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★ レフ魔導帝国 レッドゲート最前線 ★
「撃てェ!」
キースグラン連邦の弓兵が一斉に矢を放つと、雨のように終焉牙へと降り注いだ。しかしそのどれもが、終焉牙の展開する魔力によって弾かれた。傷どころか、毛の1本を断つことすらできないのだ。
弓兵の隊長はこの結果を見て目を剥いた。城の外壁にだってもう少しは傷をつけられるだろう。
「い、いかがしますか、副将軍——副将軍!?」
終焉牙が降臨してすぐにやってきた将軍にたずねると、連邦軍全体の副官でありながら、生粋の軍人でもある彼は、
「知れたこと。矢よりも剣が強い」
自らの剣をすらりと抜いた。その刀身は美しい魔力が走っており、武器そのものが魔道具である——ある種の「宝剣」であった。
「行くぞ! ついてこい!!」
将軍が駈け出すと、オオッという声とともにキースグラン連邦の兵士たちが終焉牙へと突撃した。
分厚いフルプレートメイルを着ていても、軽々と走り、現代日本ならば鉄骨に見まがうほどの大剣を棒きれのように担ぐ。
光天騎士王国の総大将であるフリードリヒが一歩走ると石畳が割れ、大地がえぐれ、爆発したように土くれが飛んだ。長いマントをはためかせて風のように走るが、身体はギシギシと筋肉が軋んでいる。
その一歩は数メートルに及び、彼の疾走スピードについてこられるのは一握りの駿馬だけであろう。
騎士たちが後を追ったがその差はぐんぐん開いていく。
「コオオオオオオ——」
フリードリヒは突出していることなどまったく気にしていない。戦場ではいつもこうなのだから。
独特の呼吸法で酸素を取り入れたフリードリヒは、倒れた終焉牙の背中側へと到達する。振りかぶった剣の一撃は、終焉牙の体表に展開した魔力に触れるが、それをいともたやすく切り裂いていく。切られた部分は、氷のように割れて破片が飛び散った。
そして体毛が刀身に絡みついていくが、これもまた同様、断ち切られた。
肉に到達する——。
「!」
そこで、剣が止まった。岩盤を叩いたかのような固い感触とともに。
この大剣が重いだけで切れ味が悪いとかそういうことではない。大きさと重さ、そして切れ味と三拍子そろった特注品なのだ。これまでも多くのモンスターを斬り、鎧ごと人間を斬り、樹木すらも叩き斬ってきた。
『ルルルルロロロロロオオオ』
肉を切れなかったわけではなく、途中で止められたのだ。筋繊維に挟まれ、取り込まれた。だが当然、肉が切れれば血が出るし、終焉牙は痛みを感じて暴れた。
「ぬうう」
フリードリヒの筋肉がふくらみ、両手で持っていた大剣に力を込める。動かないかに見えた剣は、次の瞬間には湿った音とともに抜けた。終焉牙の赤い血が飛んだ。
終焉牙はこちらに背を向けているので、足は反対側にある。暴れたせいで足が動き、キースグラン連邦の兵士たちが多くやられたようだ。
「512秒と言っていたな」
淡々とつぶやくと、相変わらず無防備に投げ出されている背中に向かって大剣を振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす。鉱夫が穴を掘るように。終焉牙の背中の一部が血まみれになり、白い背骨があらわになっていく——。
元聖王グレンジードは初撃の後、空中から墜落するのをぎりぎり免れた——それはぎりぎり駈けつけた聖王騎士団のおかげだった。
彼らに助け起こされ、もう一度突っ込もうとしたところを押さえつけられ、無理やりに引き下がらされた。
頭から水を掛けられ「冷静になってください!」と叫ばれること50回ほど、ようやくグレンジードの頭にも冷静さが戻ってきた。元とは言え聖王国のトップだった自分に水を掛けるほどだ、よほど平常心を失っているように見えたのだろう——そして実際そうだった。
