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今日も2回更新予定であります。
ダンテスさんにお小遣いを返そうとしたけれど、受け取ってくれなかった。「欲しいものが見つかったのならよかったじゃないか。残りはお菓子でも買いなさい」と頭をなでてくれた。
僕はそのとき、今までほとんど思い出さなかった日本の父を思い出した。ダンテスさんよりも10以上年上で、だというのに頼りなくて、休日にごろごろしていると母から「掃除の邪魔」と言われていた典型的なダメリーマン。僕も、将来はサラリーマンになるのだろうとは思っていたけれど、父のようにはなっちゃダメなんだろうな、とかぼんやりと考えていた。
……なのに今は、たまらなく懐かしかった。
お昼は麺だった。魚の干物で出汁を取った——と言ってもかなりざっくりした出汁なので、魚臭くしょっぱいスープに、不揃いな麺が漂っているだけのものだ。
だけどそんなものでもとても美味しくて、僕は夢中で食べた。食べ終わると、ミミノさんと、ダンテスさんと、ノンさんが微笑ましい顔をしていたのが恥ずかしかった……。
「そ、それじゃ訓練場見に行っていいですか?」
「いいとも。やっぱりレイジは男の子だな、そういうものが見たいなんて」
ダンテスさんは完全にパパの顔でそんなことを言ったのだけれど、実は目的は違う。
冒険者たちの戦いを見て、【森羅万象】で僕自身の力に変えようと思ったのだ。
訓練場は倉庫と同じ、だだっ広く、足元は土が剥き出しだった。ところどころ陥没していたりして激しい使われ方をしているのがわかる。
手前にはかかしのような打ち込み用の人形が立っていて、奥は自由に戦えるスペースだ。
「連携が甘すぎるぞ! 天賦に振り回されとる!」
筋肉ムキムキのスキンヘッドさんが4人を相手に立ち回っている。レザー製の簡素なプロテクターをつけて、木剣による訓練だ。
攻撃側の4人は若く、10代の半ばだろうと見える。
壁際には同じように少年少女がいて、スキンヘッドさんの木剣でひとりが叩かれて「うげっ」と声を上げるたびに青い顔をして震えていた。
「あれ、ライキラさん」
僕はそのトレーニングを見守っている背の高い獣人に気がついた。フードを目深にかぶって、パッと見は獣人ではなく見える。
ミミノさんとノンさんは必要物資の買い出しに出かけ——僕のレイコン騒ぎでノンさんたちは買い出しを途中で切り上げていたのだ——僕はダンテスさんに連れられてこの訓練場に来ていた。
「ん。……なんだ、オッサンとレイジじゃねーか」
「寝ていたのかと思っていました」
「……ああ、まあ、なんだ。ちょっとこのギルドのレベルが気になってな。今は新人どものトレーニングらしいが、次にベテランが訓練するらしい」
「なるほど」
やっぱりなんか、ライキラさんの様子が変だな……元気がない?
まあ、いいか。僕が聞いても教えてくれそうにないし。
僕はライキラさんとダンテスさんに並んで訓練を見やった。
(【腕力強化】【脚力強化】【剣術】【槍術】……それにあれは【補助魔法】?)
バックアップらしい少年が、前衛の少女に魔法を掛けている。
「いいぞいいぞ! どんどん魔法を使え! そうして実戦に慣れるんだ! ただし八道魔法は禁止だぞ! 倉庫を壊したらタダじゃおかねえからな!」
スキンヘッドさんが声を上げると、攻撃魔法を使おうとしていたらしい少年はビクッとして集中を止めた。
「八道魔法はどのタイミングで力を込めて、魔法を放つかを考えろ! 敵と自分をつなぐ直線に仲間がいたら使えねぇからな! いちばん立ち回りが難しいと思え!」
なるほど。ゲームと違って攻撃魔法は仲間にも当たっちゃうもんな……。
(【聴覚強化】かな? ……む、当たりだ。ものすごく僕もよく聞こえるようになってきた)
僕は次々と入れ替わる少年少女の戦いを見つつ、自分の体内に天賦を少しずつ取り込んでいく。
あ〜〜戦ってみたい。【剣術】とかどのくらいのものなのか試してみたいなぁ。
「くっくっ。真剣に見てると思ったら、コイツ、手が動いてやがる」
「ハッ」
ライキラさんに笑われて僕は身体が熱くなるのを感じた。恥ずかしい。部屋の電球にぶら下がっているヒモを相手にシャドウボクシングしているのを見られた気分だよ……。
「……あの教官、もしや純金級の冒険者ではないか? 確か一度会ったことが……」
ダンテスさんがそんなことを言った。
