62
お前がどんなヤツか知りたくて、カマかけたりして悪かったな——と言いながらマトヴェイさんはお茶を振る舞ってくれた。
ティーカップの中で花のつぼみが開いていくというフラワーティーだ。
急な展開に僕がよくわからず目を瞬いていると、
「そう警戒するなよ、毒が入ってるか心配なら俺のカップと替えてもいいぞ」
「あ……いいえ、大丈夫です」
彼の急激な豹変に驚きながらも僕は席につくと、カップのお茶をいただいた。【森羅万象】でこのお茶が無害なことだけでなく、「鎮静作用」や「微弱な解毒効果」があることもわかっていた。
ふわっとふくよかな香りが鼻を抜けていく。これはいいお茶だ(お茶の善し悪しなんて僕にわかるわけないのだけど)。
「いい飲みっぷりだ。落ちこぼれでも、茶だけは淹れるのがうまいと評判なんだぞ」
「……その、マトヴェイ様、僕は——」
「待て。マトヴェイでいい。アーシャだって愛称で呼び捨てなんだろ?」
「それは……」
かといってあなたもそうとはいかないでしょう、と思いつつ、僕は、
「……マトヴェイ、さん」
「ま、それでいいや」
「マトヴェイさん、僕はアーシャと話をしにきたんです。彼女がここに留まりたいのなら止めはしない」
「あいつが逃げたいと言ったら?」
「それは……」
「全力で逃がすか?『三天森林』のエルフ全員を敵に回すことになっても?」
「…………」
もちろんそのつもりだが、ここで「はい」と答えるにはまだこの人のことを僕は知らなさすぎる。
「……まあ、いいさ。だけど俺の話を聞いたらお前も気が変わるかもしれないぜ?」
マトヴェイさんはそう前置きして、自分で淹れたお茶を一口飲んだ。こいつは最高だな、なんて言いつつ、話し始める。
「アーシャは落ちこぼれの俺よりもひどい扱いだった。森の木々は火を嫌う。だがアーシャは火をまき散らす存在だったからな……だから声を封じた。他ならぬ父である王が」
「表向きは『邪悪な魔法使いによる呪い』だったんでしょう? そんな重要なことを僕に話してもいいのですか?」
「ああ。だって、お前がアーシャの喉を元通りにしたんだろ?」
「……それは、はい、まあ、最終的には本人の努力ですけど」
「煮え切らねえな。だけどすげえな、お前。この森にいる薬師たちが全員さじを投げた病気だってのに……」
ああ、そういうことか——僕は納得した。
アーシャの問題を、王族たちが放置し続けたわけはない。なにかしら解決しようと努力をしたはずなのだ。
だけど彼らは根本的に間違っていた。
「あれは病気ではありません。アーシャの体質なんです」
「体質……?」
「声とともに息が漏れるように、アーシャは声とともに【火魔法】が紡がれてしまう体質だったんです。【火魔法】と極めて親和性が高い肉体だった、と言ってもいいかもしれません」
「……いや、待て待て、そう簡単に言うけどな。それを病気と言っても同じだろ?」
「違いますよ。病気は根本原因を断てば終わりですが、体質ならばそれと付き合っていかなきゃいけない。アーシャには、魔力をコントロールするトレーニングをしてもらいました。彼女は元々才能があったのでしょう、最初こそ話しながら炎を出現させていましたけど、次第に炎は小さくなって——今は感情が高ぶったときにしか出ません」
「…………」
「どうしました?」
「あ、いや」
じっ、と僕を見つめるマトヴェイさんに、なんだか居心地が悪く感じた。
イケメンに見つめられるのは身体によくないのである。
「……あいつ、話したがらなかったんじゃねえかなと思ってな」
「それは……どうでしょうか。僕にはそう感じられませんでしたけど」
「そりゃあ、そうだろ。声を出したら火が出て、周りが大騒ぎしてたんだ。で、喉を封じられたんだぞ。声を出すことがイヤになったって当然だ」
そうか——確かに、それはそのとおりかもしれない。
でもマトヴェイさんに言ったとおり、僕はそんなふうに感じなかった。
「アーシャは……話したくて仕方なかった、みたいに感じました。僕は、ですけど」
「……ふぅむ、そういうことか」
「?」
「つまりだ、アーシャは、いろんなことを話してみたくてたまらなかったんだ。お前と」
にやりとするマトヴェイさん。イケメンはにやりとしてもサマになるからずるい。
「そりゃあ、おしゃべりも上手になるわけだ。ふぅん、なるほどねえ」
「……?」
「でも肝心要のことを当の本人には話さなかったんだなぁ、まったく、我が妹ながら呆れた奥手だ」
「あのー、マトヴェイさん?」
「いや、いいんだ。こっちの話こっちの話」
なにかマトヴェイさんは勝手に納得しているが、僕は置いてきぼりにされている。
「ちなみに僕らのことはどこまでご存じなんですか?」
「アーシャといっしょにどこかへ転移魔法で飛ばされたんだろ? 俺は見たことがねえけど、実在するんだな。その前にアーシャが【火魔法】をぶっ放したことも知ってる。で、1か月くらいかけてお前たちは戻ってきた」
なるほど……「裏の世界」のことはそんなに知られていないのか。
いや、レッドゲートと「裏の世界」をつなげて考えるのは知識がなきゃできないよな。
「それじゃアーシャは今どこに?」
「ああ、今ごろ国王のところだろうよ。んでこれからのことを話してるんじゃないのか?」
マトヴェイさんは言った。
「このままここに残るか、それともレフ魔導帝国に戻るか。あ、さっきはトカゲとか言ってみたけど俺は差別思想とか全然ないからな、一応言っておくけど。レフの技術はすごくてな、アーシャがいいって言うなら俺が代わりに帝国に行きたいくらいだわ」
「はあ……」
この人、ざっくばらんすぎないだろうか。アーシャよりもぐいぐい距離を詰めてくる。
「だけどアーシャはお前が来ていることを知らない」
「それは、そうだと思います」
「じゃ、行くか」
「行くってどこに?」
「決まってんだろ」
と言いながら立ち上がったマトヴェイさんは【花魔法】を発動する。
魔力が集中する気配を感じ、すると、この小さな家がずずずずと揺れながら動き出した。
「このままハイエルフのお屋敷まで行くぞ」
「え、え!?」
とてつもない、と思った。
ハイエルフのことで驚くのはアーシャに続いて二人目だ。
こんな魔法の使い方があったなんて——僕らのいる家を載せ、樹木ごと、動いているのだった。




