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なんと300話目でした。
一夜明けて、旅支度を終えた僕はエルフの国であるシルヴィス王国を目指すことにした。
アーシャがどんな思いで国に帰ったのかはわからないけれど、それを話してもらいたいと思ったし、もしも——僕のために、ラルクのために戻ってくれたのならばそんなふうに自分を犠牲にして欲しくないと思った。
「……行ってくるよ、ラルク」
彼女が泊まっているはずの宿を見上げて僕は別れの言葉を口にした。
今まで、ラルクとの再会はとにかく慌ただしかったけれど、今回はとても静かだった。
「銀の天秤」のみんなは魔導船の手配や、ラルクの仲間であるクックさんとの相談、それにノンさんの師匠という人の出迎えに朝から大忙しだった。
なので今日の旅立ちは僕ひとりだ。
ノンさんの師匠は【回復魔法】の天才だと言っていたけれど、実際に教会組織の中でトップ10に入るほどの腕前らしく、また特殊な病状の患者を回復させた経験が豊富らしい。手紙での問い合わせに「それなら直接行く」とわざわざ言ってくれたそうだ。
であれば、「薬理の賢者」様に出向いている間、任せることができる。
ノンさんの感覚では「師匠の魔法でもラルクさんを治すのは難しい」ということだったから、賢者様には会いに行かなければならないのだ。
「レイジ殿、ここにおられたか」
「え?」
ここ港町ザッカーハーフェンから海沿いにキースグラン連邦へと抜けようかと考え、乗合馬車を探していた僕に声を掛けたのは昨晩、町長邸で出会った商人ヤーゴさんだ。
太っていてにこやかながら、どこか油断のない物腰の人だ。
後ろには屈強な護衛を3人ほど連れている。
「ヤーゴさん……どうしてこちらに?」
「レイジ殿が『三天森林』への移動手段を探していると聞きましてな」
ヤーゴさんは「薬理の賢者」様への船を出す件で、「勝負」に負けて——なんの勝負が町長邸内で行われたのかは知らないけど——いたはずだ。
「我が船に乗られてはいかがか? キースグラン連邦の首都ヴァルハラを経由しますが、『三天森林』近くまでお連れしましょう。船は速いですぞ。なにより馬車と違って夜も走れますから」
「そんな……よろしいのですか」
「もちろんです。レッドゲート戦役の英雄を乗せられることは誉れだと昨晩もお話ししましたでしょう?」
「……では、お願いいたします」
僕は素直に、ぺこりと頭を下げた。昨日ノンさんにも言われたように、もう少し他人を頼ることを覚えたほうがいいと思ったのだ。
「おお、そうですか! 早速こちらへ。我が船も本日出船予定でございましたから」
「ありがとうございます」
「いやあ、昨晩はもっとお話をうかがいたかったのに、いつの間にかお帰りになっていたので話したりなかったのです。是非とも様々なお話を……」
ぺらぺらとしゃべるヤーゴさんは、僕の天賦を盗み見ようとした人ではあるのだけれど、こうしているところを見ている範囲では単に商売熱心で好奇心旺盛な人……という印象だった。案外、悪い人ではないのかもしれない。
それから僕は船に乗せてもらい、昼過ぎには大型魔導船は出船した。
貨物の輸送のための船だけれど、100人ほどは乗船できる規模だ。僕くらい追加で乗せてもなんともないらしい。
「……ラルクのこと、お願いします」
港から船が出て行くと、あっという間に町は小さくなっていく。
魔導船とはいえ動力は魔道具だけでなく風にも頼っているようで、帆が東風を受けて大きくふくらんでいた。
甲板で、遠ざかる町を眺めながら僕はいろいろなことを考えていた。
ラルクのこと。アーシャのこと。
「銀の天秤」のみんなのこと。みんなは口には出していないけれどいつの間にかパーティーメンバーみたいな扱いになっているゼリィさんのこと。
エヴァお嬢様のことも考えた。
「今ごろなにしてるのかな……」
レフ魔導帝国で告げた別れ。いつ、お嬢様と再会できるか——僕には全然見当もつかない。
なるべく早く会いに行きたいけれど、シルヴィス王国でなにが待ち受けているやら。
「シルヴィス王国は……キースグラン連邦の一部なんだよな」
