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★ レフ魔導帝国 レッドゲート最前線 ★
行け——と思わずダンテスは叫びかけた。
自分にはけっしてできない巨大な黒の刃を操る「黒の空賊」。その力がうらやましいとか、妬ましいとか、そんなことを思うよりも前に——目の前にいる、世界の理を外れた巨大獣を一刻も早く倒して欲しいという思いのほうが強かった。
終焉牙の太くたくましい首を両断できるほどの、塔のごとくそびえる刃。それを持つラルクの手が震えていた。
今、刃は無防備な首に向かって振り下ろされる——という瞬間、終焉牙の身体は電気でも走ったかと思えるような反応をした。
「チッ」
血に濡れたラルクの口から舌打ちが漏れる。終焉牙の拘束が解けたのだとは直感的にわかった。
ラルクは黒の刃を振り下ろす。
金属に比べれば大幅に質量をもたないその刃は、軽々と、終焉牙の首に向かって振り下ろされる——。
『グルルァァッ!!』
身体を反転させて顔を向けた終焉牙の、口が、刃を受け止める。
【影王魔剣術】の切れ味を受け止めた歯の硬さにラルクは驚いたものの、
「うあああああああああああ!」
全身の力を振り絞り、刃を下ろそうとするが、動かない。
「がんばれ、がんばれ……!」
そばではダンテスが、応援することしかできない自分に歯がゆさを感じながらも声を上げる。
だが、拮抗は数秒で崩れた。
パキィィィィィイ——。
刃が、【影王魔剣術】で生み出された最強の剣が、ガラスのように砕けたのだ。
破片はすぐにも煙となって空中に消える。
「——ガハッ、ハァ、ハァッハァ……」
「大丈夫か!」
その場にくずおれ、地面に両手を突いたラルクの肩にダンテスは手を添えるが、
「……に、逃げ、ろ……」
「!」
終焉牙の巨体が立ち上がり、その場でぴょんぴょんぴょんと地面を踏みならした。きっと攻撃を加えている兵士たちをつぶすためだろう。
その衝撃は地震のように伝わってきて、倒れそうになるラルクの身体をダンテスが支え、立ち上がらせる。
「逃げるなら、お前もだ」
「…………」
言葉を話す力もないのか、青を通り越して白くなりつつある顔のラルクは虚ろな目を地面に向けていた。
「ちくしょおおお!」
大盾を左手に、右手にラルクを抱えたダンテスが走り出す。
撤退だ。撤退するしかない。
この場にいる最大戦力が「黒の空賊」ラルクの剣であることは疑いようがなく、そのラルクが動けないのだ。
だが、
「お父さん!!」
進行方向、建物の陰に身を潜めていたノンが叫ぶ。
「あ……?」
ダンテスは視界が暗くなるのを感じた。
それが——陽光を遮られたのだと気づいたのはすぐのことだ。
「なにぃっ!?」
終焉牙がダンテスの頭上を飛び越えて、進行方向に着地する。
着地の衝撃で地面が揺れて、ダンテスはその場で急停止。
「ノン、逃げろ!」
「お父さんは!?」
「俺だって逃げるしかねえ!」
「わ、わかった!」
世界と交換にしてでも絶対に守らなければならない娘のノンが逃げていく。終焉牙はノンの存在など歯牙にも掛けていないので問題なさそうだ。
問題は——。
「……こっち、だわなあ」
ひとつつぶされたが、終焉牙の残りの目が爛々とダンテスとラルクを見据えている。
ダンテスの「キミウツスカガミ」による攻撃反射も警戒しているだろうが、それ以上に警戒しているのはやはりラルクだ。ラルクこそが最大の脅威だと認識している。
「こりゃあ……守り切らねばなるまいな」
大盾を構えたダンテスは、「キミウツスカガミ」の残りの発動時間を思いながら脱出手段に考えを巡らせる——はずが、
「——は?」
目の前の地面が盛り上がったと思うと、そこから礫弾が射出される。あわてて大盾で防いで事なきを得たが、次の瞬間には目の前に終焉牙が迫っていた。
(発動発動発動発動)
先ほど攻撃反射によって傷ついたほうではない、左前脚が振り下ろされる——ダンテスは「キミウツスカガミ」を発動させる。身体を魔力の膜が覆う——ぎりぎり、間に合った。
「なっ、なに!?」
だが前脚はダンテスの手前でピタリと止まった。
ジジジジッ、という音は触媒を消費する音だった。すべての触媒を短時間で消費しきるとダンテスを覆う魔力膜は消え去った。
(このモンスター……知性があるのか!?)
予想もしなかった【土魔法】による攻撃。間髪を入れず直接攻撃。その間ずっと、終焉牙はダンテスの行動を観察していた。
攻撃を反射するのは、いったいどういう条件で発動するのかを。
反射し続けるのであれば最初の【土魔法】だって反射できるはずだ。だがそうではなかった。ということは強い攻撃だけを選択して反射する——逆に言うとずっと反射することはできない。
「ぐはっ」
魔力膜が消えたダンテスを、いともたやすく終焉牙は吹っ飛ばした。ダンテスは10メートル以上飛んでバウンドすると、また数メートル転がった。大盾は数秒経ってから離れた場所に落ちてガランと音を立てた。
今、終焉牙の目の前には地面に横たわるラルクがいる。自分の目を潰した憎き相手が。
『グルルルルル——』
終焉牙が口を開け、ラルクを噛み砕こうとする寸前のことだった。
『!!』
ハッとして身を引く終焉牙の鼻先に、炎の矢が飛来する。
『グルルァァァッ!!』
多少の魔法ならば食らってもびくともしないはずが、終焉牙はイヤイヤするように顔を動かしてかわし、最後には後方へと跳ねてかわす。
その判断は正しかった。
飛んできた【火魔法】は大きさこそ小さかったものの、終焉牙がかわしたせいで地面や建物に当たると爆発を起こすほどの威力だったからだ。
「——間に合った。間一髪、だけど……」
倒れた少女の前に立った少年は、終焉牙から守るように両手を広げた。
そして倒れた少女へと視線を向けると、くしゃりと表情をゆがめた。
「こんなになるまでがんばったんだな……」
レイジは地面に膝をつくと、虚ろな視線を彷徨わせるラルクへと手を差し伸べた。




