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終焉牙が倒れ込んだのを見たとき、「マジで?」と正直思った。どうやってあんな巨大種を転ばせることができたのか、想像もつかなかったのだ。
僕の【遠視】を使うとかすかに終焉牙の左後ろ足にツタの絡んでいるのが見え、それが、「極めて高い重量」であると【森羅万象】が教えてくれる。「重力魔法」みたいな魔法はなかったはずだけど、一体どうやって——。
「ああ、もう、邪魔!」
走っていくのに光天騎士王国の制服が邪魔なので脱ぎ捨てる。防刃加工をしたこの服は、確かに対人戦闘では重宝するだろうけれど、一発食らったら即死みたいな巨大モンスター相手では動きにくいだけだった。
絶壁を登るときに僕だとバレたら困ったけれど、目撃者は僕のことを光天騎士王国の騎士だと思っただろう。であればもう、制服は用済みだ——後で返しますんで、とりあえずここに置かせてください、ヴィルヘルム様……。
半袖のシャツに長ズボン、道具袋は腰にぶら下げた——どっちかというと「みすぼらしい」格好になった僕は絶壁から跳んだ。
「うおおおおおっ!」
【風魔法】で飛距離を伸ばし、着地の衝撃を殺し、背の高い建物に着地する。
終焉牙まではあと1キロってところだ。
そのとき僕は見た——巨大な黒の刃が、天に届けとばかりに屹立するのを。
★ レフ魔導帝国 レッドゲート最前線 ★
上手くいきすぎている、とグレンジードは思った。
槍を取り返し、無防備な腹に向けて何度も何度も何度も何度も槍を撃ち込むと、やがて魔力の外装は剥がれ落ち、うねうねと動く毛を断ち切り、肉を傷つけた。
あっというまに血まみれになるが、終焉牙の巨体を思えば——目の前に肉の壁がそそり立っているようにしか見えない——人間がちょっとすりむいてケガをした、くらいのものかもしれない。
(にしても、だ)
立ち上がろうとしては転んでいる終焉牙だったが、この巨体に最初感じた「畏れ」のような感情を考えるとこのままで終わるとは到底思えない。
こちらの攻撃が、上手くいきすぎている。
「ぬうん!」
長槍を腹に差し込み、ぐぐいとねじ込んでいく。ついに持ち手が30センチほどになるまでめり込んだところでグレンジードは叫んだ。
「騎士ども!! 一度退けェェッ!」
グレンジードに備わっていた本能と言うべきか、聖王という血筋が与えた予感だったのか、それはわからないが、順調にダメージを与えていた状況だというのに彼は撤退の指示を出した。
わけがわからないという顔をしていた聖王騎士たちだったけれど、それでもグレンジードの命令は絶対だ。
暴れる足をかわし、たまに弾き飛ばされながら終焉牙と距離を置く。
「陛下! なにかございましたか——その血は!?」
血に濡れたグレンジードを見て聖王騎士がハッとするが、
「これは返り血だ。あと俺はもう陛下じゃねえっつってんだろ——」
ごちん、と拳を聖王騎士の頭に落としたところで、グレンジードは見た。
終焉牙の頭の向こうに、黒く、巨大な刃が立っているのを。
「————」
思いがけず、言葉が口からこぼれた。
「——今は、ダメだ」
終焉牙を転ばせた立役者であるミミノは、光天騎士王国の将軍であるフリードリヒに抱き止められたその場所にいまだ立っていた。
回復や魔法の補助といった薬剤は豊富に持っていたけれど、直接攻撃をするのなら自分の出る幕はない。
できることは「英雄武装」の「デイネイハウタフ」の効力が続いているうちに、あの終焉牙を倒しきれるのを祈るだけだった。
効果時間は512秒。
時間にして8分強。まだまだ時間はある——。
「……え?」
カタカタ……と手にしていた「デイネイハウタフ」が揺れていた。
鈍い金色の、握力計みたいな形状をしているそれは、効果を及ぼす対象を記憶させてから矢印で重量をどこまで増やすかを設定する。最後にレバーを引けば発動——という極めて簡単な造りだった。
メカニズムは不明だが。
すでに使い方まではムゲが見いだしており、ミミノは今回、矢印を「最大」に設定して使用した——結果は終焉牙のような巨体ですら倒せるほどの重量アップとなった。
「ええええ!?」
けれどもあらゆる作用には反作用があり、力を使うには燃料が必要となる。
「デイネイハウタフ」には「キミウツスカガミ」のようにわかりやすい燃料スロットがなかったのでわからなかったし、ムゲもそこまで調べる時間がなかったのだが——当然内部には魔道具発動のための回路があり、最大出力で使うのならば相応の反動がある。
加えて、いくら堅牢に作られたものであっても道具は道具、長い長い年月を経て劣化が進んでいる。
「わあっ!?」
ミミノが握りしめていた「デイネイハウタフ」は内部から破裂するように破損し、金属や鉱石とともにどろりとした液体が——高熱によって溶けた金属が噴出し、石畳に飛び散って煙を放った。
つまり、そのときこそが、「デイネイハウタフ」の効力が途切れたとき。
発動から512秒経っていようと、いるまいと、大元の魔道具が壊れれば——効力はなくなる。
終焉牙の左後ろ足に食い込んでいた、黒く変色したツタは鮮やかな緑を取り戻す。と同時に、内部の筋肉の隆起によってぶつぶつぶつんと切れた。
『グルルッ』
終焉牙は今、拘束から解き放たれる。
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