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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第5章 竜と鬼、贄と咎

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5

「んごご、んごぉっ、よ、よがったっずよぉ〜、坊ちゃぁん……うぐぐ、うぐぅ〜」


 ケンカすんなら出て行きやがれ、とギルドの奥から大男が出てきて僕とゼリィさんはつまみ出され、裏通りの道ばたに座り込んだままゼリィさんは涙と鼻水で濡れた顔をこすりつけてくる。僕のマントはますます汚くなった。

 アイアンクローをしたのでゼリィさんの顔には五指の痕がしっかりついているけれど、その痛みよりも喜びが勝った……というのはやっぱり僕もうれしいわけで。

 少しだけ鼻がつんとした。


「ゼリィさん、教えてください。どうしてあなたがこんなところに?」


 手ぬぐいで顔を拭いてやると、にょーんと鼻水が伸びた。大の大人がこんな顔をしちゃってまぁ……。


「あ、あーしは、坊ちゃんが生きてるかどうかわかるっていう魔道具ができるまでは、レフにいたんですが——」


 ゼリィさんは語ってくれた。

 僕が生きてるかどうかを確認する魔道具ってのを作り上げたのはほんとにすごい。念のため、レフ魔導帝国に入国するときに渡された腕輪を残しておいてほんとによかった。

 ゼリィさんは僕が生きているとわかると、


「鬼しぶとい坊ちゃんはどうにかして戻ってくるだろうと思いやして」


 と要らない形容詞をくっつけつつ、「自分にできること」をやろうと思ったそうだ。

 赤い亀裂は「レッドゲート」と呼ばれていて、今は「黒の空賊」——ラルクだ——が活躍してなんとか戦線を維持しているものの、決定打がない状況だった。

「銀の天秤」のみんなは「九情の迷宮」の再調査に協力していて、ラ=フィーツァの仕掛けが2つの世界をつなげたのならば、その仕掛けを解析することでつないだ穴を塞げるかもしれないと考えた。


(それは確かにそのとおりだ)


 僕も、なんの予備知識もなかったら同じことをしたんじゃないだろうか。

 ただ今の僕には【離界盟約ワールド・アライアンス】がある。

 これを通して見ると世界が変わって見えるのだ。

 今、これをこうすればいいというアイディアはないのだけれど、【離界盟約】を使えば別の解決方法が見つかるような……そんな気がする。

 なによりラルクが心配だった。


「その、ゼリィさん。ラル——『黒の空賊』の様子はどうですか? 健康そうでした?」

「健康? ……いや、ちょっとわかんねーっすね。あーしもほとんど見たことがないってほどで。戦いから戻ったら帝国が大事に大事にしまっちまう(・・・・・・)もんですから」

「そう……ですか」


 まるで武器だ、と思った。

 ひどい扱いは受けていないようだし、ラルクのおかげで戦線が維持されているのならば彼女はむしろ英雄だろう。

 でも……ひどく不安だった。

 星6つという【影王魔剣術(シャドウキング)】の力を僕は目の当たりにしている。

 手に入れたばかりの少女が大の大人を切り刻み、さらにはこちらの世界の調停者にあたる竜すら斬った。

 ラルクは魔法を使えないはずだから、魔力ではないなにか……別の力を消費しているに決まっている。


「……坊ちゃん、どうしやした? せっかくあーしと再会できたのに悲しそうな顔しちゃって」

「ああ、いや、ゼリィさんに会えたのは僥倖でしたよ。……で、それでゼリィさんはどうして聖王都に?」

「あーしにできることは、他の冒険者を集めることだけっすからねぇ」


 ゼリィさんが言うにはレフ魔導帝国は国庫を解放して、莫大な報酬をぶら下げて冒険者までかき集めているらしい。戦闘力だけでなく、大量の兵士が駐屯しているので食料の輸送も必要だ。それには護衛が当然ついてくるわけで、護衛費用も帝国が肩代わりしている——その情報を流すのがゼリィさんの仕事だった。

 冒険者は金にがめつい割りに疑り深く、特に「秘密主義だった帝国が金を払う」なんて言われたらまず眉にツバを付ける。

 だからゼリィさんは帝国の現状を伝えて回っているのだそうだ。

 生の情報を聞けることは、冒険者だけでなくギルドにとってもうれしかったようで、今ゼリィさんはギルドの通行証(パスポート)をもらってあらゆる交通機関が無料で使える。


(みんな、戦ってるんだ)


 最前線にいるラルクはもちろん、「銀の天秤」のみんなも、それにゼリィさんも。


「行きましょう——ゼリィさん。赤い亀裂(レッドゲート)を閉じに!」


 僕は拳を握りしめて立ち上がった。


「へ、ぼ、坊ちゃん? 閉じるって? 坊ちゃん〜!」


 歩き出す僕の後ろからゼリィさんが声を上げる。


「今日はもう馬車はやってねーっすよ〜!」


 ……そう言えばそうだった。




     ★  レフ魔導帝国・「月下美人」  ★




「月下美人」の薄暗い客室内で、2人の少女はソファに並んで座っていた。

 黒のマントに紫色の戦闘服を着た少女は疲れたように身体を完全にソファに預けている。服には謎の液体がこびりついて、それも乾き、パリパリになっている。着替えるのも風呂に入るのも億劫だという有様だった。

