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健康診断のため本日まで断酒中。手が震える……(末期)。
寝不足はよくない。人を短気にさせるから。
「——我ら光天騎士王国を侮辱するかッ——ぶべっ」
すでに馬を降りていたヒゲの騎士、ヨハンという名前っぽい人が腰の剣を引き抜いた——そのとき、彼の身体に【風魔法】をぶち当てて吹っ飛ばした。
鎧が、魔力を散らすような設計になっていたので衝撃は相当に軽減されるみたいだ。なので、ヨハンさんの身体が地面に落ちる前に3発ほど撃ち込んで確実に意識を奪っておく。
あー、ちょっとやり過ぎたかも……と一瞬の後悔。
「こいつ、魔法使いか。発動が相当に早いぞ、馬を降りろ!」
ヴィルヘルム様が言いつつ馬から飛び降りると他の騎士も同様に降りていく。
判断が早い。確かに馬は機動力が高いけど、魔法使いを相手にした場合は小回りがきかないし馬に魔法が当たると落馬の危険もある。
助走がつけられる場所ならまた違う使い道もあるんだけど。
「ミュール辺境伯家に魔法使いとは、時代は変わるのだな!」
女性の騎士は2人いて、その2人が同時に突っ込んで来る。
「いったい、あの家になにを期待しているのかはわからないけど——」
「ッ!? ふたりとも止まれ!」
ヴィルヘルム様が言ったけれど遅かった。
すでに最初のひとりが突きを放っており、僕はギリギリのギリギリまでそれを見極めてから半身を引いてかわす。
直後にふたりめが来ているのでひとりめは無視してそちらの対応だ。
剣は細く突きに特化したものだ。
「おおおおおッ!」
服が裂けて薄皮一枚切られる。だけど僕はふたりめの腕をつかみ、そのままぐるりと身体を回転させて一本背負い。
「なっ——がはっ!」
受け身を取る間もなく力一杯地面に叩きつけた。
「くっ」
「遅い」
ひとりめは振り返って次の攻撃に移ろうとしていたけど、
「わあっ!?」
その背中にキックを放つと、前のめりに転んだ。
「…………」
「ま、まだまだ!」
顔を泥だらけにした女騎士が立ち上がった——ところへ、
「よせ、ハンナ。トドメを刺されなかっただけで、手合わせとしてはお前はもう負けだ」
「で、ですが……」
「騎士たる者、言い訳をするな」
「……はっ」
ハンナ、と呼ばれた女騎士は渋々うなずくと地面に叩きつけられた仲間の騎士の介抱に当たる。
なるほど……ヴィルヘルム様はちゃんと見てるんだな。
「……それで、まだ続けますか?」
この短い時間でわかったことがある。
騎士たちは、辺境伯の家臣団と比べると数段劣る。最初の【風魔法】だって辺境伯家の人たちは食らって吹っ飛んでも空中で姿勢を直し、追撃が飛んできたら腕ではたき落としてたもの。「客人〜〜〜、なかなかえげつねえこと、やりますねえ?」ってニタリと笑って。ヤバ、思い出すだけで身震いしちゃった。
女騎士との戦いもそうだ。【補助魔法】もなにもなしの僕の力では、筋肉ダルマの家臣団には攻撃が通らなかった。でも騎士たちは簡単に投げられ、簡単にやられた。
「すさまじいな、これが『辺境の暴君』と恐れられるミュール家の力か……」
いや、僕、それは知らないんですけどね? ここで否定したら自己矛盾してややこしいことになるので言えないんだけど。
大人しく引き下がってくれるのかと思いきや、ヴィルヘルム様は自分の剣をすらりと引き抜いた。
「……せめて、貴様の剣技を見てみたい」
魔法、素手で負けたのが騎士としてのプライドを傷つけたのだろうか。
「それで納得してもらえるなら」
剣技、と言われると全然得意じゃないんだけど……と思いながら短刀を抜く。僕は以前、アッヘンバッハ公爵領の領都で「腕を見せろ」みたいに言われて、冒険者ギルドの訓練官であるヨーゼフさんに剣を見せたことを思い出す。
あのときは【剣術】スキルに振り回された。
だけど今は、天賦は使いこなしてなんぼだとわかっている。
ちゃんとトレーニングを受けたわけではない僕は、生き延びる術を学んできた——だからこそ剣技と言われるとだいぶ微妙ではある。
「——キエエエエエエッ!!」
「!!」
距離は十分にあった。
だけどその距離を、一瞬で詰めて——まるで瞬間移動のように——ヴィルヘルム様の剣は僕のすぐ鼻先にあったのだ。
(殺す気かよッ!!)
