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軍事用の魔導飛行船から降り注ぐ砲弾は、数百発を数えた。これほどの砲弾を一気に放出するというのはかなりの大盤振る舞いなのではないかと思うけれど、こうでもしなければ倒せないと踏んだのだろう。
終焉牙は先ほどの場所にはすでにいなかった。地面を蹴って走り、砲弾を回避しているのだ。そのせいで命中率は著しく下がって、10発放って1発も当たらないような有様だった。
(砲撃に慣れていないのか?)
レフ魔導帝国は小国で、魔道具の技術によって成り立っている。これまで大きな戦争をしたこともなく、武力として軍事用の魔導飛行船を所有しているものの、実戦投入したことなどなかった。
それに砲台は動かない城壁を破壊したりするためのもので、巨大モンスターを狩るために使うなんてことは想定外なのだろう。
僕は建物の屋上に出ると終焉牙がどこにいるかを探したが、あの巨体が走っているのであればすぐにわかった。
北側の絶壁付近にいる。終焉牙の巨体ならば、ジャンプすれば絶壁を登れそうだと僕は思った。もしかしたら帝国は北側へ——「未開の地カニオン」へと追いやるつもりなのかもしれない。
(……そんなに上手くいくだろうか? その前に、飛行船の優位を過信しすぎじゃないだろうか?)
魔導飛行船は左右に展開しながら終焉牙を追い詰めていく。
最初の砲撃時に見たときよりも高度が下がっているのは、砲撃が当たらなかったから近づこうとしたせいだ。
いくら終焉牙が巨体であったとしても、300メートルほどの上空にあればジャンプしても届かないと考えているのだ。
「ん……?」
僕はそのとき、気がついた。
終焉牙の体表に這っていた魔力がすべて消え去っているのだ。転ばされて地上から攻撃を食らっていたときでさえ這わせていた魔力が、ない。
砲撃を食らえば大ダメージだが、「かわせる」という自信があるのかもしれない。
なくなった魔力はどこに行ったのか——。
「ッ!? ダメだ!」
地上からのジャンプなら、届かないのは間違いない。
だけど彼らは勘違いしている——終焉牙は、巨大種たちは、魔法を使えるのだ。
レッドゲートが出現したとき、フォレストイーターが魔法を使っていたのを僕は思い出した。
『コオオオオオオオオッ』
吠えると同時に、楔のような形をした、暗紫色のエネルギー塊が出現した。1本、2本、3本……その数は最終的に、飛行船の数と同数になった。
ロケット弾のように方向が調整され、尖った先端が飛行船へとロックオンされる。
魔導飛行船の対応は様々だった。
砲撃を放ったり、あるいは旋回して逃げようとしたり。
エネルギー塊が射出される——砲撃のために停まっていた飛行船には次々に突き刺さり爆発していく。
逃げようとしていた飛行船には、かすったもの、当たらなかったものとあったが、周囲の爆発に巻き込まれて大きくバランスを崩した。
「ああ……」
無傷で逃げ出せたのが2隻だけで、爆発で全損したものが半分ほど、巻き込まれて墜落したものが残りだった。
『グオオオオオオオオオオオッ!!』
勝ちどきを上げるように終焉牙は吠えた——だけど、僕は見ていた。
まだ勝負はついていない。
地上から多くの兵士たちが終焉牙に向かって駈け出している。
空から、爆発した飛行船の破片が降り注いでいる中を。
「——すごい」
彼らだって今の惨状を見ていたはずなのに、怯まずに進んでいく。死を恐れないのか——怖くないわけがない。だけど、それでも、ここで戦わずしてどうするとばかりに突き進む。
魔力の鎧がなくなった今がチャンスなのだ。
「僕も行かなきゃ」
屋上を蹴って空へと身を投げ出した。【風魔法】で加速し、【火魔法】で上昇し、次々に屋上を飛び移っていく。短距離ならば「瞬歩」も使えたけれど、まだ慣れないからスタミナの消費が激しい。
ワァッ——と喚声が耳に聞こえてきた。
魔法を撃ち終わった終焉牙はいまだ魔力の鎧を身に纏っておらず、飛び跳ねては踏み潰そうとしている。
そこへ、巨大な弩弓を抱えた部隊が現れた——キースグラン連邦の兵士らしい。3人で引く弓につがえられるのは短槍のような矢だ。それらが発射されると、地面にばかり気を取られていた終焉牙の左側面に次々に突き刺さる。
『グルルルオオオ』
次に現れたのは見覚えのある淡い青色——聖水色の魔力を放つ、元聖王グレンジード様だ。矢によって足が止まった終焉牙へ接近すると、その左前足に、すでに傷をつけられていたその足に深々と槍を突き刺した。
右側面でも動きがあった。光天騎士王国の騎士たちが一斉に突撃する。先頭を走るのはひときわ大きな騎士で、信じられないほど大きな剣を担いでいる。
だけどそのときには終焉牙も反撃に転じようとしていた。大きく息を吸い込んで咆吼を放とうとしたのだ。一時的にも人々を退けるのならば面で圧迫できる咆吼は有効だ。
「あれは……」
けれど、放たれなかった。
息を吸おうとした終焉牙に向けて放たれた革袋を僕は目撃していた。それは終焉牙の口に引っかかるとパンッと弾け、粉塵をまき散らす。
咆吼の代わりに終焉牙はクシャミをし、ヨダレと涙を降らせた。
「ミミノさんだ!」
あんな薬剤を戦線に投入できるのはミミノさんに違いないと僕は思った。ミミノさんの姿は見えなかったけれど、方角的に光天騎士王国の軍勢に紛れ込んでいるらしい。
この間に、先頭の巨大な騎士が突っ込んで行き——なんと終焉牙の左前足を斬り飛ばした。ワァァァッとひときわ大きな歓声が上がる。
(すごい、すごい!)
キースグラン連邦、クルヴァーン聖王国、光天騎士王国の3カ国が共同で戦線に立ったことなんて歴史をひもといてもほとんどないはずだ。だけれど彼らは、戦争のプロたちは、あうんの呼吸で戦況を読み取り、自分たちの最善をこなしていく。
類い希なる才能とか、星の数の多い天賦とか、そういったものが大きく影響するこの世界であっても、人が集まればそれは確かな力になるのだ。
僕も彼らの力になりたい。
「行くぞ!」
終焉牙までの距離は500メートルほど。背の高い建物はもうなく、僕は最後の屋上から宙へ飛び出した。クルヴァーン聖王国の聖王騎士たちの頭上を飛んで一気に終焉牙へと迫る。
視界を失った終焉牙は苛立ったように周囲を踏みならす。斬られた左前足は浮かせたままで。
「お前ら! 今だ、畳み掛けろ!」
突き刺した槍を持って行かれ、無手となったグレンジード様が叫ぶ。
すると——終焉牙はくるりと後ろを向くと、
「聖王陛下ァァ! お逃げください!」
「尻尾です!!」
聖王騎士たちが叫ぶ。
終焉牙は身体を後ろに向けて、ナナメに——ちょうどグレンジード様へ向けて、尻尾を振り下ろしたのだ。
「あ——?」
高速で迫る、巨大な尻尾はそれだけで凶悪な武器だ。
気づかず振り返ったグレンジード様が回避することはもはや不可能だった。
「——させない」
その前に滑り込んだ僕は、右手に【火魔法】を5つ、左手に【風魔法】を5つ発動させる。
しかも圧縮して破壊力を増したバージョンだ。
「『爆炎嵐』ッ!!」
以前から使っていた「火炎嵐」の改良版。
放った魔法が、尻尾と正面から衝突し、大爆発を起こした。




