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選んだ答えは——。
「はい。僕は『銀の天秤』のメンバーのレイジでもあり、レッドゲートに吸い込まれた人間でもあります」
認めることだった。
僕の迷いがさほどなかったことに、レフェリー様は少々驚いたようだった。
「……レイジ殿は知らないのかね。今、『銀の天秤』はレフ魔導帝国に追われておるのじゃよ」
「追われていることは知っていますよ。それにもうひとつ知っていることもあります」
「なんじゃね、それは」
「『銀の天秤』は完璧に潔白であるということです」
「————」
この言葉は予想外だったのか、レフェリー様の目が見開かれた。
「……くっ、くくっ」
しばらくして、こらえきれない、というふうに笑い出した。
「くくくっ。そうか、そうか……くくっ」
「レフェリー様……?」
その様子の変化におずおずとたずねるヴィルヘルム様。
彼へと向かって右手を開いて見せたレフェリー様は、
「お前たちは、もう下がれ。——いや、ヴィルヘルムだけ残れ」
「しかし……」
「これは命令だ」
すると「ハッ」という応諾の声がそろい、ヴィルヘルム様をひとり残して全員敬礼の姿勢を取ると回れ右してどこぞへと消えていった。
「すまなかったな、レイジ殿」
「なにに対しての謝罪ですか」
「いや……レイジ殿を試したわけではないのだ。あそこに残っていた騎士たちはワシの身を心配してのこと。けっしてレイジ殿に重圧を与えようとしていたわけではない」
「……僕が無害だとわかったと?」
「無害どころか!」
ぱん、と自らの膝を叩いてレフェリー様は声高に言う。
「己の所属を偽らず、さらには仲間を心の底から信じるその姿! まさに騎士道のあるべき姿ではないか。久々にすばらしい男に出会えたものだとワシは感動したのじゃよ」
「……は、はあ」
「必ずスィリーズ伯爵の元へ連れて行こう——もとよりそのつもりではあったがね。使いが戻るまで1時間か2時間はあろうから、しばらく休まれるがよい」
僕は沈黙をもって返した。なぜかと言えば、出会い頭に戦闘になり、天幕へと連れてこられては問答が始まった。こんなところで「わかりました! 寝ます!」なんて言えるわけがない。
「ワシとて、ほんとうはもっと話を聞きたいのを我慢しておるのじゃ。レッドゲートからどう帰ってきたのか、とかのう? じゃが聞かぬのは、それはレイジ殿のためを思ってのこと。レイジ殿の身はワシが必ず保証する。寝不足の身体では満足に戦えまい?」
確かに、光天騎士王国の利益だけを考えたら今この場で僕から情報を引き出そうとするよね。それをしないで、休んでていい、と言ったのは僕への配慮なのだろう。
「……そういうことでしたら」
「ヴィルヘルム、案内しなさい」
「ハッ」
ヴィルヘルム様に連れられて僕は近場の天幕へと案内された。そこは清潔な寝台がひとつ置かれているだけのもので、周囲に人気はなかった。
無言で一礼するとヴィルヘルム様も遠ざかっていく。僕は寝台に腰を下ろすと、そのままバタンと後ろに倒れた。あ〜〜、これはマズいですね。さすがに疲れましたね……なんて思っていると、気がついたら寝ていた。
僕もだいぶ図太くなってきたらしい。
「……やっぱりおかしいのでは?」
「少年騎士もいるので、おかしいということはありません」
「僕が騎士なんて……」
「この期に及んで怯むのですか、レイジ殿ともあろう方が」
中性的なイケメン、ヴィルヘルム様がちくりちくりと嫌みを利かせてくる。
今、僕がいるのは魔導飛行船「月下美人」の真下だった。
仮眠(爆睡)していた僕はヴィルヘルム様に起こされ、スィリーズ伯爵と連絡が取れたことを知った。ただ伯爵との面会はあくまでも「光天騎士王国の外交の一環として」だった。そのため武装を解いたヴィルヘルム様に付き従う騎士のひとりを演じなければならない。
つまり光天騎士王国の制服を着なければならなかった。
荷物はほとんどないのでカバンに詰め替えればいいだけだったけれど、制服がね……なんか着慣れないというか、騎士の制服を着た以上は背筋をピンと伸ばさなければならないような気がしてしまうというか。
「ヴィルヘルム様、先方がお越しですよ」
ヨハン、という名前のオッサン騎士に言われ、ヴィルヘルム様は顔を前方へと戻した。
レフェリー様にぶん殴られた頬は腫れも引いている。【回復魔法】でなんとかしたのだろう。
このヴィルヘルム様、実は光天騎士王国内では王族の遠縁に当たる人だそうだ。
とはいえ実力主義が定着している騎士王国では「血筋よりも腕」であり、そこまで特別扱いではないのだという。
ただ、「外交のための代表」などとして活動するときにはその「血筋」が利いてくる。
「光天騎士王国の皆様、こちらへどうぞ」
移動式の長い階段が取り付けられ、そこからレフ人の高官が案内のために降りてきた。
本来ならば国の最重要施設である「月下美人」に他国の人間を入れることはあり得ないが、クルヴァーン聖王国、光天騎士王国、キースグラン連邦の兵力を頼っている今となってはそんなことは言っていられないようだ。
武装解除を求められることもなく——それはそうだ、本気で襲うつもりならとっくに襲われているのだから——ヴィルヘルム様を先頭に、僕らは長い階段を上がって甲板へとたどり着いた。
そこから船内に入ると、細い廊下を通って1室の前へと案内される。
「こちらでございます。私はここで待っておりますのでなにかありましたらお呼びください」
「ありがとう」
ヴィルヘルム様がうなずくと、ヨハンさんが前に出て扉を開いた。
そこはちょっとした会議室になっていて、思いのほか広々としていた。ヴィルヘルム様が室内に入っていき、お付きの人たちが続き、僕が最後に扉を閉めると——空気のこもる感覚と、音が遮断された静寂が耳についた。
部屋にいたのはたったふたり。
長テーブルの向こうには——イケメン貴族がいた。
その横にいたもうひとり、執事長のセバスさんだった。
(ああ……変わらないなあ)
ほんの2か月程度だ。
ほんの2か月前は僕も、あの人たちといっしょに暮らしていたのに。
「九情の迷宮」、レッドゲート、「裏の世界」と立て続けに続いた激戦のせいで、伯爵邸での生活はなんだかとてつもなく昔のことのように感じられた。
「これは、ヴィルヘルム閣下。お会いできて光栄です。クルヴァーン聖王国にて伯爵位をちょうだいしております、ヴィクトル=スィリーズでございます」
「突然の面会申し込み、大変失礼しました」
「いえ、いつでも歓迎ですよ」
にこやかな笑顔を浮かべた伯爵だったけれど——そのうさんくさい笑顔すら懐かしくて。
「伯爵、実は用件があるのは私ではないのです」
「……とおっしゃると?」
「彼に、見覚えはありませんか?」
僕が指差され、初めて伯爵と執事長の視線が僕へと向いた。
その目が、見開かれた。
「また、お会いできましたね……伯爵」




