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今日も朝夕の2回更新です。(エイプリルフールではないです)
身体がびっくりしていた。あまりに多くの天賦を取り込みすぎたからかもしれない。
肉体はぴくぴくしているし、頭は変に冴え冴えしつつも熱っぽさを感じる。これは……アレか。もしかしたら【演算力強化】とか【記憶力強化】の脳みそ強化系——天賦珠玉の種別で言うところの「知能特性」系の天賦も学習してしまったのかもしれない。
僕は訓練場で見た戦闘を思い返す。
……うん、アレだ。なんていうか記憶がまったく色あせない。いや、よくよく思い返してみると木の上で夜を過ごしたときのこともくっきりはっきり思い出せるんですけど? もしやこれは完全記憶能力ですか……?
(どう考えたって【森羅万象】の能力だよね、これ……)
改めて星10天賦珠玉のぶっ壊れっぷりに僕はおののいていた。もうこの人ナシじゃ生きていけないのボク……って感じだよ。いやよくわからん。ぼくはこんらんしている!
そんなわけで「大丈夫だべな?」「風邪か?」とか心配されながらも夕食を食べ(なにを食べたかあまり覚えていないのに記憶はしているという気持ち悪さにまたしてもおののきつつ)早めにベッドに入った。
「俺はヨーゼフに呼ばれているから、一杯やってくる」
「……ヨーゼフさんと?」
「ああ。ヨーゼフは今は冒険者を引退して、ギルドに雇われて新人の教育をしているんだそうだ。ただやはり寂しさもあるようでな。安定した生活というのもままならんものだ」
じゃ、と言ってダンテスさんは出て行った。その足取りはウッキウキだ。お酒好きなんだなあ。
「……さっさと寝な、レイジ。お前明らかに疲れてんぞ」
「はい、そうします……」
とまで言ったところで僕の意識はぷつんと途切れた。身体は休息を求めていたらしい——。
——ギィ。
目が覚めたときには、部屋は真っ暗だった。そして扉が閉まるところだった。
……?
あ、そうか、僕寝てたのか。
横のベッドからはダンテスさんのいびきが聞こえてくる。うっ、お酒のニオイすごいな。なにが「一杯やってくる」だよ、まったくもう。
……ということは今出て行ったのはライキラさんか?
僕は周囲を伺うけれど、ライキラさんのベッドは無人のようだ。建て付けの悪い窓の隙間からうっすら入ってきている月光は、いまだに夜だということを示している。
(……こんな夜中に出て行く? トイレ?)
しかし待てど暮らせどライキラさんは戻ってこない。
(そう言えば、お昼の様子はちょっとおかしかった……)
ライキラさんがとっつきにくいのはいつものことだけれど、心ここにあらずというような感じがあった。部屋で寝てるって言ってたのに訓練場にいたりとか……。
胸騒ぎがして、僕も部屋を出た。【疾走術】の訓練のつもりで足音をなるべく立てないように——おおっ、なんとかかんとかできる!【疾走術】は体力消費はすごいけど、足音を消したり一時的にダッシュ力を高めたりできるみたいなんだよな。便利。
廊下には誰もいない。エントランスロビーにも——いない。
表へと出るドアが細く開いている。
……外に行ったのか?
僕はそのドアへと手を掛けたところで、声が聞こえてきた。
「……これで足りるか?」
「……へっへっ、旦那。ありがとうございます。またお願いします」
「……ったく、いい加減にしろよ」
「……そう言わずに。いいんですかい? ここにあなたがいることを密告しても」
「……あ?」
「……す、すみません、じょーだんですよじょーだん。それじゃあっしはこれで……」
外の様子をうかがうと、ライキラさんが黒フードの誰かと話しているところだった。その誰かに革袋を——チャリ、と硬質な音が聞こえたので(【聴覚強化】はすごい)お金なのは間違いない。
(だ、誰? ライキラさんが脅されてる、のか、脅してるのか……? いや、脅してる相手にお金を渡す?)
黒フードの男が去り際、こちらを向いたときに僕の【視覚強化】は彼の顔が毛むくじゃらだということを捉えた。獣人だ……。
(あ! ライキラさんがこっちに来る!)
