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「うっ!?」
「ぐ」
「かわせ!」
5人中ふたりが直撃して吹っ飛び、ふたりが一部にケガ、ひとりは完全にかわして僕へと接近する。振り下ろしてきた斧は鋭い一撃——だけれど僕の【土魔法】が発動し、地面から伸びるように出現した土壁にめり込んでしまう。
「魔法の展開が、早すぎる……!?」
「天賦を持たない人のほうが展開は早いらしいですよ」
「ごぼっ」
土壁から伸びた泥の塊が男の腹にめり込み、「く」の字になって吹っ飛んだ。
「む」
すさまじい速度で飛来する矢が切る空気音。
(3本。全部かわせる——けど)
ここは徹底的に見せつけてやるつもりで僕は【風魔法】を展開。僕の周囲をドーム状に取り囲むような風の層に矢が吸い込まれると、僕を中心に、まるで衛星が地球の周囲を回るように矢はぐるりと一周し——矢を放った本人へと飛んでいく。
「なに!?」
「うわあッ」
「むう!」
矢は誰にも刺さらなかったけれど、驚かせ、警戒させるには十分だったようだ。
「な、なんなんですか、その魔法は!?」
ポリーナさんが驚いてる驚いてる。
「言ったでしょう。天賦を持たない人のほうが魔法の展開は早いんです」
「そんなバカな!?【風魔法】も【火魔法】も【土魔法】も天賦を使わずに魔法発動を!?」
「……まあ」
正確に言うと【森羅万象】で学び、【森羅万象】を外しても使えるようにし、それから多くの天賦を取り込んだ結果が今なのだけれども。
「ならば大規模魔法です……皆! 多少、森が傷ついても構いません!」
ポリーナさん含め、シークレットサーヴィスたちの魔力が膨れ上がるのを感じる。
エルフは長命だからなのか魔力量も高い。接近戦もできて魔法も使えるなんて、冒険者にしたらみんないい成績を出せそうだ。
「……でもそれじゃあ、ダメですよ」
モンスター相手ならこちらの行動がどんなものかわからないかもしれない。
あるいは誰かを護衛するときならば相手を追い返せばいいだけだからこれでいいのかもしれない。
この人たちは、自分から相手を倒しに行くという戦略が圧倒的にない。
「そんなに時間を掛けたら」
「!」
僕は向こうの魔法が発動する直前に、ポリーナさんとの距離を一気に詰めた。「瞬歩」もだいぶ実用できるようになっていた。
「な、な——ごほっ」
僕のパンチがポリーナさんのお腹にめり込むと、彼女はずるりとくずおれ、そのまま気を失った。
女性を殴るのは趣味じゃないけど、向こうは殺すつもりなのだ。今さらためらいはない。
「う、撃てェッ!」
他のエルフが叫ぶと、【土魔法】と【風魔法】の嵐が僕へと降り注ぐ。
「全然ダメですね」
僕はそれら全部を吹き飛ばすような強い風を起こした。【風魔法】は打ち消され、石つぶての威力は下がり僕の手前で地面に落ちた。
魔法を組み合わせるにしても風と土じゃあ特に相乗効果が出てこない。使うなら砂嵐とかにしないと。殺傷能力はないけど。
「まだやるんですか? やるなら、面倒ですけど全員に直接攻撃しますよ」
「…………」
シークレットサーヴィスたちは黙りこくった。このままだんまり、ということはないだろうけど——イヤだな、と思った。彼らは「ハイエルフこそ至高」という思想がすべてで、自分たちがケガをすることなどいとわない。きっと襲いかかってくるだろう。
そうしたら僕は——戦う必要がある。
(無益で、不毛だ……)
僕の胸に潜んでいた寂しさが勢いを増すのを感じる。
この国は不毛だ。豊かな実りはあるけれどそれは表面的なもので、エルフはハイエルフを崇拝し、ハイエルフたちは過去に縛られて生きている。
「……行くぞッ!!」
シークレットサーヴィスのひとりが、声を上げた——ときだった。
ゴウンゴウンゴウン……とエンジン音が聞こえてきた。僕らがいる場所は木漏れ日が射し込んでいたけれど、それは巨大な影によって覆われてしまう。
「!」
全員が空を見上げ、気がつく——空にある大きな存在に。
「『梟の羽搏き』!? なぜここに!」
巨大な魔導飛行船は、ゆっくりと降下してくると、木々に触れるギリギリのところで止まった。プロペラによって浮遊しているために強風が吹き下ろしてくる。
『——シークレットサーヴィスは今すぐ国王陛下の元に戻れ。これは陛下による勅命だ』
声を大きくする魔道具によって、魔導飛行船から声が聞こえてくる——勅命、という言葉にエルフたちが凍りついた。
僕はその声の持ち主が誰なのかすぐにわかった。
『レイジ。アーシャ。遅くなってすまなかったな……ロープを垂らすからそれをつかめるか?』
マトヴェイさんはそう言った。
「梟の羽搏き」はレフ魔導帝国で造られた飛行船ながら、エルフのために多くの改良が加えられているようだった。
エルフの嫌う金属は極限まで少なくなっており、シンプルな木目が美しい仕上がりとなっていた。
飛行船内にあるラウンジで、マトヴェイさんと会うことができた。
「マトヴェイさん! どうしてこんな……」
「いやー、だってシークレットサーヴィスがお前たちをそのまま行かせるわけはないだろ?」
「それは……まあ、そうですね」
僕が納得していると、
「マトヴェイ兄様。魔導飛行船を動かすのは相当な無理をなさったのでは……」
アーシャが心配している。どうやらシルヴィス王国に1艇しかないこの船は、かなり慎重な運用をされているらしい。
「無理くらいするさ。可愛い妹が旅立つ日なんだぞ?」
「兄様……」
「……とはいえ、ユーリーに尻を蹴飛ばされて俺が動かすことになったんだけどな」
マトヴェイさんは右手で自分のお尻をさすりながらそう言った……って、リアルに蹴られたんですか?
「はは……まったく、ユーリーにはかなわねえよ。俺には、陛下がなにを考えていたのかも、アーシャのことも、全然わかってなかった……」