事前に聞いた情報だと「三天森林」は連邦の頂点であるゲッフェルト王の直轄領でありつつも、エルフの自治を認めているがゆえにエルフたちは「王国」を自ら名乗っているのだとか。
政治的にめちゃくちゃめんどくさそうなところだ。
アーシャには、そんなところにいて欲しくないという気持ちもちょっとある。
「それにキースグラン連邦は……『六天鉱山』があるところでもあるんだよな」
僕とラルクが出会い、僕の、ほんとうの意味でのこの世界での「生」が始まった場所でもある。
ラルクが【影王魔剣術★★★★★★】を手に入れ、僕が【森羅万象★★★★★★★★★★】を手に入れた場所。
あの鉱山でのことを思うと、今でも心がぐちゃぐちゃになる。
契約魔術に縛られ、偽りの平和を暮らしていた。
偽りの心を持った犯罪奴隷の人たちはにこやかに笑い、偽りの食事を食べ、偽りの酒を飲んでいた。
だけど真実もあそこにはあった。
「……ヒンガ老人」
僕にこの世界で生きていく知識を教えてくれた人。
あの人なら、今の僕になんと言うだろうか。
今僕が、やろうとしていることを聞いたら、なんと言うだろうか。
「僕は……ひょっとしたらとてもマズいことに手を出そうとしているのかもしれない」
ラルクが視力を失ったとわかったときに、気がついた。
【影王魔剣術】はラルクの失われた生命力すら補完していたことに。
星6つの天賦が、闇の剣を飛ばすだけの能力であるわけがない。
それは【森羅万象】が、情報を解析するだけでなく、学習した天賦を使えるようにするように。
星の多い天賦には、すぐにわかる使い方と、踏み込んだ使い方とがあるのだ。
つまり、
「【森羅万象】には、まだ他の使い道もあるんじゃないだろうか。それに【離界盟約】にも……」
これは仮説に過ぎない。
でも、僕には【森羅万象】や【離界盟約】にはまだまだ可能性があるという——確信めいた予感があった。
ただそのことは、僕を、ラルクのように——扱いきれぬ天賦を使ってしまった彼女が生きていく力を失ってしまったように、危険な領域に追い込む可能性もあった。
いや、ほぼ確実に僕は危ない目に遭うだろう。
「きっと……ヒンガ老人なら止めるでしょうね。『大それたことをするものではない』と言って」
甲板の手すりを握りしめる。
もう、町は見えない。見覚えのない海岸線が見えるだけだ。
僕は未知の世界に踏み出そうとしている。だけれど踏み出さなければ得られない知識であれば、踏み出すしかない。
これから先の冒険で——その知識が、必要になるのではないかと思えたのだ。
レッドゲート、海坊主と危険が続いてますますその思いは深まった。
「ごめんなさい、ヒンガ老人。あなたの教えに背くかもしれないけれど……」
僕は、大切な人を守るために、【森羅万象】と【離界盟約】の新たな能力を探る。
そう、決めた。
【森羅万象】……(1)情報解析、(2)学習能力、(3)???
【離界盟約】……(1)盟約内容確認、(2)盟約者確認、(3)???
レイジくん、進化します。
さて。
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結構直しました。
特にドラゴン戦ですね。かなり盛り上がる形になったのではないかなと。
発売から1か月過ぎると書店の棚が次の新作に譲らねばならないので、是非とも今のうちにお求めくださいませ。
とはいえコロナがまた猛威を振るっている昨今ですので、ネット書店(24時間年中無休)や電子書籍(24時間年中無休)のほうがいいかもしれません。
ページ下部に書影を載せました! 大槍先生のイラスト、モノクロもすばらしいのでこちらもあわせて楽しんでいただければ。
で。
皆さんに「買って買って!」と言うだけでお前はなんもしないのかよ、と自分で自分にツッコミが入りまして。
私にできることはなにかな? と考えたときに、それはまあ、小説を書くことだよなと。
そんなわけで! 明日から1週間、毎日2話掲載(正午&18時)にします!!
本編を更新はこれまでと同じ18時、正午の更新はSSを掲載します。
SSは年末年始明けまでの、期間限定公開とさせてください(本編との齟齬が発生しそうで怖い……)。
文庫版未読の方、面白くなってますので是非ともお願いします!
買ってくださった方はほんとにほんとにありがとうございます……!