僕は【疾走術】を駆使して音を立てずに移動し、カウンター脇の小テーブルに隠れた。
ギィ、と扉を開いたライキラさんが入ってくる——そして、ため息。
「……レイジ、出てこい」
バレてるぅぅぅうううう!?
「わぁってんだよ、俺には【嗅覚強化】があるからな」
「……あ、ライキラさん? どうしたんですかこんな夜更けに。いやー、僕はおしっこがしたくなっちゃって、イヤですねえ、年を取るとトイレが近くなって……」
「待てや」
ひょこっと顔を出してさっさと離脱しようとした僕の首根っこをつかまれた。
「なにが年を取るとだ、10歳が」
「いやーははは……」
「……見てたのか?」
「…………」
僕が答えずにいると、チッ、と舌打ちしてライキラさんは僕をつかむ手を離した。
「……ちょっと付き合え」
そうして夜の街へと連れ出されたのだ。
街は静まり返っていた——ということもなくて、僕らの宿泊している宿はいわゆる宿が密集しているホテル街みたいなところにあるので、朝までやっている居酒屋や、お姉さんたちとキャッキャウフフできるようなお店や、あるいは僕が行ったら大人の階段を【疾走術】で駆け上がれるようなお店がちらほらとある。
光が漏れているお店からは喧噪が表通りに流れ出ていて、そこは居酒屋のようだ。
ピンク色のランプを灯しているところは、きわどい服を着たお姉さんが立っており、通りがかる通行人(男限定)を誘惑している。
「あそこに立ってる女、いるだろ。アレはヒト種族と獣人のハーフだ」
「え……そうなんですか?」
「見りゃわかるだろ」
「いいえ?」
「頭髪が多めで、服で隠してるが体毛も多い」
「全然わからないですけど」
見えないなあ。ふつうのお姉さんにしか見えない。あ、お姉さんがこっちに気がついて手を振ってきた。えへへへ。
「なに喜んでんだガキ」
「い、いいじゃないですか……」
「ったく、お前はミミノみたいなつんつるてんが好きなのかと思ったら、獣人のハーフでもいけるのか? 節操ねーな」
「え!? い、いやむしろライキラさんのほうがミミノさんが好きなのでは?」
「はあ!? なんでそうなるんだよ!?」
いや、だってさ? ミミノさんに「拾われた」って言ってたし、なんかやけに突っかかるし……思春期の少年みたいだしね? 言ったら怒るよね? だから言わないよ。
「ミミノはダメだ。ついでに言うとノンもダメだ。論外」
「はあ〜? どんだけハードル高いんですか?」
ミミノさんも背は低いけどメチャクチャ可愛いし、ノンさんに至ってはカワイイ+清楚+ダイナマイトですよ? ダイナマイトはニトログリセリン等を使った爆薬のことです。深い意味はないです。あとノンさんは怖い。
「俺はもっと毛深くなきゃ無理」
「ファ!?」
なにその断言!
「あのつんつるてんは『他種族だな』くらいにしか思わん。知ってるか? ミミノの腕はつるつるなんだぞ?」
「…………」
知ってます。お風呂で見たからね……。
ああ! あのときの光景をくっきりはっきり覚えているのは【森羅万象】のせいなのか!? くっそー、【森羅万象】め! これでは忘れることができないじゃないかー!(棒)
「……お前たまにひとりで悔しそうな顔しながら地面を踏んだりしたりするよな。なにそれ。地面に恨みでもあんの? そんな信仰を持ってんの?」
「お気遣いなく。——それで、毛深いってどれくらいがいいんですか?」
「そりゃぁな、おめー、背中を触るとふさふさで、滑らかで、するりと手が通るような……ってなに言わせんだ恥ずかしい!」
「お、おう……」
好みは人それぞれなんだね。僕はまたひとつ賢くなったよ。
「……お前が俺に隠れて見た、アイツはな、この街だと金を稼ぐこともできねーんだ。だから俺が金を渡してやった」
話が、元に戻ってきた。




