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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第5章 竜と鬼、贄と咎

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 レフ魔導帝国の、文字通り「入口」であった関所の前は混沌の現場だった。かつて僕ら冒険者が屋外で一夜を明かした広場や、冒険者ギルドの小屋があったスペースは、各国の色とりどりの兵士で押し合いへし合いしていた。


「おい、通れないだろうが!」

「こっちは中へ行くんだよ!」

「いでっ、誰だぶつかってきたのは!」

「将軍! 将軍ー!」


 数人を捕まえて話を聞いてみると、光天騎士王国の総大将である将軍がすでに関所を通過して中へと入り、それを追う兵士たちが殺到、さらにはキースグラン連邦の副将もまた前線へと向かい、それをサポートする追加の兵士が殺到しているという。

 クルヴァーン聖王国はすでに元聖王であるグレンジード閣下が前線にいるために、状況確認のための兵士を送り込もうとしているために、混乱に拍車を掛けた。

 一方、中からは、ちょうどキースグラン連邦の兵士入れ替わりタイミングだったこともあって分厚い塀を挟んで軍隊が滞留しているのだ。関所としてはその役目を果たしているといえるけれど、今は最悪の状況だった。

 そして僕は——出遅れていた。


「ぬう……我が光天騎士王国がこの有様か」


 先ほど、「月下美人」から出て行こうとした僕を呼び止めたのがこのヴィルヘルム様だった。彼が言うには、所属不明の騎士の姿で現場に突入すれば要らぬ疑いを生み、面倒が生じると。だったら彼といっしょに行ったほうがいいと。

 だがヴィルヘルム様は儀礼服を着ていたので騎士の制服に着替えるまで待たされたのだ。

 スィリーズ伯爵と多少話すことができたのはよかったけど、出遅れたせいで混雑に巻き込まれて、中へ行けないのでは意味がない。

 中には、ラルクがいる。彼女が戦っているのだ。


「ヴィルヘルム様、さすがにこれが落ち着くのを待っていられません。僕は先に行きます」

「先に行く……と言ってもどうするのだ? この人混みを割って進むのか」

「いえ、上から行きます」

「……上?」


 きょとん、とした顔で見上げるヴィルヘルム様と、他の騎士たち。


「少々目立つのですが、仕方ないですよね? この制服を着てしまってますが」

「いや、それは構わないが——おい、レイジ殿!?」


 僕は走り出した——関所ではない、この広場を囲む絶壁へと。


(【身体強化】、【補助魔法】——【脚力強化】、【跳躍術】!)