そのさなか、終焉牙が倒れた。
「行くぞ」
「し、しかし陛下、陛下の武器は——」
無手のグレンジードに聖王騎士が進言すると
「あそこにある」
ぶらん、と体毛に絡め取られたままの槍を指差した。
左前足の付け根にあるので、地面付近に垂れ下がっていた。
「ナメやがって……まずは武器を取り戻す。それからぶっ殺す」
数か月前までは一国の王だったとは思えないほどの獰猛な口調で言ったが、聖王騎士たちは恭しくうなずいた。
「承知しました。参りましょう」
「おう、聖王騎士団第5隊と6隊はついてこい。7隊は残りの兵士をまとめて攻撃しろ」
「ハッ!」
そしてグレンジードは走り出す。武器を持たないだけに速く、目の前には暴れて苦しむ終焉牙の後ろ足が迫ってきた。
左後ろ足は黒いロープのようなもので縛られており動かず、右後ろ足がジタバタしていた。
「近づきすぎると危険です、陛下!」
「問題ねえ!」
動かない左後ろ足に飛び乗ったグレンジードは、そこを足場に走っていく。足は付け根から放射状に動くので、腹の付近を走れば当たらない。
「ぐああっ」
背後では聖王騎士が、右後ろ足に蹴り飛ばされる。
「無理はすんな! 確実に左後ろ足をつぶせ!」
グレンジードは自分の槍を目がけて走る。
あれを手に入れ、もう一度この化け物に突き刺してやる——それだけを考えて。
「アレも『英雄武装』とかいうヤツかよ!?」
ラルクが走りながらダンテスにたずねると、
「そうだ。『デイネイハウタフ』は対象の体積はそのままに質量を増大させる……もの? らしい?」
「なんだよそりゃ……」
「俺に聞くなよ……ミミノはその説明でわかったみたいだから、扱いは任せたんだよ……」
「そうかよ……」
ラルクもダンテスも、科学的なことはさっぱりだった。
「デイネイハウタフ」はダンテスの説明の通りだったが、ミミノは【花魔法】で増幅したツタをロープのように終焉牙に巻きつけてから発動した。
今、終焉牙に巻き付いているのはただの黒いツタに見えるが、その実は、超重量の物質となっている。
あの巨体がバランスを崩して倒れ、さらには動けなくなるほどの重量だ。
その原理がどうなっているかはもちろん未解明であり、ただ「デイネイハウタフ」の効果としてわかっているだけだった。
「ただ、512秒しか続かないらしい」
「!? そういう重要な情報は、さっさと言えよ!」
ラルクとダンテスは終焉牙の頭——後頭部へと近づいていく。ドッシンバッタンと暴れており、立ち上がろうとしてもなかなかうまくいかないようだったが、動き回っているものの首はがら空きだ。
「——だけどまあ、十分だ」
ラルクの身体から黒い影が湯気のように立ち上り——ダンテスはその光景を唖然として見やった。
これは、聞いたことがある、と思った。
かつて通過した街、アッヘンバッハ公爵領の領都——あそこで遭遇した竜、そして天銀級冒険者のクリスタ=ラ=クリスタ。
爆発に巻き込まれたダンテスは見ていなかったが、竜の首を落としたのは巨大な黒い剣だったという。
もしかしたら、とは思っていた。
この帝国で戦っている「黒の空賊」が領都で竜にトドメを刺した人物と、同じではないか、とは。
だがダンテスは領都では気を失っていたし、帝国内の戦闘ではラルクは最小限の動きでモンスターを倒しまくっていた。
「こいつぁ……すげえ」
今目の前にあるのは、巨大な刃——刃、と言っていいのか。
塔のように高くそびえる黒い刃だったのだ。
これならば竜くらいなんなく殺せるだろう。
「あの首、叩き落とす」
言ったラルクの口から、血が一筋、流れた。




