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魔導飛行船「月下美人」が、いまだレフ魔導帝国の臨時政府拠点となっていた。
(ここのどこかにラルクがいるんだよな……エヴァお嬢様も来てたりするのかな)
細く長い廊下を歩きながら僕はそんなことを考えていた。
レッドゲートが閉じられたあと、終焉牙のところへ戻るとすでにラルクはいなかった。なんでも空賊仲間と貴族のお嬢様が治療のために連れ去ったのだとか。
ほんの少しラルクとかわした言葉を考えると、「貴族のお嬢様」はエヴァお嬢様のことだと思われる。
いつの間にふたりに接点が生まれていたのか……すごく謎です。
ラルクの星6つの天賦珠玉【影王魔剣術】はやはりラルクの身体を蝕んでいたようだ。僕の記憶を呼び起こし、【森羅万象】で確認してみても同じ結論だった。ラルクからあの天賦珠玉を外さないと……ラルクの身体はやがて耐えきれなくなってしまうだろう。相当無理して戦っていたみたいだし。
「——レイジ、レイジ?」
「あ、は、はいっ」
「ちゃんと聞いておかないと、こういうのは作法が肝心だからな」
考え事をしているうちに、僕らは謁見の間の控え室へとやってきた。そこではこれからの謁見についての手順の説明があった。
ただそれだけではなく、いちばん汚れた格好をしていたダンテスさんが、レフ人の侍従さんに顔をしかめられ着替えさせられていた。「作法が肝心」と言ったダンテスさんの見た目は作法にかなっていなかったらしい。
さらに顔を拭かれ、無精ひげを剃られ、髪を整える。
赤を基調としたシンプルなジャケットに、すらりとしたズボンを穿くと、ダンテスさんは見違えるほどに立派な大人という感じになった。
僕も髪だけは整えさせられ、服についてもなにか言われるのかなと思ったけれど、侍従さんは「ムムム」とうなってから、「よし」とうなずいていた。僕とミミノさんの服がハーフリングの伝統に則ったものであることに気づいたのだろう。ノンさんは修道服なのでセーフである。
「なんだか、俺だけ冒険者じゃなくなっちまったみたいだな……」
少々サイズが合わず、ぱっつんとしているジャケットを窮屈そうに着ているダンテスさんが言ったが、
「お父さん、ふだんはこんなもの着られないのですから楽しんだらいいんですよ」
「ううむ、まあ、確かにな。一国のトップと会う冒険者なんて、俺たちより上の『白金級』でも稀だからなぁ」
とそこへ、呼び出しの声が掛かった。
「——冒険者パーティー『銀の天秤』、参りました」
同時に控え室の扉が開き、薄暗い廊下へと続く。その先には大広間の入口があってそこからはきらびやかな光が射し込んでいた。
おお……。
思わず声が出そうになった。
ここが飛行船内だとは思えないほどに高い天井があって、シャンデリアが輝いている。それらは魔道具なので光量は一定だった。
左右にはレフ人の高官が並んでいて、幾何学的な模様が織り込まれた金色の絨毯は一直線に進み、数段上がったところにいる皇帝の玉座へと続いている。
(あれがレフ魔導帝国の皇帝……)
金糸をふんだんに織り込んだ上着は、老齢である皇帝にはむしろ重そうだった。王冠や金の錫杖もあったけれど、それは隣の台に置かれてあった。
それでも——僕らを射抜くように見据える視線は本物だと感じた。
迫力が、他の人と比べて段違いだ。
「……お父さん、ほら、進んで」
「お、おう」
ダンテスさんでさえ気圧されていたのにノンさんは平然として、父の背中を押していた。こういう場に慣れているんだろうか。
「だ、だ、大丈夫だからな、レイジくん、わたしがついてるべな!」
「ミミノさん、服引っ張らないで……」
ぐいぐい僕の袖を引っ張ってくるミミノさんもテンパってるみたいだ。仕方ないので手を握ってあげると、ぎゅううと握りかえしてきた。かわいい。おかしいな……この人確か24歳のはずなんだが……。
ダンテスさんに続いてノンさん、僕とミミノさんが続く。
さわさわと、かすかな声で高官たちが囁き合っている。僕の【聴覚強化】でも少しくらいしか拾えないような声で。内容は、まあ、「あれが冒険者か」とか他愛のないものだったけれど。
「『銀の天秤』でございます」
あらかじめ言われていた場所——部屋の真ん中らへんでダンテスさんがそう言って片膝をつくと、僕らもそれに続いた。
皇帝の横にいた初老のレフ人が口を開いた。なんだか老獪な感じの顔つきである。
「うむ。このたびの働きは見事であったと聞いている。これより栄光あるレフ魔導帝国皇帝陛下よりお言葉をちょうだいするゆえ、そのままで聞け」
「はっ」
僕らが頭を下げていると、ややあって、しゃがれた声が聞こえてきた。
「……正規の軍に所属していないにも関わらず、一軍にも匹敵する働きをしたようじゃな。それに、ルルシャのためによく尽くしてくれた」
おや、と思う。ルルシャさんのことをわざわざ言うなんて。
「英雄武装」のことがあったからかなとも思うけれど、なんだか今の言い方はルルシャさんに肩入れしているように感じられた。
「お前たちが冒険者であろうとなかろうと、余は正しく評価する。今回、お前たちの功績は勲一等とする」
勲一等、ということは——最も功績を挙げたということ?
その発言に高官たちが一斉にザワザワする。「我が国で一等が出たことがあったか?」「ない、聞いたこともない」「『英雄武装』の発見でも勲五等だものな」「救国の英雄並だということか」という声が聞こえる。
「静かに。皇帝陛下の御前である」
初老のレフ人が言うと、また広間は静まり返った。
「……本来であれば我が国で年金暮らしを確約するところじゃがな、そのようなものは欲しくなかろ? なにせ、今は半壊しておる」
自嘲気味の言葉にどう反応していいかわからない僕ら。
「さらば、お前たちが欲しいものを言え。その望みを叶えてやろう。名誉が欲しくば余が後ろ盾になり、『天銀級』冒険者に推薦するし、金が欲しくば帝国金貨3000枚は用意してやろう。『魔導武装』も好きなものを言え、商会に作らせよう。どうだえ?」
まさか——こういう報酬は想定していなかった。
帝国金貨3000枚だと、大体15億円くらいの金額だ。
これは冒険者が報酬で得られるものとしては破格のものではないだろうか。
「……申し上げてもよろしいでしょうか」
するとダンテスさんが顔を上げた。




