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それから僕は彼女のことについて話をした。
彼女が生まれ持って得た魔力が【火魔法】と親和性が高く、声を発するだけで魔法の詠唱に近い行為になってしまうこと。
それを克服するために【魔力操作】を覚えてもらったこと。
マトヴェイさんにさっき話した内容だ。
「……そうか。あれは病気ではないのか」
国王陛下はそう言って、お茶を一口飲んだ。
「だとしても、アーシャが魔力をコントロールできるようになっても【火魔法】しか使えないの?」
心配そうな顔でユーリーさんが聞いてくる。
国王陛下を崇拝しつつも、一方でアーシャのことも心配な……ハイエルフとは言ってもふつうの女性なのだ。
「訓練次第でしょうが、別に他の魔法も問題なく使えるようになると思いますよ」
「……陛下!」
「うむ。だとしたらすばらしいことだ……ハイエルフにとってはな」
「…………」
?
なんだろう、ユーリーさんと国王陛下は、喜びと、悲しみとが半々みたいな顔になっている。
するとマトヴェイさんが言った。
「……肉親としてはビミョーなんだよ。アーシャがふつうのハイエルフになってうれしい一方、ふつうのハイエルフには務めがあるからな」
「務め? 王族としての、なにかがあるんですか」
「そう。死ぬまでここに留まり、毎日『世界樹』に唄を歌って聞かせるっていう務めがな」
なんだそれ。
僕がわからないでいると、
——初めに木の神が 次に草の神が 最後に花の神が
森を言祝ぎ 風を休め 雨を垂れ 陽を誘う
小さな声でユーリーさんが唄を歌った。僕の知らない言語で——だけれど頭にはイメージが浮かんでくるという不思議な唄だった。
すると周囲の空気がざわりとし、足元の樹木や木々の葉が揺れた。
「……歌うことで魔力を帯びるこれを、『魔唱歌』というの。私たちははるかな昔よりこの唄を受け継ぎ、歌い続けることを定めとされた一族。そうして世界樹を守ることが使命なのよ」
「アーシャが歌ったら火が出るからな、だからアイツには禁じられた。逆に言えば、アーシャはこの森から出ることを許されたハイエルフなんだ」
ユーリーさんとマトヴェイさんが言った。
「でも、それならどうして彼女に、足かせのような天賦珠玉を与えたのですか? 彼女が持っていた天賦は、【オーブ擬態★★★】、【生殖途絶★】、【魔力伝播★★☆☆】という、ふつうの親ならば与えないようなものでした」
「!」
「そうなのか?」
ユーリーさんとマトヴェイさんが驚きに目を瞠る。
すると国王陛下はゆっくりとうなずいた。
「一度森を出てしまえば、アーシャの行動を止めることも、監視することも難しいのはわかっていた。他種族と血が混じることは問題ないが、たとえば森を出ていったエルフ、あるいはハーフエルフとの間に子どもが生まれた場合、ハイエルフが産まれる可能性を排除できなかった。ゆえに、【生殖途絶】を与えねばならなかった」
「なぜですか。アーシャには親になる権利もないと?」
「ハイエルフが産まれてしまったとして、我らがその子を捕捉できなければ、その子は務めを果たさなくなる。それは使命に背くことになろう」
「アーシャはすでに背いているではありませんか」
「火を嫌う森にアーシャはそぐわない。それで納得できぬか?」
「納得できるかどうかで……使命を語れるのですか?」
「……うむ」
「それじゃあ、誰かが使命をコントロールしているみたいじゃないですか!」
国王陛下は目を閉じて黙りこくった——僕はそのとき、ようやく気がついた。
「そうか……そういうことだったんですね」
使命。務め。それは宗教的ななにかだと勝手に思っていたのだけれど、違うのだ。
「盟約者として、そうすべきだと、お考えなのですね?」
「…………」
国王陛下は無言だったけれど、それは肯定……なのだろう。
僕は【離界盟約】を通じてこちらの世界の盟約者が誰なのかを知っている。今僕の目の前にいる国王陛下が、まさにその人なのだ。盟約者はハイエルフの王族から決定されるはずだ。
だけど、
「それはおかしい」
僕の言葉に鋭い目つきでユーリーさんがにらんでくる。
「お前に、ヒト種族になにがわかる!!」
「わかりますよ。僕は調停者である竜と話をしたことがありますから」
「なっ……!?」
ここで「裏の世界」の話をするのは混乱させるだけだと思い、こちらの世界の調停者、竜のことだけを僕は口にした。
驚いたのはユーリーさんよりもシルヴィス陛下のほうだった。
「そ、そなたが、竜と……?」
「はい。ちなみにハイエルフの盟約は『天賦珠玉』の盟約ですね?」
その内容はこうだ。
『天賦珠玉を取りすぎてはならない』
『天賦珠玉は世界を構成する』
たった2行の盟約でしかない。
「盟約に含まれているのは天賦珠玉に関する情報だけです。『魔唱歌』を捧げよ、なんていう内容はありません」
「なぜそこまで知っている——そうか、竜が教えたのだな? しかし、なぜそなたに……」
「因縁のある間柄なんです」
アッヘンバッハ公爵領の領都では竜に襲われ、クルヴァーン聖王国や「裏の世界」では調停者に翻弄され、レッドゲート戦役では竜に助けられた。
因縁としか言いようがない。
「……確かに、我らハイエルフの務めは盟約に含まれぬ」
「陛下! それ以上は——」
「いいのだ、ユーリー。レイジは我らが想像していた以上に、物事を知っている。であれば話したところでなににもならぬだろう……」
国王陛下は僕に顔を向けた。
「……だが、この話をする前に、そなたにはアーシャに会ってもらおう」
「え、いいのですか?」
「うむ。マトヴェイ、案内を」
「お、おう……」
マトヴェイさんが立ち上がったので、僕もそれに続いた。お屋敷のほうに歩き出そうとするマトヴェイさんについていく前に、僕は、
「……アーシャに会ったら、僕の目的は叶いますよ」
「わかっている。だが、そなたはまたここに戻ってくるだろう……いや、戻らぬのならそれでもよい」
「…………」
僕は国王陛下に、この、おそらく数百年は生きているであろう人生の大先輩に頭を深々と垂れた。
いよいよ、アーシャに会える。




