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「う、わわわああああああっ!?」
すさまじい速度で空へと舞い上がる。吹きつける風と身体に感じる重力は相当なものだった。
気づけば僕はレフ魔導帝国の上空高くにいて、レッドゲートと同じくらいだった。
《フッ。空の旅を楽しむ余裕はないぞ》
「わ、わかってます。あの光の方向へ!」
今僕がいるのは竜の背だ。人ひとりどころか10人乗っても問題なさそうな巨体は安定して空を飛んでいる。
レッドゲートを閉じるための解決方法は、「九情の迷宮」の3つか4つ、機能を停止すること。エネルギー量の大きいダンジョンを停めたほうがいいので、僕は竜の背に乗って「畏怖の迷宮」に向かっていた。
赤い竜——「炎竜」と言うらしい——は、僕の提案した解決方法をすぐに信じてくれた。
ゴオオオオオオッ。
レッドゲート周辺には青と緑の竜が2体飛んでいて、亀裂目がけて魔法を撃ち込んでいる。青の「海竜」は【水魔法】を、緑の「樹竜」は【花魔法】の使い手だ。魔法、と言っても人間が使うものとは比べものにならないほどの規模で、撃ち込まれた氷塊や、破城槌のごとき大木は封印亀骨に直撃し、足止めに成功している。
2体いた紫の「影竜」は僕の指示した迷宮——「溺愛の迷宮」と「崇拝の迷宮」に向かっており、中枢にあるコントロール室のような場所を破壊してもらうことになっている。
「ここです!」
距離的に近いこともあったけれど、空を飛べば「畏怖の迷宮」まではすぐだった。崖にある迷宮への入口を見つけると、僕は竜の背に立ってジャンプした。【風魔法】を使えば問題なく入口に到着できる。
《我はもうひとつ、「悲嘆の迷宮」とやらに向かうとしよう》
「よろしくお願いします」
すでに攻略された迷宮は、それだけ多くの感情エネルギーを吸い込んでいる。だからこの4つをつぶせば確実にレッドゲートを閉じることができるはずだ。
「あの、ありがとうございます」
《礼は要らぬ。もとよりこれは調停者同士の問題……だが》
その場で羽ばたき、滞空していた竜はなにかを言い淀んだ。
「だが、なんでしょうか」
《いや……いい。行け、「災厄の子」よ。我らとお前は相容れぬ存在だ》
「ッ!」
羽ばたきが強くなり、僕にも強い風が吹いてくる。
「あのっ!『災厄の子』ってなんなんですか!?」
《——己の胸に手を当ててみよ》
「!?」
竜は高度を上げると「悲嘆の迷宮」に向かって飛んでいった。
「僕の胸に……手を当ててみる?」
右手を当ててみたけれど、いつもどおりの手触りがあるだけだった。まったく意味がわからない。
もしや——日本にいたころのさらに前世があるのでは? とか思って【離界盟約】の天賦を入れた状態で【森羅万象】を取り込もうとしてみたけれど、無理だった。僕のスキルホルダーは12以上22未満ということなのだろう。つまり前世と今世のふたりぶん、16でほぼ確定のはずだ。
「ワケがわからん!」
僕は「畏怖の迷宮」へと入っていく。ここはショートカットを作ってあり、すぐにもコントロール室へと行けるはずだ——。
★ ラルク ★
「アイツ! なにやってんだ!?」
ラルクは思わず声を上げた。突如としてやってきた竜、それも5体。アッヘンバッハ公爵領の領都で見たあの竜はあまりに凶暴で、そんなのが5体もやってきて暴れたらさすがにこの都市は更地になるだろうと思えた。
だが、竜はレッドゲートを攻撃し始め、さらに1体はなんと弟くんをその背中に乗せて飛び立ったのだ。
「!」
すぐそばで金属同士のぶつかる耳障りな音が聞こえた。見ればダンテスが、大盾で調停者の攻撃を防いでいる。
「よ、よそ見するな、『黒の空賊』! 竜も気になるが先にこっちだろうが!」
終焉牙に比べれば調停者は戦いやすかったが、けっして手を抜いて勝てる相手ではない。さらにはこちらは騎士や兵士が入り乱れ、調停者はその隙を縫って移動するために同士討ちまで発生しかねない。
調停者は、実力者からつぶしていくことにしたようで、ラルクもこうして狙われるのだ。
「悪い! あと——ラルクだ」
「なんだって?」
「あたしの名前、ラルクっていうんだよ! 弟くんに聞かなかったのか!?」
「——ラルクか、わかった」
ダンテスはうなずいたが、「弟くん?」と内心で首をかしげている。
ラルクとダンテスは並び立つ。
調停者はすでに兵士たちに紛れ、あちこちで斬りつけながら混乱を誘う。なんともいやらしい戦い方だった。
「こりゃ、退かせたほうがいいだろうな」
「あたしも賛成だ。だけど命令権を持ってるのは誰なんだ?」
「——私だ」
「俺だよ」
そこにやってきたのは光天騎士王国の長身の騎士フリードリヒと、クルヴァーン聖王国のグレンジードだ。
「私以外の騎士は退かせる。あの者とは一対一でやらせてもらおう、よろしいな? 元聖王」
「バカを言え。アレは俺の獲物だ。ウチをむちゃくちゃにした元凶だぞ。下がるのはお前らだ」
「なんだと?」
「あ?」
眉間にシワを寄せるフリードリヒと、腕組みして睨めつけるグレンジード。グレンジードも大男なのだがフリードリヒには10センチほど負ける。
ふたりが高貴な人物だと気づいたダンテスはあわてて、
「ど、どうかケンカはお止めいただきになられたほうがですね……」
「オッサンたち元気だな。ふたりでやれよ。とにかく倒せりゃなんでもいいだろ」
「ラルク!?」
冒険者という肩書きながら、世の中の身分社会を骨身に染みてわかっているダンテスが、ラルクの発言に目を剥いた。
「…………」
「…………」
するとフリードリヒとグレンジードはラルクを見て、それからお互いを見やって、
「フッ。子どもの言葉は真理を突く」
「共闘も悪くはねえ、か」
ふたりそろって、正面を向いた。
「——騎士たちに告ぐ!! これよりはこのフリードリヒ=ベルガーが剣を取り、敵を討つ! 邪魔立てすることなきよう退けェッ!!」
「聖王騎士ィィ! 下がれ! 俺の命令だ!!」
ふたりの大声は戦場中に響き渡り、2国の騎士たちは一斉に退き始めた。そうなると残ったキースグラン連邦の兵士も退いていく。
中央に残ったのは調停者ただひとりだ。
武器を持って悠然と歩いていくフリードリヒとグレンジードを観察している。
「行くぞ、元聖王」
「ああ、デカイの」
ふたりは同時に、調停者へと向かって走り出した。




