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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第5章 竜と鬼、贄と咎

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「お、おいおい……次期女王ともあろう方が、ヒト種族相手に手加減をするなんてな」


 ハイエルフのひとりが言うと、


「なるほど、手加減。そうよね」

「手を抜いたとも言える」


 他の兄弟たちがうなずくのだが、


「違う……断じて手加減などしていないッ! お前、なにをした!?」


 ユーリーさんは驚愕の面持ちのまま僕にたずねる。


「【風魔法】で作られた風を分析して、ほどいた(・・・・)だけですよ」

「そんなことができるわけない! 複雑に織られた絨毯を、針一本で糸にほどくようなものだぞ!?」


 うまいたとえに思いがけず拍手しそうになっちゃった。

 風とは空気の流れだ。【風魔法】は大気に作用して風を作り出すのだけど、逆に言えば空気の流れを完璧に把握できればそれをほどくことができる。

 岩塊を投げつける【土魔法】だったらこうはいかないんだけど。

 もちろん空気の流れを把握して、それをほどくなんて、スーパーコンピューター並みの解析能力が必要なんだけど——そこはほら、ウチの【森羅万象スーパーコンピューター】ががんばりますから。

 ユーリーさんは【風魔法】がどういうものなのかをちゃんと理解していて、だからこそ「絨毯」みたいなたとえがするりと出てくるんだろう。この人、才能があるのはもちろんだけど、理解力もすごいな。


「……え? なに、なにがあった?」


 僕の横でしゃがんでいたマトヴェイさんはもうちょっとユーリーさんを見習うように。


「全員、静粛に!!」


 そこへ警笛のように鋭い声が響く。お屋敷の扉がいつの間にか開かれ、ポリーナさんたち特別執行機関シークレットサーヴィスに付き添われたハイエルフが出てくる。

 深緑色のガウンに、頭にはみずみずしい草花の王冠。ただここにいるイケメンたちと違って——そのハイエルフはかなりの老齢で、ポリーナさんたちがそばで支えながらでないと歩けないようだった。

 顔には皺が刻まれ、総白髪は縮れている。【森羅万象】がなくともそろそろ寿命が尽きようとしていることが伝わってくる——それでも【森羅万象】によればあと10年は問題なさそうだけれど。

 ユーリーさんが真っ先にその場に片膝をつくと、他のハイエルフたちもそれにならった。マトヴェイさんはしゃがみ疲れたのかそのままあぐらをかいて、僕は——とりあえずスィリーズ伯爵邸で教わった、片膝をついて、右手を胸に当て、頭を垂れるポーズを取った。


「……お前が、レイジか。顔を上げてくれ」

「はい」


 しゃがれた声には厳しさと優しさが同居していた。


「私がシルヴィス王国の国王、シルヴィス8世である。ここにいる者は皆、私の子でな……ハイエルフの王族として責務を果たそうと日々懸命に生きているのだ。ユーリーが失礼をしたな」

「……陛下!」


 ユーリーさんは、謝罪をしたシルヴィス国王になにか言おうとしたけれど、国王陛下が優しげなまなざしを向けるとぐっと黙り込んでしまった。


「私は少し、レイジと話がしたい。ふたりきりにしてくれぬか」

「!?」


 改めて驚愕が走り、全員の顔が「ノー」を示していた。特にひどい反応だったのがポリーナさんたちシークレットサーヴィスで、


「陛下、それはお止めください。ヒト種族がここまで足を踏み入れただけでも異例中の異例ですのに、陛下がふたりきりでヒト種族と話すなどと……」

「私が、どうしてもと言っているのにか?」

「はい、それが我らの使命です。もし陛下がそれでもなおとおっしゃるのであれば、我らの命を絶ってからにしてください。これはシークレットサーヴィスの総意です」


 ポリーナさんたちは国王陛下の前で頭を垂れた。さすがにこれには陛下も困ったように頭をかいた——なんだかふつうのおじいちゃんに見えるな。耳が長いのをのぞけば。


「……僕は国王陛下と話をしに来たのではありません。アーシャに会わせてもらえればそれでいいのです」


 口を挟むと、ポリーナさんたちがぎろりとにらみつけてきた。


「一応、私はこの国のトップなのだがなあ」


 苦笑交じりに言うこの王様は、なんだか、ここにいる誰よりも——「落ちこぼれ」のマトヴェイさんの姿に重なって見える。


「アーシャに会わせるかどうかは、私が判断しようと思っておったのだよ。だが、ふたりきりはよくないという。であればこうしようか、ユーリーと私、そしてレイジの3人で話そう」

「し、しかし陛下!」

「シークレットサーヴィスは全員で掛かってもユーリーには勝てまい?」

「それは……」


 そうなのか。それくらいユーリーさんはすごいのか。


「——陛下、マトヴェイさんも同席いただきたいです」


 僕が言うと、国王陛下は興味深そうに僕と、あぐらをかいているマトヴェイさんを見やった。

 それは「承諾」を意味していた。




 お屋敷の外にはテラス席があって、4脚のイスと、テーブルにはティーセットが置かれてあった。お屋敷の中にポリーナさんたちがこちらを警戒している気配を感じるけれど、小声で話せば聞こえないだろう距離だった。

 数キロ先にある「世界樹」が、緑の絨毯の上に見える絶景ポイントだったが、僕ら以外にそれを楽しんでいる人はいない。「世界樹」には多くの鳥が集まって生命を育んでいた。


「——ほう、さすがだな、マトヴェイ」


 ティーセットでお茶を淹れているのはマトヴェイさんだった。自ら進んでお茶を淹れたのは、自分がそれにふさわしいと——立場からも、お茶を淹れる力量からも、判断したのだと思う。

