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すみません、ちょい短いです。
翌日、陛下は熱を出した。興奮しすぎたらしい。
でもベッドで「くれぐれもレイジの責任ではないから怒るな」とシークレットサーヴィスやその他ハイエルフの皆様に伝えたらしく、僕はいろいろな人たちからにらまれるくらいで済んだ。
そんな陛下からの伝言は、「昨日は久々に楽しかった。約束を忘れるな」だった。
約束、してないんだけど……。
「レイジさん、おはようございます」
与えられた客室で僕が朝食をいただいていると、アーシャがやってきた。
花咲くような笑顔はとても可愛らしく、陛下が世界一と言いたくなるのもうなずけるほどで……この子が僕を好きだなんてこと、あるのかなあ、とぼんやり思う。
「? どうかされましたか?」
「あ、ええと、いや……今日はパンツスタイルなんですね」
昨日のドレスではなく、レフ魔導帝国で見た乗馬服に近い、すらりとしたズボンを穿いていた。
「はい。なんでも陛下の命令でこれを着なさいと……どういうことなのでしょうか」
「…………」
長旅でも動きやすいようにということですね?
「それに旅行鞄ひとつに荷物を詰めるよう命令もありまして……」
「…………」
ほんとに今日出発なんですね?
「……アーシャ」
僕は食べかけの食事をそのままに、彼女のところへと歩いていく。
そして両手で彼女の両腕をつかんだ。
「よく聞いて」
「は、はい」
「今から、この国を出ます」
「はい——はい?」
「なので、どうしてもやり残したことだけ済ませてください。時間は30分です。シークレットサーヴィスに気づかれると面倒なので、気をつけてください。僕はユーリーさんにだけ話してきます」
「え、ええええ——」
大声とともに火の玉がボボボッと浮かんだ彼女の口をとっさに押さえた。
陛下……約束は果たします。でも、僕はお尋ね者になるんじゃないですかね……。
僕がユーリーさんの居場所を聞くと、彼女は昨日と同じテラスにいた。分厚く、図鑑のように大きな書物をテーブルに広げてそれを読んでいる姿は一幅の絵にようにも見えた。
「ユーリーさん。読書の途中にすみません」
「……読書、と言えるのかどうかはわからないけど。何度も読み直しているだけだから」
「何度も?」
「これはシルヴィス王国の歴史書」
見たことのない文字で書かれている。彼女が話している言葉も、他の国でも、基本的には同じ大陸共通語なのだが各種族には共通語が導入される前の独自の言語がある。
アーシャが歌った魔唱歌も古いエルフの言葉だったし。
「陛下が、よく読んでおくようにと……歴史は繰り返すものだからと仰っていたわ」
「…………」
なにも言えなかった。
歴史は繰り返す——国王に降りかかる災難のことを言っているのだろう。
「昨晩、陛下と話をしたのね? 私は、自分が王になっても自分の運命を受け入れる準備ができているわ」
「……はい。わかっています」
「そう……それならもう行きなさい。アーシャを連れていくんでしょ」
ユーリーさんにはすべてお見通しだったのか、あるいは陛下からあらかじめ聞いていたのか。
どちらにしてもユーリーさんが次期国王になるのなら、この国は問題ないだろうと思われた。
一見すると厳しい人ながら、優しさがちゃんとある。そして僕みたいな他種族にも寛容だ。他の兄弟の人はヒト種族というだけで敵視している人もいたからね。
「それにしてもあなた、流されすぎじゃない? 大丈夫? どうせ陛下に無理に言われたんでしょ」
「あ、あはは……」
そこまでわかってたんかい。それじゃあ止めてよ——と一瞬思ったけど、でも、陛下があそこまで強引だったからこそ僕の腹も決まったのだ。
確かに流されすぎかもしれない。でも、今回は、それでよしとする。
ほんとうに、どうしても、心の底からイヤだったら——アーシャはきっと正直に言ってくれるだろうから。
「あの、ひとつだけ、僕からユーリーさんにいいでしょうか」
「……なに?」
「シルヴィス国王陛下がこの先、あまり長くないことはご存じなのでしょう?」
「…………」
今度はユーリーさんがなにも言えなくなる番だった。でもそれは「肯定」だ。
「あなたが即位されたときに、僕はこの国に来ます。必ず来ます。ですからそのときには、僕と会う時間を少しだけ作っていただけませんか」
「……わかったわ」
ユーリーさんは案外、すんなりと、うなずいた。
よかった。それなら僕はそのときにこそ、この胸に抱えている真実を話すことができる。陛下には話せなかったことだけれど、ユーリーさんになら話せる——まだ間に合う。
「代わりに私からもいいかしら? あなたに頼み事をしたいの」
「なんでしょう。僕にできることなら」
「……アーシャを、それにマトヴェイをお願い」
「?」
僕は首をかしげた。アーシャはともかく、マトヴェイさんも?
「わからない、という顔をしているわね。……別にいいの、ただ気にかけてさえくれれば」
「でもマトヴェイさんはこの国に残るのですよね?」
「もちろんよ。あのバカを森の外に出したら問題しか起こさないでしょ。ただ気にかけてくれればいい、というのは文字通りそのままの意味よ」
「わかりました……?」
よくわからないけど、うなずいた。
僕はユーリーさんに別れを告げるとその場をあとにする。お屋敷に入る前に振り返ると、ユーリーさんは僕がさっき話しかけたときと同じ格好で歴史書の続きを読んでいた——。
天賦珠玉の破壊については【オーブ破壊】の天賦がありますが、「天賦を使わないでの破壊ができない」という話ですね。ややこしくてすみません。
それでは天賦珠玉はなにでできているのかという点については、現時点では「解析不能の不思議物質」と思っておいていただければ。
次号、脱出回。




