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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第1章 旅立ちは密やかに、人知れず。出会いは密やかに、導かれる。

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「あの人……獣人、なんですよね? ライキラさんと同じ」

「ああ。俺は『銀の天秤』というパーティーに拾われて(・・・・)るからな、まだいい。だけど獣人だけで生きていくには、この国はキツすぎる。見たろ? 客引きの女だって獣人のハーフにやらせているくらいだ。獣人の立場は低い。獣人が突っ立ってたらヒト種族の客は近寄らねーし、純粋な獣人にはあんな仕事もない」

「それは……」

「お前だって毛深い女は無理なんだろ?」

「うっ、た、確かに」

「それはしょうがねーことではあるんだけどな……この国が獣人にはキツイってのもまた事実ってだけだ」

「他の国に行けばいいってことですか」

「その道が閉ざされてんだよ。国境を越えるにはギルドの推薦状が必要で、それを持って役所に行って通行許可証をもらう必要がある。俺はダンテスのオッサンの治療に合わせて便乗させてもらうだけだ。そういう話になってる」

「えっ、光天騎士王国に行ったらライキラさんいなくなっちゃうの!?」

「まあ、そうなるだろうな。言っとくが、ミミノやオッサンは承知の上だぞ」

「え、えぇ……」


 数日だけど細マッチョツンデレ獣人さんとは少し仲良くなれた気がするのに……。


「ってことはライキラさん、他になにか目的があるんですか?」

「……ああ」


 ライキラさんは立ち止まり、夜空を見上げた。

 そこには満ちようとしているほぼ真円に近い月が昇っている——ああ、この世界にも月はあるのだ。ただその月の周囲に3つの衛星がさらにあるというだけで。


殺したい(・・・・)ヤツがいる」


 淡々と告げられた言葉は、あまりに現実感を伴っていなかった。僕は、「へ?」だなんていう間の抜けた声を上げてしまった。


「俺や、金をくれてやったアイツはもともと同じ傭兵団に所属していた。『闇牙傭兵団』っつってな、獣人だけで結成した傭兵団なんだ。金で雇われて戦場やモンスターの狩場を転々とする……俺たちは依頼者に言われたとおりに動いていただけだったが、つまらねーミスを犯した」


 傭兵団、という言葉を僕は知らなかった。


「デカイ貴族の裏稼業(シノギ)を荒らしちまったんだ」

「シノギ……?」

「麻薬だよ。このキースグラン連邦のリグラ王国……このアッヘンバッハの隣だな。そこは小さい国ではあるんだが麻薬を各国に流してボロ儲けしていた。俺らはその事実は知っていたが、まさかリグラ王国内の『山に棲み着いたモンスターを討伐してくれ』と言われて倒したモンスターが、麻薬の製造所を守っていたモンスターだとは思わないわな」

「な、なんですかそれ。モンスターが、守る?」

「【モンスター育成術】とかいうふざけたスキルがあるらしいぜ」


 マジかよ。なんて万能なんだスキル、さすが奥が深い……じゃなかった、今はそれどころじゃない。


「それで……ライキラさんたちは?」

「モンスターを討伐したぞと報告した依頼主はな、大喜びで自爆の魔道具を持って製造所に突撃した。そして麻薬もろともドカーンよ」

「……は?」

「後で知ったが、依頼主には麻薬中毒になった一人娘がいて、死んだらしい。俺たちはその復讐に付き合わされたってわけだ」


 僕は唖然とした。この世界にはやはり暴力が満ちている。そして、欲望もまた……。


「そいつは死んで終わりだ。だけど俺たちは生き残ってる。で、報酬もちゃんと支払われた——そこから足がついた」


 ライキラさんは言う。

 大金が動いたせいで「闇牙傭兵団」は麻薬製造所破壊に関係した一員だとリグラ王国ににらまれた。


「リグラ王国は大金を積んで、連邦の首都であるヴァルハラのトップ、市長を動かした。そして市長を通じて冒険者ギルドを動かした。『闇牙傭兵団』は麻薬製造の元締めでありこれを駆逐すべし……とな」

「ええええ!?」

「声がでけーよ」

「いや、だって、え!? そんなことって……!?」

「富豪の死、ってのは大事件でな、製造所は明るみに出ちまったわけだろ。じゃあこの麻薬は誰が作ってたんだってことになる……そこでリグラ王国は巧みに罪をすり替えたんだ」

「そ、そんな……」


 ライキラさんは、傭兵団はただの被害者じゃないか……。


「で、俺らのもとに派遣されてきた冒険者は……天銀(ミスリル)級だった」


 天銀級。

 冒険者の中でも最上級。


「たったひとりのそいつを相手に、50人いた傭兵団は壊滅だよ。俺は命からがら逃げ出して、仲間はちりぢりになった……」

「仲間のひとりが、さっきの……?」


 ライキラさんは、うなずいた。


「……あの冒険者に俺たちはすべてを話した。ただハメられただけで被害者なんだってことをな。それをフンフンとうなずいて聞いた直後、あいつは大魔法をぶっ放した。仲間が燃えて、泣き叫んで、一瞬でそこは地獄と化した」


