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ポリーナさんは冒険者として活動していたときとは違い、髪の毛もきっちり整え、横にいるふたりのエルフのクローン兵士のようにさえ見えた。3人とも女性で、3人とも前髪はナナメにパッツン、もみあげを片側で編み込み全体的にはショートカットという同じヘアスタイルである。
「……私がポリーナだとよくお気づきになりましたね」
似ている、というより「無個性」になったことに自覚があったのか、ポリーナさんはそう言った。
「我らはエルフの森、シルヴィス王国の王族を警護する特別執行機関です。魔導飛行船は王国所有の『梟の羽搏き』でございます。これ以上の事情をお話しするには、少々ここは騒がしいようです」
「……なるほど」
アーシャの身体のこととかあるし、ここでは話せないという意味だろう。この部屋には町長や僕らだけでなく、ダンテスさんたちパーティーメンバーや、話の内容を書き留める書記官たちもいるし。
町長はにこやかに言った。
「なににせよ、海坊主が討伐されたということは非常にめでたいことです。本日は宴席を設けますので、是非皆様ご参加くださいませ。エルフの貴き御方にご満足いただけるかはわかりませんが……」
「もちろん、参加いたします」
「殿下」
「ね? いいでしょう」
「……はっ」
なにか言いかけたポリーナさんは、言葉を呑み込んだ。
「さて」
僕らのとった宿に移動したところで、アーシャは、
「レイジさん……私を置いてずいぶんとご活躍なさったようですね……」
ゴゴゴゴゴと背後に炎でも揺らめきそうな気迫で言われる。
「ア、アーシャさん……?」
「私はずいぶん待ったのですよ……? いい子にして、ダークエルフの皆様と待っていたのですよ……? そうして聞いたお話は『先に行ってるから待ってろ』ですか……?」
「うぐっ」
確かに、いっしょについていきたそうにしていたアーシャを押しとどめたのは僕だ。それからレッドゲートに真っ直ぐに向かった——。
アーシャのことを考えていなかったわけではないけれど、どうしても、目の前のレッドゲートを優先してしまった。
「な、なんか込み入った話がありそうだから、俺たちは失礼するぜ!」
「坊ちゃん、がんばって〜」
「レイジくん、女性には常に真心で対応しなくてはいけませんよ?」
ダンテスさんにゼリィさん、それにノンさんが部屋を出て行った。
「レイジくん……」
ミミノさんは、どこか思い詰めたような顔で、
「……女の子を振り回したらちゃんと責任は取らなきゃダメだからな!? わたしもいっしょに謝ろうか!?」
「だ、大丈夫です!」
「その大丈夫が心配なんだべ——」
「ほんとに、大丈夫ですって!?」
僕はミミノさんの背中を押して廊下へと出ていただいた。いっしょに謝るとか、ママかな?
「で……そちらの方々は」
「我らはアナスタシア殿下から離れることはいたしません。それに、聞いておきたい事情もありますし」
「殿下の喉のことですか?」
「それもあります」
それも?
「……長期間、男女がふたりっきりでいなくなったら、要らぬことを疑う輩も出てきますので」
聞きたいことってそっち方面かよ!