ぐいと顔を曲げたけど頬が斬られる。熱い線が走ったような感覚に僕の思考も沸騰する。
【回復魔法】を無意識で使いながら、すぐそこにいる彼の身体に短刀をねじ込もうと——。
「そこまでッ!!」
がん、と頭を殴られたような大声に、僕の身体は止まった。それは僕だけでなくヴィルヘルム様もそうだった。突っ込んできた勢いはどこにいったのか、ぴたりとその場に止まったのである。
なにかの天賦だ——そう思いつつ、ヴィルヘルム様からは距離を取りながら。声を発した人物へと視線を向ける。
「レフェリー様……」
ヴィルヘルム様のつぶやきに、審判員? と僕が内心で首をかしげていると、
「ヴィルヘルムの初撃をかわされた時点で勝負はあった。双方、剣を下ろせ」
総白髪をオールバックでなでつけ、もみあげからアゴまでヒゲがつながっている老騎士が馬を飛ばしてこちらへとやってくるのだった。
その人は光天騎士王国の、今回の遠征部隊を率いる副将軍だった。
公正な剣の試合において「審判」を務めることから騎士たちからは「レフェリー様」と呼ばれているらしい。本名はオットーと言うらしいけど、僕としてはそんなことはどうでもいい。
(声の能力……【声術】みたいなのがあるのかな? 聞いたことないな。まあ、特殊な天賦はいっぱいあるからね)
僕が警戒を解かずに身構えていると、ヴィルヘルム様を下がらせ、レフェリー様は馬上で僕と向き合った。
「すまぬな、客人。ヴィルヘルムは悪い男ではないのだが強者と見ると挑みたくなる気質があってな」
「…………」
「そう身構えないでくれ」
「10騎で囲まれれば誰だって身構えますよ」
レフェリー様は10騎の騎馬を連れてきており、それらは僕を囲むように展開していた。
「ああ、これらは目隠しじゃ」
しゃがれた渋い声でレフェリー様は言う。
「目隠し?」
「この草原で客人は目立つからの、こうして騎馬で囲んでいるというわけだ」
「…………」
「ふうむ、まだ警戒されておるか。クルヴァーン聖王国の内乱の渦中にあり、年少ながらその実力を示したレイジ殿であるとわかっているゆえ、ワシは単に『客人』として迎え入れたいのじゃ」
「!」
バレている、僕のことが?
どうして——と思いつつ、確かに僕がクルヴァーン聖王国で起こしたあれやこれやは特に隠してはいない。聖王宮でのことは秘匿されているだろうけど、城下のウロボロス戦は吟遊詩人が歌っているくらいだ。
「その驚きようは、やはりレイジ殿であるな」
「……参りましたね、カマをかけられたんですか」
「確証はなかったゆえ、失礼した」
ひらりと、レフェリー様は馬を降りた。
「このまま向かってもその風体であれば魔導帝国の『月下美人』には近づけまい。ここ数日は『英雄武装消失騒ぎ』で警戒はさらに厳しくなっておるからな。レイジ殿がスィリーズ伯爵に会いに行くのであれば、我らを通せばいくらでも簡単になろう」
「む」
ほんとうは伯爵に会うんじゃなくて、ラルクやレッドゲート問題のほうなんだけど——僕の素性を知っていれば「伯爵に会う」と判断するよな。ヴィルヘルム様との最初の会話を知っているわけじゃあるまいし。
レフェリー様はにこやかに手を差し出す。
「それに、情報を仕入れておいても無意味ではあるまい? 客人」
僕は渋々、その手を取った。
老獪な人は苦手だ……どんどん話を先回りされる。