 僕はただ聞いていることしかできなかった。

 ライキラさんの中で燃え盛る炎は、ライキラさんが見た炎と同じように苛烈なものなのだろうか。


「笑いながら、仲間を殺していったよ……『だからなに?』と言ってな……! 情けねー……俺は怯えて逃げることしかできなかった。それで逃げて逃げて力尽きて、もう死ぬのかと思ったときに……ミミノに救われた」

「……生きるために死力を尽くすことは、情けないとは、僕は思いません」


 ライキラさんは僕を見て、小さく笑った。

 悲しい笑顔だと、思った。


「レイジよ……俺に、リグラ王国を滅ぼすことは無理だとしても、なにか一矢報いなきゃならねーんだ。だったら俺は……あの冷血野郎を許してはおけねえ」


 ぎりぎり、と音がした。

 ライキラさんの手が握りしめられ、そこから血が垂れてきた。


「ハーフエルフの天銀級冒険者、クリスタ=ラ=クリスタ。あいつだけは必ず俺が殺す」



   *  魔導飛行船「天姫の居城」  *



 ごうんごうんと鳴る音が止むことはない。ゲッフェルト王国の上空1,000メートルを魔導飛行船「天姫の居城」は飛んでいた。

 巨大な船、というより丸みを帯びたボートのような形状で、巨大なプロペラと小型のプロペラを何十とぶん回して空を飛んでいる。

 特殊な木材と鉄板を組み合わせたブラックボディは、夜にもかすかに青色の光を纏い、その存在を広く知らしめる。

 最大乗員は500人まで可能という大きさの巨体は、ゆっくりと、しかし確実に、一直線に、アッヘンバッハ公爵領領都を目指して進んでいた。


「……乗り慣れるとつまらんな」

「はっ?」

「最初こそ魔導飛行船は目新しいと思ったが、何度も乗ると飽きる。船内に娯楽がないのがなんともつまらん」

「そ、それは……申し訳ございません」

「なにが『天姫』だ。一国の姫どころか冒険者の私ですら満足しないぞ」

「は、はあ……」


 大きな身体を縮こまらせているのは冒険者ギルドの幹部職員だった。

「天姫の居城」内にはラウンジがあり、食事や酒を楽しむことができる。

 職員の正面、沈み込むようなソファに身体を預け、この世界では滅多にお目にかかれない透明なグラスで葡萄酒を飲んでいる——線の細い男。

 身長は高く、そのせいで逆に線の細さが際立っている。

 さらりとした金髪を肩の上で切りそろえており、その髪が耳を隠しているが人間よりもほんの少しとんがっている。

 赤の三白眼は職員には向けられておらず、ただグラスを見つめていた。

 葡萄酒の水面には天井——配管が剥き出しになっている無骨な天井からぶら下がる魔導ランプが映っている。

 チッ、と男は舌打ちすると葡萄酒を飲み干した。この1杯で、庶民が1週間は暮らせるほどの価値があることを職員は知りつつ、お代わりのためにデキャンタを差し出してグラスに注ぐ。

 この男が依頼ひとつでこの葡萄酒を何十樽と買えることもまた知っている。


「到着は何時だ」

「翌、早朝の予定でございます」

「鉱山に直接行くわけにはいかないのか? 領都から移動となると時間も掛かろう」

「新公爵閣下と挨拶をしていただかないことには……。魔導飛行船の離着陸は場所も決められておりますし、自由な飛行もできません」

「……ヒト種族は翼を手に入れたというのに、自ら翼を折るのか」


 うんざりするように男は言うと、葡萄酒にはまったく手をつけずグラスを置いて立ち上がる。


「魔物はつまらん。ただ怒るだけ。泣き叫びもしなければ命乞いもしないからな……その点、大量の獣人を殺したときはたまらなかったな」

「…………」


 職員はすでに男から視線を逸らしていた。舌なめずりする男の股間がふくらんでいたからだ。


「寝る。着いたら起こせ」

「……承知しました」


 言うと、男はソファに掛けていた薄手のローブを手に取って、去っていった。


「……あんなのが天銀級冒険者だっていうのだから、世も末だ」


 職員は深々とため息を吐いたが、彼が次に考えたのは飲みさしの葡萄酒をどうするかということだった。

「天姫の居城」は着実に、アッヘンバッハ公爵領を目指して飛んでいた。


役者がそろいつつあります。


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― 新着の感想 ―
[一言] クリスタって名前だから女かと思ったら男かよ
[気になる点] 天銀級 あれ? 神銀級?
[良い点] プロットが面白くて続きがいつも気になる! [気になる点] 変態ってことを伝えるにも頬が紅潮してたとか言えるのになんでその表現を選んだのかな、、どのシーンも思い描きやすいぶん変なイメージがよ…
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