「純金級……ってなんですか?」
「ああ、まだレイジには話してなかったか」
ダンテスさんは冒険者のランクについて教えてくれる。
なりたては「青銅」、次に「赤銅」、次に「黒鉄」、次に「灰銀」、次に「純金」とランクが上がっていく。
純金級まで行くと、各ギルド支部においてトップランカーとなるらしい。これは冒険者に限らず他の薬師ギルドや商人ギルドも同じランキングを採用している。
ミミノさん、ダンテスさんは「灰銀」なので高ランクと言える。ノンさんとライキラさんは「銀の天秤」に入ってからギルドに加入したので「青銅」のままだった。
「純金」の中でも名うての冒険者は「白金」となり、最高級が「天銀」となる。
天銀の単語を聞いたとき、ライキラさんはピクリと反応したようだけれどなにも言わなかった。
「お? そこにいるのは『硬銀の大盾』ではないか?」
スキンヘッドさんがダンテスさんに気がついて声を掛けてくる。
「……やはりあなたは『消えぬ光剣』ヨーゼフか」
「久しいな! ゴブリンの大群を殺して以来か」
「あのときはあなたが討伐数トップだった」
「いやはや、後衛をしっかり守ってくれる『大盾』がいてくれたからよ」
ダンテスさんは呼ばれてそちらに歩いていくが、それを見ていたライキラさんが口元を手で押さえて肩を震わせていた。
「……ライキラさん?」
ちょっとイヤな予感がして聞いてみると、
「ぶほっ、き、消えぬ光……ってお前、ツルツルの頭のことじゃねーの……? くくっ」
やっぱり! この人そんなこと考えて笑ってる!
「どうだ、『大盾』。新人の教育に付き合ってくれないか」
「いや。見ての通り俺は半分石化が進んでいてな」
「そのくらいハンデがあってちょうどいいだろう! わっははははは」
ツルツル……じゃなかった、ヨーゼフさん! ああ、もう、ライキラさんのせいで変な言葉が出てきちゃうじゃないか!
ヨーゼフさんは石化のことなんてまったく気にせず、ダンテスさんとともに教育に当たるようになった。
ただ新人の中には明らかに「石化」と聞いてびびっているのもいて、そういう人にはヨーゼフさんが突っ込んでいって尻を蹴飛ばしていた。
ますます悲鳴があがる。
(……ダンテスさん、すごい)
「大盾」なんて言われながらも、ここでは盾を持たず、ふだん使っていない木剣で攻撃をしのいでいる。ダンテスさんは一歩も動いていない。攻撃側は石化している左側から迫っているというのにそれすらあっさりとダンテスさんはさばいている。
「ダンテスのオッサンはやっぱすげーな。二つ名付きだけはある」
「……やっぱり二つ名ってすごいんですね?」
「まあな。ランクは依頼をこなしゃ上がるが、二つ名は偉業を成し遂げねーとつかねえ。自分で勝手に名乗るヤツも多いが、ああやってよその街まで来て知られてるってのはとんでもねーことだよ」
ライキラさんはさっきまでの暗い空気はもうなくなっていて、口が軽くなったのかいろいろと話し出した。
「攻撃してるあの青髪の男いるだろ? アレはたぶん【疾走術】を持ってる。だが使いこなせてねーな」
「【疾走術】?」
「体力を消費するが、一時的にダッシュが速くなったり、足音を殺して動けるようになる」
「!」
足音を殺せる? それって……。
「俺も持ってるんだが——」
やっぱり! ライキラさんの動きは特殊なスキルだったんだ!
「——【スタミナ強化】とセットで組み込んでおかねーと、すぐにへばる。【スタミナ強化】は便利なんだ。長時間の移動でもへばらねーし。……って、おい、どうした?」
「……い、いいえ、なんでも……」
「いや、いきなり頭抱えてうずくまったらどうかしたって思うよな?」
僕は気がついていた。ライキラさんはきっと【スタミナ強化】も持っている。
そして、僕もまた気がつかぬうちにライキラさんの【スタミナ強化】を習得していた……つまり、森の中を動いてもへばらなくなっていたのは僕の身体も成長したのではなかったのである!
ああ、もう!「僕も成長しているのです(ドヤ顔)」とかやっていた自分が恥ずかしい! そりゃそうだよね!? 1日2日歩いただけで体力つくわけないよね!?
「おい、おい、ガキ」
「あ、え、はい」
「呼ばれてんぞ」
「え」
見るとダンテスさんが来い来いと手招きし、ヨーゼフさんが横で腕組みしながらじーっと僕を見つめている。
「……すごくイヤな予感がします」
もうちょっとだけ訓練場のシーンは続くんじゃよ。




