仕込んでいる。ごりごりの武闘派だ。
僕は盟約の破棄について記憶をよみがえらせる。
盟約の破棄(大陸人/ドワーフ)
・盟約の破棄は調停者に対して宣言することで行われる。
・破棄が行われた場合、2つの世界は1つになる。
破棄の方法は「調停者に対して宣言する」となっている。
そこでなにか悩むことはあるのだろうか。
「……レイジくん、先ほどの会議を聞いていてどう思った?」
「どう、とは……」
「醜いと、思わなかったかね?」
僕が「災厄の子」かどうかの話が終わると、「世界の統一」について話が進んだ。
だがそこからが難航した。
世界の危機が迫っていると言われても、各国代表はそれを実感しているわけではない。
「レッドゲート」の問題はレフ魔導帝国の話、という感じだし、唯一の問題である「天賦珠玉の枯渇」にだけ関心があった。
つまるところ、根本的な解決ではなく「天賦珠玉をもっと出せ」としか言わなかったのだ。
この状況を推測していたのなら「教会が隠しているのか」と発言する代表までいた。
今、教皇聖下と枢機卿猊下が話し合っているのは、この頭痛がするような代表たちをどう排除して、残りの代表たちと建設的な議論ができるかといったところだろう。
「実はウインドル共和国は、天賦に頼らない形での国家運営を進めている」
「えっ」
僕は驚いた。そんなことが可能なのだろうか?
技能系の天賦珠玉であれば、それをひとつ使うだけで、その人は食いっぱぐれない。
魔法のように便利な道具だ。
パソコンやスマートフォンのようなものかもしれない。
一度使ってしまうとその前には戻れない。
「星の数が低いものだけは希望者にのみ配布しているけれどね。だけどそれは一時的な貸与で、決められた年月のあとに返却するようにしている」
「どうして、そんな……」
不便な道を、とは言えなかった。
ホリデイ代表は確信に満ちた顔をしていたからだ。
「天賦があると努力を忘れるからさ」
その言葉は、僕の身体を貫いた。
ラルクは、僕の姉は——努力をしないわけではなかったけれど、【影王魔剣術★★★★★★】を手にしてしまったせいで、それに頼り切ってしまうようになった。
代償は大きかったし、ラルクは今、それを乗り越えようと苦労しているはずだ。
(……僕だって、他人事じゃない)
今までの行動基準は【森羅万象】ありきのものだった。
これを手放すことはほんとうに難しい。
「——天賦があっても、努力をして世のために行動する人は多くいますわ」
そこへ、ノンさんが言った。
ホリデイ代表は、反論を聞いてもイヤな顔ひとつせず——むしろうれしそうに、
「そのとおりです。きっとあなたも、レイジさんも、努力の人なのでしょう。ですが多くの者が努力をできなくなることもまた事実です」
「…………」
ノンさんも思い当たるフシがあるのか、じっと黙り込んでしまった。
「実は我が国の政策は実験的なところもあるのです。たとえば我が国は国内に凶暴なモンスターの出現する場所はほとんどありませんから、強力な天賦を必要としていません。また、国境が隣接するところはすべて同じ連邦内の国家であり、外敵に脅威を感じることもない」
キースグラン連邦は、出現する天賦珠玉を各国に分配するのだが、ウインドル共和国は星の多い天賦珠玉を断っており、その対価に大国からの資金援助や、有事での軍事協力などを取り付けているのだそうだ。
「天賦珠玉を使う他国に頼った政策……であるのは間違いありません。もちろん一方で、我が国の農業生産量は連邦内でも群を抜いており、豊かになっております」
「それはつまり、ふたつの世界がひとつになったあとの……モデルケースになるということですね」
「そのとおりです」
我が意を得たりとばかりにホリデイ代表はうなずいた。
「我が国はすでに天賦珠玉を必要としておりませんので、それを知っている連邦内の他国は私の発言を無視するでしょう。ですが、どのみち天賦珠玉が枯渇するのであれば、世界の崩壊が現実になる前に盟約を破棄すべきです」
