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「三天森林」編。
この世界に天賦珠玉を産出する場所は8つある。
そのうちのひとつが「三天森林」であり、これはエルフたちが管理していて、どのように天賦珠玉ができるのかはエルフ以外にはほとんど知られていない。
確かに、僕がいた「六天鉱山」では鉱山がダンジョン化しており、そこの壁に生えていたし、クルヴァーン聖王国で見た「一天祭壇」はピカーッと光ったと思うと天賦珠玉が出現した。
場所によって出現のしかたが違うんだろう。
「三天森林」は広大なキースグラン連邦のほぼ中央に位置していて、それは光天騎士王国の国土がすっぽり入ってしまうほどに広い大森林でもあった。実際に天賦珠玉が出現するのはごく一部のようだけれど……それはともかく、
「すごいなぁ……」
連邦首都ヴァルハラから乗合馬車を乗り継いで、「三天森林」へと到達したのは港町ザッカーハーフェンを出発してから15日後のことだった。
僕の目の前には巨大な木々が立っており、僕のいる草原と、森林との間に明確な線でも引かれているかのように境目ははっきりしていた。
高さは10メートル以上あろうかという森林からは鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。
「——森で採れた果実を売ってるぞ〜」
「——エルフ特製のポーションを買わんか」
「——シルヴィス王国入国希望者はこちらへ」
「——冒険者はギルドが依頼を出してるぞ」
起伏のある草原を縫うように走っていた街道は森の手前で一度止まる。「三天森林」に入るには入国と同じ審査があるようだ。
小さな集落ができていて、宿や店、食堂にギルドなどの公的機関と様々な建物がある。
(これだけ広ければどこからでも密入国できそうだけど)
と思っていたら、やっぱり密入国問題は深刻のようで——「三天森林」独自の希少な獣を狙ったり、天賦珠玉を狙ったりする密猟者が後を絶たないのだ——冒険者ギルドには「『三天森林』内のパトロール依頼」などが掲示されてあった。報酬が高額なのは、密猟者との戦闘が避けられないことや、この国境の集落はたいして魅力がないので冒険者たちが留まりたがらないからのようだ。
(それにしてもエルフがいないなぁ)
店で売っているのも、宿屋を経営しているのも、ヒト種族ばかりだった。キースグラン連邦は全体的に亜人種への偏見が強く、ここにも獣人やドワーフはいない。
シルヴィス王国への入国希望者を審査する建物だけは、違った。
入口にはエルフの警備兵がふたり立っていて、鋭い目つきで並んでいる入国希望者を見つめていた。革に特殊な薬剤を染みこませ硬化させた皮革鎧に、木製の槍を持っている。槍の穂は金属ではなく鉱石をとがらせ、鋭く磨いたものだった。このまま森に入っていけば森の住民として溶け込んでしまうだろう。
金髪に長い耳という僕の中での「エルフらしさ」はばっちりで、美形ではあるけれど、目つきがキツイ感じだ。
審査はひとりずつ行われるために、並ぶのは屋外だ。今は秋だからいいけれど、冬や、雨の日はかなり大変だろうと思われた。
「次の者、入れ」
僕の番になり、中へと入ると、5人のエルフがいた。3人は武装しており、ふたりはカウンターの向こうにいる。
そのふたりは美しい藍色の布で仕立てられた服を着ており、いかにも文官然としていた。武装エルフとは違って目元もどこか優しいが、油断はできない雰囲気がある。
「身分証を。……ふむ、これは冒険者のギルド証か。名前はレイジと。残念ながら入国はできないね」
え?
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてですか? まだなにもお話ししてませんのに」
「冒険者だからね」
「すみません、よくわかりません。冒険者のギルド証は身分証としても問題ないはずですが」
「身分を証明できないことが問題なのではなく、冒険者なのが問題なんだ」
カウンターの向こうにいるふたりのうち、片方はめんどくさそうな顔をしていたが、もうひとりは僕のために説明してくれた。
つまりは、すべて、密猟者が原因らしい。
密猟者の大半は冒険者であり、彼らが言うには「ギルドの依頼を受けてきた」と。確かにギルドの依頼内容は「三天森林」でしか手に入らないものを持ってくるよう指定されていた。
市場で手に入れようとすれば、報酬金額では割に合わないほどに高い。
だが「三天森林」で密猟すればタダだ。
ギルドは、入手の方法までは指定しないし、依頼の品の市場相場まで確認していられないので依頼人の要望どおりに依頼は掲載され、冒険者は受諾してしまうという。
「だがそれは冒険者ギルドの問題だ。我々の問題ではなく、我々は国の、森の利益を守らなければならない」
「それは確かに……ですが、密猟者もまた冒険者が取り締まっていますよね?」
「そう。そこがさらに問題なのだ」
どうやらその「取り締まり」の依頼を受けるのが、他ならぬ密猟者らしい。合法的に「三天森林」にも入れるし、さらには「取り締まり依頼」の報酬まで受け取れるというなんとも間の抜けた状況なのだそうだ。
冒険者ギルドもさすがにこれを問題だと考えて、「取り締まり依頼」を受ける冒険者の身元を確認したりとがんばってはいるが、できることは限られており、あまり状況は改善していないのだとか。
「というわけで、そんな冒険者を我々が入国させると思うかい?」
「それは……そのとおりですね」
「では、帰ってくれたまえ——」
「ちょっと待ってください。僕の身元を保証するものがあればどうですか?」
「どういうことだい」
冒険者としての僕しか見てもらえないなら他の身分証を出せばいい。
こんなところでいきなり活躍の機会があるとは思わなかったけど——。
「こちらです」
僕は、レフ魔導帝国で発行してもらった身分証をカウンターに出した。怪訝な顔をしたふたりのエルフだったけれど——すぐに、顔色が変わった。
ここもキースグラン連邦ですが、オスカーの活動範囲とは違うのでオスカーは出てきません(誰からも望まれていない可能性)。
書籍の1巻はちょうど領都の戦いが終わったところ(Web版の1章と同じ)なのですが、本編と関係ない描写も結構多くて、異常な分量の文字数だったのをゴッソリ削ってわかりやすくし、一方で面白くすべき要素をきちんと持ち上げるような感じで改稿をしました。
改稿するの、私は嫌いではないんですけど「これダメ。あれダメ」と言ってくる人とは仕事しづらくて。ただファンタジアの編集氏は「ここ面白い。あそこ面白い。もっと面白くして」と言ってきたので楽しく仕事できました。
「面白くして」は無茶振りだけどね?
その後の話の整合性を考えるとかなり悩みましたが、悩んだかいもあっていい改稿になりました。
毎日の投稿と並行して進めるのがキツかっただけで……。




