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ごめんなさい! 今日は1話だけかも(土日のほうが忙しいというパパの鑑)
僕が言ったことは仮説に過ぎない。だけれど他に有力な案もないので僕の仮説は採用された——サブマスターは「そんな子どもの言うことなんて」と最後まで渋っていたけれども、「じゃあ他にアイディアがあるのか? もちろんアンタが責任を取るんだろうな?」とヨーゼフさんに押し切られていた。
六天鉱山から出土した天賦珠玉は領都に運ばれ、領都で仕分けされるらしい。竜が、人間の取り込んだ天賦珠玉まで感知できるのかはわからなかったけれど、大量に天賦珠玉がある場所をとりあえず押さえておくのがいいだろうということで、「天賦管理局」というそのものずばりのお役所へと冒険者が向かう。
そこは石造りの3階建てで、味も素っ気もない建物だったけれど窓には鉄格子が嵌められていたりとなかなか物々しい雰囲気はあった。
入口を領兵が守っており、ヨーゼフさんが「竜が接近している! ここが狙われる可能性が高い!」と告げるが彼らはヨーゼフさんの言葉を一笑に付した。
「なに寝ぼけてやがる」
「そういや甥っ子が領都の中でも蛇を見たと言っていたな。大方蛇でも竜と見間違えたか?」
「はっはっ、違いない」
まったくこちらの言うことを信用しない領兵たちに冒険者は殺気立つけれど、ヨーゼフさんは懇々と説得しようとしていた。
ギルドマスターやサブマスターがこういうときにいてくれればありがたいのだけれど、マスターは不在だし、サブマスターは「マスター不在時にギルドを預かるのは私の仕事です」とかなんとか理由をつけて戦場になるかもしれない場所へ行くのを嫌がった。
見え透いた嘘だよね。
「……ダンテスさん、ミミノさんは大丈夫ですかね?」
ミミノさんとは結局合流できていない。こんな事態になっているとは思っていないだろうし。
「ミミノならどうとでもするだろう。ギルドに行けば、俺たちがここにいることもわかるだろうしな。あいつはちっこいが賢くすばしこい」
賢くすばしこい、という表現は確かにミミノさんにはぴったりのような気がした。
「にしても、ヨーゼフはなかなか説得できんようだな……このままだと他の冒険者が先にしびれを切らすぞ」
すでにヨーゼフさんの背後にいる冒険者たちは、「こんなヤツら守る価値ある?」とか「今のうち逃げるか」とか不穏な話し合いをしている。
ライキラさんもイライラしながら言った。
「つーかよ、悠長なことやってる場合かよ。大体竜ってのはいつ来るんだ?」
「それはわからん。竜に聞け」
「俺は竜なんぞに会いたくねーんだよ」
「俺たちもタイミングが悪かったな。そしてヨーゼフもまた貧乏くじを引いた。アイツ、冒険者を辞めてこの街に根を下ろしてから、若い嫁さんと結婚したんだとさ。結婚したばかりで散々のろけられたよ」
「死ぬほどどうでもいい情報サンキューな、ダンテスのオッサン」
「それを延々聞かされた俺に同情してくれてもいいぞ」
「アンタめちゃくちゃ酒臭かったもんなぁ」
そんなことをダンテスさんと話している。
(竜がいつ来るか、か……)
僕が鉱山を出て、森を迷いながらこの領都にやってきた。確か掛かった日数は7日くらいか。
森を進むスピードは遅いので、大体1日に進んだ距離は30キロメートルもないだろう。で、一直線に領都に向かったわけではないだろうから、鉱山と領都は200キロメートルを切るくらいか。
それで、魔導通信が届いたのは……えーっと、1時間くらい前かな?
鳥の時速ってどれくらいだっけ?
竜って飛ぶの速いのかな?
速かったとしたら……時速70キロとしても、3時間で到着する計算!?
竜が飛んでから即座に魔導通信をしたのか? 通信の魔道具って持ち歩けるの? もしそこでもたもたしていたら残りの時間は1時間とか、もっと少ない……!?