「なにもなかったですよ!?」
「この麗しい殿下とともにいてなにもなかったですって!? あなたほんとうに男ですか!?」
「理不尽な逆ギレ!」
ああ——そうなんだ、ポリーナさんは本気の本気でアーシャのことを心配し、アーシャを守ろうとしていたんだ。
「アーシャ……いろいろと、お互い話さなければいけないことがあるみたいだけど、まずは」
僕はテーブルに——ハイエルフの王族がいるには似つかわしくない粗末なテーブルに手をついて、頭を下げた。
「ごめんなさい。ほんとうに。アーシャをないがしろにしたわけじゃなくて、どうしても僕は——」
「あ、頭をあげてくださいませ、レイジさん」
「でも」
「ほんとうはわかっていましたから」
「……え?」
顔を上げた僕の目の前に、困ったようなアーシャの顔があった。
「レイジさんが理由もなく、私を置いていくはずはないって……わかっていましたから。でも放っておかれたのが切なくて、ちょっとすねただけですから」
「アーシャ……」
「私もいっぱい話したいことがあるんです。レイジさんがいなくなったあとの集落のこととか、辺境伯領のこと、それにポリーナのことも」
そっと握られたアーシャの手はなんだか火照って温かい。
「おほんっ。レイジさん、それ以上殿下に触れていると不敬罪とします」
ひっ。思わず離れた僕と、
「不敬ではありません! 私が好きで触ったのですから!」
「好きで男性の手に触れるなど、王族にあるまじき行為です。破廉恥です」
「は、破廉恥!?」
ポッ、とアーシャの頬が赤くなり、ボッ、といくつもの炎が宙を舞った。
「と、とりあえず、お互い落ち着いて話し合いましょう——」
ポリーナさん、こんなキャラだったっけ……もっと寡黙でなにを考えてるかわからない感じだった気がするけど。いや、なにを考えてるのかわからないのは今もそうだな。
「まず、僕のほうから話しますね」
レッドゲート問題が解決したことを告げると、アーシャもポリーナさんも驚いていた。ただこれは恒久的な解決ではないこと、竜が意味深な言葉を告げたことなども加えると、ポリーナさんたち3人はなにかひそひそと話をした。
それは僕の【聴覚強化】をもってしても聞こえない程度の声で、
「——竜の話を……もしも……」
「——それなら『三天森林』に……急いで連絡を……」
「——わかった」
話し合いが終わったのか、ひとりがアーシャに言う。
「殿下。『梟の羽搏き』に戻る必要があり、私が行って参ります」
「わかりました」
「失礼します」
彼女は恭しく頭を垂れると、開かれた窓からひらりと身を宙に躍らせた——ここ、3階なんだけど。
隣の2階建ての屋根に飛び移ると音もなく駈けていく。【疾走術】持ちなんだろうか。
「……下から出ていけばいいのに」
アーシャのつぶやきに100パーセント同意の僕です。
「それで……どうしてレイジさんはこちらにいらしたのですか?」
「僕の姉を追ってきたんです」
ラルクは今、空賊……海賊? の仲間の人たちによって看病されている。あれから眠ったままだ。
魔導船については持ち主に返却し、修繕費については支払うので海坊主を倒したことで盗み出した罪をチャラにしてもらおうと思っていた。
すると魔導船の持ち主である資産家はなんと町長のお兄さんだった。
——なんと。「レッドゲート戦役」で活躍されたレイジ殿が乗船され、戦われたと!? なんという誉れ。傷はそのままにしておきましょう!
とむしろ喜ばれる始末。お兄さんも町長と同じく戦う騎士に憧れていたらしい。
「悪事千里を走る」と言うけれど、僕の名前が妙な形に変換されて光天騎士王国内に伝播しているようで怖い。
ラルクの天賦珠玉については、実はすでに回収済みだ。賊の「お頭」と呼ばれているクックさんに確認して僕が引っこ抜き、僕が持っている。これ以上悪化することはないはずだけれど、結構ヤバイ体調ではある。
「明日には出船し、海にいる賢者という人を捜したいと思っています」
「…………」
「……アーシャ?」
「あ、い、いえ……」
「レイジさん。我らシルヴィス王国には失われた生命力を回復させる秘薬があります」
「ポリーナ!」
えっ、そんなものがあるの? と思いつつ、あわてたような、恐ろしがっているようなアーシャも気になった。
「ですがそれは、非常に貴重な品で、王族の管理しているものです」
「ああ……そうなんですか。それじゃあ、入手はできませんね」
「なぜですか? 目の前にいらっしゃるのは王族であるアナスタシア殿下ですよ」
「……ポリーナ、その話は」
「今、殿下は魔法を操れるようになり、お声を出すことも可能です。であれば完全なる、正当なる王族でいらっしゃいます。殿下のお父上である国王陛下もきっとアナスタシア殿下を再度お迎えになりましょう。完璧にコントロールされている【火魔法】はマイナスにはなりません」
ああ……そういうことか。
ポリーナさんはアーシャの声が戻ったから、彼女をエルフの森に連れ戻そうというのだ。