 もう1人の少女は質素なデザインながらも高級素材を使っているとおぼしきワンピースを着ており、疲労困憊の少女の左手を握っていた。

 両手で包まれるように握られた手からは黄金色の光が滲んでいる。

 それはふたりの少女の髪の色——ラルクとエヴァの髪の色をちょうど混ぜたような色ではあった。

 ふたりはじっとお互いの瞳を見つめ合っていた。

 エヴァの額にはふつふつと汗が浮かんでおり、眉間にはシワが寄っている。一方のラルクは土気色の肌をしてぐったりとしていたが、徐々に頬に赤みが差してきたようだ。


「——もう、いいよ。十分だ」

「ですが」

「アンタもずいぶんへばってるじゃないか。じゃあ、少し寝るから」

「あ……」


 ラルクは立ち上がると、ぽん、とエヴァの頭に手を置くと一瞬よろめきながらも部屋を出て行った。


「…………」


 今エヴァが使用していたのは「鼓舞の魔瞳」だ。スィリーズ家の血統が使える特殊な「魔瞳」であり、「鼓舞の魔瞳」はその目を見た者の戦闘意欲をかき立て、さらに心の距離が近い者には生命力や魔力を分け与えることができる。


「——エヴァ、終わったのですか」


 入れ替わりに部屋に入ってきたのはエヴァの父であるスィリーズ伯爵だった。伯爵は、ソファに座ったままの娘に気がついてハッとすると駈け寄ってきた。


「大丈夫ですか」

「……はい、これくらいは」

「フラフラではありませんか」


 エヴァは立ち上がろうとしたがすぐその場に座り込んでしまう。「鼓舞の魔瞳」を使った反動だろう。


「まだあなたは魔瞳を使いこなせていないのです。使いすぎないように、と何度も忠告したでしょう」

「……ですが、最前線で戦っておられるラルク様に比べればわたくしの苦労などたかが知れています」

「とはいえ、エヴァ、あなたが身体を壊しては誰があのラルク嬢を癒すのですか」


 傍らにひざまずき、エヴァの手を取ったスィリーズ伯爵は姫を守る騎士のようでもあった。

 レイジがスィリーズ家の護衛として働き、「新芽と新月の晩餐会」、「天賦珠玉授与式」と続いた混乱が収束した後——伯爵は娘に対する愛情を隠さなくなり、娘はそれに戸惑いながらも受け入れようとしていた。

 ふたりきりの家族の絆は深いものとなっていた。


「お父様、ラルク様の戦いの様子を聞かれましたか?」

「…………」


 伯爵はうなずいた。

 ラルクは毎日出撃し、関所の長いトンネルを抜けて帝国に入ると、すぐに最前線に向かう。

 関所周辺はいまだ建物も残り道も整備されているが、レッドゲートへ接近するに従って破壊の度合いが強くなる。建物の破損はもちろん、倒したモンスターで回収しきれないものは野ざらしになっている。腐敗を抑えるために焼きたいのだが火事になると手がつけられないのでほとんどはそのままだ。

 さらに進むとモンスターだけでなく、各国兵士の装備品が転がっていたり、崩れた建物の下には遺体がそのまま残っている。戦闘が激しい場所では遺体回収もままならないのだ。

 そんな場所でラルクは黒い剣を振るう。

 皮膚が金属のように硬いゴリラモンスターも、人間の身長ほどもある鎌を持ったオオカマキリモンスターも、どろどろの粘性を持ちさらに強酸を吐くスライムモンスターも、彼女の黒い剣は切り裂いていく。

 モンスターは知性があるものもあればないものもある。モンスターの死体を貪っている小型のモンスターは兵士たちが仕留め、どうしても歯が立たない強力なモンスターはラルクの出番だ。

 つまり、ラルクが戦うのは必然的に強い相手だけとなる。


「……多くの兵士たちが盾となり、彼女を守りながら進んでいるそうですね。帝国の魔導武装(マジックギア)も惜しみなく投下されていますが、燃料が切れ始めていて、今はラルク嬢に頼りきりだと」

「はい……。この数日はラルク様の疲労が濃くて、わたくしは少しでも彼女の負担を軽くしたいのです」


 うつむいたエヴァは膝の上で両手をきゅっと握る。


「ですがラルク様も、お父様と同じようにわたくしに無理をするなと。わたくしもまた、ラルク様に守られている……そう思うと、つらくて」


 ラルクの戦いぶりは多くの人々が目撃している。そしてラルクを守るように、影のように、甲斐甲斐しく立ち回る彼女の仲間——空賊たちも。

 獅子奮迅という言葉がふさわしいほどに彼女はモンスターを倒す。その戦い振りは文字通り「命を削っている」のに違いないとみんなが思っているのに、それを口にできない。なぜならラルクはもはや頼みの綱だからだ。


「わたくしが1時間苦しい思いをすることで、ラルク様が1分楽になれるのであれば、わたくしは進んでその役目をまっとうしたいと思います。それが貴族としての責務でもありましょう」

「エヴァ……」


 伯爵は娘の成長に胸を打たれながらも、心から愛するエヴァにこれ以上苦しい思いをして欲しくはないとも思っていた。

 レッドゲートの問題を解決する方法はあるのか。

 模索されている方法の中で、最も確度が高いと思われているのが「九情の迷宮」攻略だった。今ごろ、攻略結果と分析に関する会議が開かれているはずだが——。

 その会議には、スィリーズ伯爵がクルヴァーン聖王国から呼び寄せたとある人物も参加しているのだった。


スィリーズ伯爵が呼んだのはいったい誰か?(難易度:低)

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新連載『メイドなら当然です。 〜 地味仕事をすべて引き受けていた万能メイドさん、濡れ衣を着せられたので旅に出ることにしました。』
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― 新着の感想 ―
[良い点] 皆はアーシャやエヴァにご執心のようですが、自分の本命は断然ゼリィさんです。 本当に好き。日頃からお調子者ムーヴのムードメーカーでありながら、戻ってきたレイジの無事に涙を隠せないゼリィさん本…
[良い点] レイジーはやくきてくれー!
[気になる点] しかし帝国行ったら置いてきたアーシャのこと聞かれると思うんだけどどーすんだろw
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