 国王陛下はカップを鼻に持っていって香りを十分に楽しんでから、一口すすって「さすが」という感想を口にした。マトヴェイさんは照れくさそうに座った。


「……お茶を淹れるのだけは得意だったわね、昔から」

「お茶を淹れさせたら全部泥水に変えるお前に比べたら誰だって得意になるだろ」

「なんですって!?」

「これこれ」


 ユーリーさんとマトヴェイさんのやりとりに、国王陛下が間に入る。

 僕の右側に座っている国王陛下は、カップを下ろすと、


「さて……異例ずくめの君にはいろいろと話をしておきたいこともあるのだが、それにしてもまったく緊張している様子もないのだな?」

「はい。国王陛下が僕を害そうと思っておられないことはわかっていますので」

「だがここには、歴代ハイエルフでも最高魔力と言われているユーリーもいるのだぞ。先ほどはそなたにもすさまじい魔法を放っただろう」


 そうなのか、それほどなのか。

 褒められてうれしくないわけがないようで、ユーリーさんは視線を逸らしながらも口元をにんまりさせている。


「はい。でもユーリーさんが僕を傷つけるつもりがないこともわかっていましたから」

「!」


 ハッとしてこちらを見るユーリーさんと、相変わらずにこやかなままの国王陛下。「いや、殺す気満々だったぞ、こいつは」ともろに言ってまたユーリーさんににらまれているマトヴェイさん。


「ほう……それはなぜ、そう思ったのだね?」

「あのとき僕が【風魔法】で吹き飛ばされていたら、そのまま大樹の下に真っ逆さまだったはずですけど、そこには魔法によって生み出された気流が渦巻いていました。ユーリーさんは僕を、あたかも真綿でくるむような感じで地面に下ろすことを考えていたのでしょう」

「…………」


 なにも言わず、だけど驚いた顔でこちらを見ているユーリーさん。


「兄弟の皆さんはいろいろな考えがおありでしょうから、とりあえずはヒト種族に対して『強気な自分』を見せることを優先したのかなと僕は思いました」


 つまりこの人は、最初から僕に敵対するつもりが薄かったのだ。まあ、どこまで本気かはわからなかったから、もちろん僕だって対抗魔法を撃ったけどね。


「ほっほぉ。聞いたか、ユーリー。レイジはかなりの切れ者ぞ」

「……はい。私の魔法を打ち消されたことでもそれは感じております」

「あれはそなたが手加減をしたのではなく、やはりレイジが打ち消したのだな?」

「私は本気ではね飛ばすつもりで撃ちました」


 いや、本気で撃たないでよ……と思いつつも、その後ろで受け止める——受け止められるという自信があったからこそなんだろうな。

 ユーリーさんひとりの魔力量で、どこぞの国の魔法軍全部に相当しそうなほどだし。

 僕だって空を移動するのに【火魔法】と【風魔法】を併用する。空気の力だけじゃ人ひとりを浮き上がらせる浮力が足りないからだ。だけどユーリーさんは【風魔法】だけで解決できる——それだけの魔力があるということ。


「風をほどく、というのは簡単なことではない。よくもそんなことが思いついたものだな。その発想、洞察力がアーシャの病を治療したことに関わっているのかね?」


 国王陛下の質問に、僕はようやく納得した。

 この人の真意はここにあったのかと。

 誰にも治せなかったアーシャをどうやって治したのか。アーシャは説明していないのだろう。説明することで僕になにか悪い影響があったら申し訳ないと——たとえばシークレットサーヴィスの人たちが「王女殿下に触れた罪で殺す」みたいに襲いかかってくるとか。

 そして一方の国王陛下は、おそらく僕が治療したことがわかっているにしても、どうやってやったのかが見当もつかない。ということは、最悪の可能性としては、僕がアーシャの身体を不調にさせてた原因となんらかの関係がある……。壮大なマッチポンプを仕掛けたのではないかと。

 そこまで考えてなお「ふたりきりで」話をしたいと持ちかけたのは僕に油断をさせて、真相を知る糸口にしたかったからかもしれない。


(……なるほど。見た目は優しいおじいちゃんだけど、さすがにいろいろと考えてるよね)


 僕に【森羅万象】がなければここまで考えられなかっただろう。だけれど国王陛下の表情に「疑念」「探究」といった表情を【森羅万象】が見つけてくれたおかげでそこまで考えられたんだ。


「もとよりそれは、話しておくべきだと思っていました。それは……これから先、アーシャと同じような子が生まれたときに、安心してその子が暮らせるようにして欲しいからです」

「お前ッ! 国王陛下がアナスタシアを虐げたような言い方を!」

「よい、ユーリー……アーシャにはなに不自由なく暮らさせていたが、確かに、他の者よりは制約が多かったのも事実だ」


 国王陛下は素直に聞き入れてくれた。それがただのポーズ(・・・)なのか、本気でそう思っているのかは僕の【森羅万象】でもわからなかった。


「……アーシャの特異体質について説明します」

ハイエルフの本質について迫ります。

ユーリーは不器用だけど根はいい子。次期女王とか言われて責任感でおしつぶされそう。だけど双子の兄貴は「おちこぼれ」と言われることをいいことにふらふらしていて、イライラしてしまうのです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一人で歩くこともできないのに、14歳の娘がいるって?
[一言] そりゃストレス溜まる。 フラフラしてたほうが楽だろうしねぇ。
[気になる点] しゃべれないのに「何不自由なく」…?
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