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「さっさと行け」
尻をバシンと叩かれて僕は前のめりに出て行った。ちくしょー、覚えてろよ細マッチョツンデレ獣人め……。
「ほう、君が『大盾』のパーティーメンバーか」
ヨーゼフさんが言うと、離れたところで泥だらけ、汗だくの少年少女たちがざわついた。
——あの「硬銀の大盾」のパーティーメンバー!? あんな子が!?
——ああ見えて剣の達人とかなんじゃないか?
「いや、そのぉ……ついていってるだけと言いますか」
「面白い」
「面白くはないと思います」
「剣の腕を見てやろう。打ち込んでくるがいい」
はい。人の話を聞かないタイプのスキンヘッドさんでした。
僕はダンテスさんに救いを求めたけれど、「せっかくだから胸を借りたらどうだ。いい経験になるぞ」とにこにこしながらうなずくだけだった。
「わ、わかりました……いっときますけど、僕は素人ですからね……」
少年のひとりから木剣を借りると、僕の身体にはなかなかに重たい代物だった。だけれど学習していた【腕力強化】のおかげで両手なら持つことができる。ここにさらに【補助魔法】で身体の動きを強化する。少しだけね。やり過ぎると僕は魔力切れ起こしますからねえ……。
距離を置いてヨーゼフさんに相対する。
……いや、え? こっからどうするの?
確か、体育の授業で剣道をやったときのことを思い出すと……。
「ほう。なかなか様になっている」
両手で中段の構えをした。
で、ここからすりあしのように近づいていって……僕は木剣を振り上げた。
(——えっ?)
振り上げた瞬間、身体が勝手に動くように感じられる。これが【剣術】の影響?
「せえええええいっ!」
真っ直ぐに振り下ろした木剣の一撃は、僕が16歳だったころにも放てなかったほどに鋭い一撃だ。腕力、脚力、背筋力、腹筋力、そのすべてがあわさってすさまじい勢いでヨーゼフさんの顔面に向かっていく——僕の身長だと頭には届かないからだ。
だけれどその一撃は、ヨーゼフさんには届かなかった。
「ぬうん!」
まるで岩にでも木剣を叩きつけたかのような感触だった。ヨーゼフさんが無造作に振り払った木剣は、僕の木剣を弾き飛ばした。回転しながら木剣が天井に当たってぱらぱらと砂埃とともに落ちてくる。コォンとマヌケな音を立てて固い地面に当たって跳ねた。
「いってぇ……てててててて」
手がビリビリする。無理矢理吹っ飛ばされたから手のひらと手首とが痛い。
「なかなかよい一撃だな! だが剣筋が真っ直ぐに過ぎるし、天賦に振り回されておる!」
僕が神妙な顔でこっそりと回復魔法を使い、手首の傷を治していると、
「天賦……」
ダンテスさんはぽかんとしていた。僕はなんの天賦も持っていないと思っていただろうしね。
あとで言い訳しなきゃなぁ。
「もっとしごいてやりたいところだが」
ひっ。
「残念ながら時間が来たようだ。ベテラン勢の訓練時間だ」
ほっ……。
「はい。ありがとうございました」
ふー、助かった。
僕は手首をこきこき回しながらライキラさんのところへと逃げていく。回復魔法で痛みはもう取れたけれど、10代の少年少女たちの視線が痛い。
——なんだよあの剣。子どもがやれるような剣か?
——訓練官も言ってたけどスキルなんじゃ?
——レアスキル持ちかよ。いいなぁ〜。
レアスキル持ちというところは当たってるけど、たぶん想像してるのとは違うんだよなあ。
その間に、明らかに年齢が上がり、20代から30代という冒険者たちがぞろぞろと訓練場にやってきた。
「う〜〜ん、かったりー」
「ちゃんと身体慣らしておけよ。明日から1週間は街の外だ」
「3日? 4日ぶりだっけ、剣持つの」
どうやら護衛や、採取の依頼を受けている冒険者たちで、しばらく領都で骨休めをしていたようだ。
勘を取り戻すために訓練場で身体を動かすのだろう。
「お前やるじゃん」
ライキラさんはにやりと笑っただけだった。
同じく戻ってきたダンテスさんは、
「——まだ見ていくのか?」
とだけ聞いてくる。
「えっと、はい。……ダメ、ですかね?」
「いや、構わないぞ。見て学べることは多い。……俺とライキラは出ているがいいか? あとで迎えに来る。ギルド内だから問題は起きないだろうし」
「ありがとうございます」
「よし。ライキラ行くぞ。ノンたちの買い込んだ荷物を運ばなきゃな」
「へーい」
ふたりは出て行った——ダンテスさんはなにも聞かないでいてくれた。きっと、僕が心を開くのを待ってくれているのだろう……いい人過ぎてつらい。
僕はひとりで訓練場に残った。そこは初めて足を踏み入れた場所だけれど心細さは感じない。
それよりも高ランクの冒険者たちがどんな戦い方をして、どんな天賦を持っているかが気になって仕方なかった。
【森羅万象】で学習していくことに、他人の努力を盗むような気がしてまだどこかに罪悪感はあった。だけれど、それでも僕が生きていく上では絶対になくてはならないものだったし——それ以上に天賦は「使いこなしてナンボ」なので問題は手に入れてから先なのだと気づいた。
ヨーゼフさんが口を酸っぱくして少年少女たちに伝えていたことだ。
天賦を与えられればいきなり強くなれる。でも、だからといって、それに振り回されてはすぐに大ケガをする。
冒険者なら、運が悪ければ死ぬ。
(今は学ぶときだ)
僕はじっと目を凝らした。
こんなチャンスは滅多にない。
なるべく多くを学ばなければ——。
−【脚力強化★】【聴覚強化★】【握力強化★】【柔軟性強化★】【瞬発力強化★】
−【剣術★★】【槍術★★】【斧術★★】【弓術★★】【短剣術★★】【近接格闘術★★】【蹴術★★】【盾術★★】【疾走術★★】【硬化術★★】
−【補助魔法★★】
−【曲射術★★★】【舞踏剣術★★★】
おそらく学べたところはこの辺りだと思う。星3つの天賦は僕も知っているものだった。星がひょっとしたらさらに+1されている上位の天賦もあったかもしれないけれど、そこまで詳しくはわからないのが難点だ。
すでに学んだものはこの辺りだろう。
−【視覚強化★】【腕力強化★】【背筋力強化★】【腹筋力強化★】【手先が器用★】【魔力操作★】【魔力強化★】【魔法適性強化★】【スタミナ強化★】
−【生活魔法★】
−【祈祷術★】
−【免疫強化★★】
−【大剣術★★】
−【火魔法★★】【花魔法★★】【土魔法★★】【回復魔法★★】
祈祷術は「術」系統のスキルなのに、星1つという特殊な立ち位置だ。
「……天賦を使いこなさなきゃな、意味がない……」
僕はひたすら観察し続けた。
強くなってきたところで——物語が動きます。