「……ホリデイ代表は、世界が崩壊すると思いますか?」
「思いますよ」
あっさりと、しかしきっぱりと、断言する。
「この世界を誰よりも長く見つめてきた教会が、そう言っているのです。他にどんな専門家を連れてきたって、それは単に、『こうあって欲しい世界』の代弁者を連れてくるようなものです。私は思考を放棄しているのではありませんよ?」
「はい。適材適所という言葉もあります」
「ウインドル共和国は小国ですからね。私にできないことはどんどん他の者にやってもらう……そういう考えが染みついています」
「君主制の国は、難しいかもしれませんね……」
国王、皇帝、そういった立場の人は、すべてを自分の主観で決めることができる。
もちろん臣下や専門家の意見を聞いてから判断するのだろうけど、選挙が行われる共和制の国とは違って君主はその後もずっと君主だ。自分の治世がずっと続いて欲しいと考えるだろうし、他国の有識者の意見より、自国の者の意見を重用するだろう。
「でも一方で、君主制の国家は、国王がこうと決めてしまえば改革は早いですよね? 共和制の場合は次の選挙に当選するために、任期満了前は目先の利益に走ることもある」
「……レイジくん、君、何歳? どこで政治のことを勉強したの?」
「あ、いえ……たまたま興味があっただけで」
「ふーむ。ますます我が国に欲しくなったな……その前に教皇聖下に釘を刺して……」
「あの、ホリデイ代表?」
「ああ、ごめんごめん。——私の狙いはまさにそこなんだ」
「そこ……?」
「私はすでに『大陸人』代表なので、ある意味君主のようなものでもある。つまり『大陸人』としての決定は私が握っているんだ」
それはそうだろう。
だからこの人は、大胆な決定ができるのかもしれない。
「さっきも言ったとおり、盟約の破棄に関しては天賦珠玉の消滅や強いモンスターの出現などのデメリットはもちろんあるけれど、逆に、我が国には多くの食料があるためにこれを盾に他国に守ってもらうことも可能だ。つまり、私は盟約の破棄に前向きだ」
「はい。でも他国は——」
「そう。他国は後ろ向きだ。いつ崩壊するかわからない世界より、枯渇する天賦珠玉のほうが大事なんだよ。不思議だよな、彼らには次の選挙なんてないのに」
皮肉っぽくホリデイ代表は笑った。
「ゆえに、世界の統一を進める」
「え? どうしてその結論に?」
「無理やりその境遇に追い込めば、君主はリーダーシップを発揮する。君主が決めれば、臣下は従わなければならない——それはさっき君も指摘したことだろう?」
僕は唖然とした。
この人は、「現状維持を唱える国は無視して改革を進める」と言っているのだ。
そしてそれは、今の切羽詰まった状況を考えると正しい部分があるし、一方で、世界崩壊に向けて準備をしない——つまり「現状維持」国家にとっては被害が甚大なものになる。
「世界がなくなるより、マシだと私は思うがね」
選挙があるから保守的になる?
冗談じゃない。
この人は——根っからの革命家なんじゃないだろうか。
そう思うと、彼を見る護衛たちの目が、どこか神を崇拝するような狂信的なものさえ帯びているように感じられる。
(……危険だ。でも、どうしたらいいんだ?)
まずいことには、ホリデイ代表自身が盟約者だということ。
彼が望めば調停者を呼び出し、盟約を破棄できる。彼の手元にはいつでも世界統合を進められるボタンがあるのだ。
それを押していないのは、単に世界の動向を見守っているだけに過ぎない。
なにかあればためらいなく押すだろう——たとえ、すべてではなくたったひとつの盟約破棄のせいで世界統合が不完全になったとしても。
「君はどう思う?」
ティーカップに口をつけ、ホリデイ代表が言ったとき——次の会議開始を知らせる鐘が鳴り響いた。
「……ああ、残念だね。また後で話そう」
この人はやる気だ。
他国の同調が難しいとなれば、単独でもためらわずに盟約の破棄をする。
至極残念そうにそう言ったホリデイ代表は、護衛たちを引き連れて部屋を出て行った。