 絶壁の手前でぐっとかがみ込んだ僕の足が、地面を蹴り飛ばすとそこの土がえぐれて爆ぜる。


「うおっ!?」

「ありゃなんだ!」


 その爆発音に気づいたのか、一部の兵士がざわつく。

 僕の身体は7メートルほどの高さへと舞い上がるが、絶壁の上まではこの10倍近くある。


「あれじゃ全然届かないな」

「いや、待て——なんだあれ!」


 そこへ【火魔法】を追加。爆発とともに僕の身体は打ち上げられ、【風魔法】で加速する。まだ届かない。さらに魔法を追加、追加、追加——。

 げっ、とか、ぎゃあ、とか、そんな悲鳴に似た声が兵士たちから聞こえてくる。

 確かに、痛い。まだまだ扱いには慣れてないのだ。

 だけど【回復魔法】を併用すればすぐに傷はなくなるし——なにより、こうして、


「届きやがった!」

「すげえ!」


 僕の身体は絶壁の上へと到達した。


「ふぅ——」


 焦げた制服を払いながら、僕は周囲を見回す。

「未開の地カニオン」と帝国とを隔てる絶壁は、テーブルマウンテンやエアーズロックのような隆起した台地となっている。

 はるか下で、あんぐりと口を開けているヴィルヘルム様たちに、右脇を上げて右手の拳を胸につける——光天騎士王国式の敬礼を送った。

 ハッとしたヴィルヘルム様たちもまた同様の敬礼を返してくれる。


「よし、行くか」


 この高さに立ってなお、ひょっこりと頭ひとつ飛び出して見えるのが終焉牙だ。




     ★  レフ魔導帝国 レッドゲート最前線  ★




 終焉牙が最初に「敵」だと認めたのは「黒の空賊」ラルクだった。

 彼女はたったひとりで立っており、仲間の空賊やお付きのレフ魔導帝国の兵士たちはとっくに下がらせている——足手まといになるとしか思えなかったからだ。

 まずは初手で、終焉牙がそちらへと突っ込んでいく。その突進は、一歩進めば地面を大きく揺らすほどだ。

 建物の上に立ったラルクはしかし、あわてなかった。


「来い、あたしの魔剣」


 終焉牙は、その小さい人間を「敵」と認めはしたものの、多少なりとも侮りがなかったと言えばウソになるだろう。

 比べてみれば人間のサイズなど象と虫ほどに違い、突っ込んで踏み潰せば終わりだ。

 どれほど虫が、強い力を持っていたとしても。

 だから「突進」という攻撃方法を選択した。その身を、直接ぶつける攻撃方法を。


『!!!!』


 ラルクの身体から、長く、(おお)きく、禍々しい黒の腕が数十本と生えていく。それらは光を一切通さず、どのような形状になっているのかはにわかには判別できない。

 そして終焉牙がブレーキを掛けて止まるには、2者の距離は接近しすぎていた。


「死ね」


 終焉牙の額に向けて放たれた黒の刃が激突する——瞬間、終焉牙の体表に張られていた魔力が干渉する。

 触れた箇所が黒く変色し、剥がれていく。だが一方の刃もまた粉々に砕け散った。

 刃の数は多く次々と繰り出される。

 魔力膜が剥がれた毛皮に深々と突き刺さり、鮮血が噴出する。


『!!!!』


 終焉牙は自らの身に起きた異変——この数百年、ケガをすることなどなかったのだからそれは天変地異にも匹敵する異変と言えるだろう——に驚きつつも、突進の速度を緩めることはなかった。


 ドッ——。


 巨体が衝突した建物は端から粉々に崩れ、吹っ飛んでいく。

 いくらラルクが刃で切り裂いたとしても、この高さから落ちれば彼女の命はない——はずだ。

 だがラルクは、衝突の寸前、建物の縁を蹴って宙へと飛び出していた。彼女の身体は、4枚の黒の羽によって平行移動していく。


『グルルルルウウアアアアアアアアアアア』


 数棟の建物を破壊して走っていった終焉牙は、その先で立ち止まると、吼えた。

 額から血を流し、4つある瞳のひとつをつぶされていたのだ。


「——ごぼっ」


 だが、ラルクとて無事ではない。衝突をかわすことはできたが、地面に着地すると——そこに水たまりができそうなほどの血を吐いた。


「あーあ……出てくるなら最初に出てきてくれよ」


 すでにラルクの体力は限界まで削られていたのだ。【影王魔剣術(シャドウキング)】が終焉牙に有効であることはわかったが、このまま刃を繰り出し続ければ遠からずラルクの身体がもたない。

 次に攻撃をするにしても、多少の休息を挟まなければ——。


『ウウウウウウ』


 終焉牙はくるりと振り返ると、3つ残った目を怒りに濁らせてラルクを見据えた。


「……そう簡単に休ませちゃ、くれねーよなぁ」


 ラルクが自嘲気味に笑って、立ち上がろうとしたときだった。


「少々の時間なら稼ごう。少し休め」


 そこに現れたのは大きな体躯を持つ男だった。そして特筆すべきは、男と同じくらいの高さがある大盾だ。


「ああ〜〜、ほんとは診療してから薬を出したいけど、その時間はなさそうだべな。サクッと効く薬を服んでおいて、な?」


 ラルクの右肩に置かれた手は小さく、それがハーフリングのものだとはラルクは知らなかった。


「できる限り【回復魔法】を使わせていただきますわ」


 左肩に置かれた手は温かく、同じヒト種族の聖職者らしき女性が言った。


「それでいいですか、お父さん?」

「ノン、頼む。ミミノは俺のサポートに入ってくれ。でなきゃ、あんな化け物、数秒すらもたねえよ」

「わかってるべな。出し惜しみなしで行こう!」


 最前線で戦い続けてきたラルクに手を差し伸べたのは、冒険者パーティー「銀の天秤」の3人だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 熱い展開!
[一言] 終焉牙さんも無理やりここに向かわされたんだろうか
[良い点] くっそ焦らされてる
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