「……ラ、ライキラさん、ダンテスさん」
「あ?」
「どうした、レイジ」
「もしかしたら、もう、竜はすぐそこまで来ているかも……しれません」
「んだと!?」
「なんだって!?」
「誰か屋根の上に僕を上げられませんか!? 高いところで確認したいです!」
ダンテスさんはきょろきょろと周囲を見やり、
「ヨーゼフ!」
「……ちょっと待て、ダンテス。今彼らを説得しているところだ」
「いいからこっちへ来い! 緊急事態だ!」
「!」
ヨーゼフさんがのしのしとこちらへやってくる。
「ヨーゼフ、レイジの右側を持て、俺が左側だ」
ん?
「あれをやるのか?」
「そうだ。ゴブリンの大群を倒したときのあれだ」
「あのときは爆薬をくくりつけたゴブリンの死体を大群の中へ放り込んだが、今回はレイジを投げるってことか」
いやちょっと待って!? 今なんか不穏な言葉を聞いたけど!?
がしっ、と僕の肩と腰ヒモを左右からつかまれる。
「レイジ、上を見ろ。3階にだけ外に出る通路がある。そこに鉄ハシゴがあるだろ? あそこを上れ」
「いや、ちょっ」
「3、2、1——」
僕は、飛んだ。
「う、わああああっ!?」
すごい、人って飛べるんだ。ていうか棒高跳びとかやってる人ってこんなのを毎日体験するんだ。僕にはできない。というか二度としたくない。
抗うことのできない力によって放り上げられた僕は浮遊感を覚え、あっという間に目の前には3階に張りだした通路があった。
「ひっ」
鉄の手すりにしがみつくと、手入れされていないからだろう、赤さびがぼろぼろと落ちる。やばいやばいやばい、折れる折れる折れる!
僕は必死で這い上がり、通路の内側へと入り込んだ。ありがとう、【腕力強化】……君がなければ僕はそのまま落ちて、もう一度放り投げられるところだった。
「——貴様ら、なにを勝手なことを!」
「——状況確認が先だ!」
下では領兵とヨーゼフさんが言い争っている。領兵のひとりが建物内に急いで入った——ということは僕が狙いですね、わかります!
ああ、もうこんなときに大笑いしているライキラさんと、ぐっ、と親指を立てるノンさんが恨めしい!
僕はすぐに鉄ばしごにしがみついて屋上へと上った。
屋上は傾斜のついた屋根になっていて、こちらもあまり手入れされていないのか、粘土瓦の表面にはほこりが積もっていた。
僕は足を滑らせないようにしながら屋根に立ち、周囲を見回す。3階建て以上の建物は周囲にほとんどなくてかなり広範囲を見回すことができる。領都を囲う城壁の向こうには森林が広がり、さらに向こうには山の稜線も確認できた。
あの大きい建物は公爵の城か? うわ、確かに飛行船っぽいヤツが城に停泊してる——ってそんなの見てる場合じゃなかった!
ええと、鉱山、鉱山、鉱山ってどっちだっけ……!?
「こら、小僧! 降りてこい!」
もう来たの!? 領兵が3階の通路に出てきた。
「ちょっと待って! すぐ降りますから! 確認するだけ——」
「いったいなにを確認するんだ! いいか、お前のやってることは立派な犯罪なんだぞ!」
「——いた」
「今すぐ降りれば注意だけで済ませてやる。放り込んだのは悪い大人だということにしてもいい。それに……なんだって?」
「いました」
僕は、唖然とした。
「竜が、いました」
その竜は一直線に、こちらへ向かっている——のは間違いない。
黄色い身体に巨大な羽。
僕は、自分の記憶にある夜空のシルエットと、今飛んでいるシルエットが一致するのを感じた。
だけれど——あんなに、大きかっただろうか?
「来ました!! 黄色の竜! 一直線にこちらへと向かっています!!」




