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魔導飛行船に乗るのは初めてだったけれど、これに乗ってほんとうに大丈夫なのだろうか? と思ってしまうくらい狭かった。
ずんぐりむっくりした四角いトドのような形である船は、コンテナを4つくっつけたくらいの大きさで、そのスペースのほとんどに貨物を載せている。
人間はオマケで、主役は貨物なのだ。
辺境伯領は確かに希少なモンスターや植物の生産地であり、冒険者たちが見つけ出したそれらは冒険者ギルドが一時預かり、聖王都に運んで換金するらしい。
現金は聖王都の冒険者ギルドに蓄積されるので辺境伯領で稼いだ冒険者たちは預かり手形を持って聖王都へ凱旋する。
つまり、辺境伯領にはお金が落ちない。
——貨幣は重量があるので飛行船に載せられませんから。
と言うミラ様に、
——であれば少量ずつでいいので運ぶべきです。1か月に2本も飛行船が往来しているのでしたら、運べないことはありません。
——冒険者ギルドに提案したことはありますが、ギルドもここは「支所」なので聖王都にある「本部」よりも力関係で劣っていて……。
——ギルドがダメなら、辺境伯自身がやればよろしいのでは?
——それが、ウチにはお金もあまりなく……あっても、災害やモンスターによって荒れた領内の村々に使ってしまうので。
すでに辺境伯家の財務に携わっているらしいミラ様のため息はやはり深い。
それでも辺境伯のしていることは正しく貴族だった。
——では魔導エンジンに使う燃料はどうですか?
——燃料……?
——魔石や魔力を帯びた触媒だと思われますが、それらは聖王都での補給で往復分あるのでしょうか?
すぐに調べてみると、燃料は聖王都で往復分を積載しているらしい。かなりの量だ。
これを辺境伯領で補給するようにすれば、荷が軽くなる。その分貨物を積めるし、あるいは軽い分、燃費を向上させてもいい。辺境伯領でも魔石を売ることができる。
聖王都からは辺境伯領にはない穀物や塩といった「安いが重い」ものが運ばれてくる。だがそれらは、聖王都で買うと高く、隣の領で買えば安い。
——しかし聖王都で買わなくなると、魔導飛行船が飛ばなくなります。
——なにをおっしゃるのですか。辺境伯領の希少な素材を欲しがっているのは聖王都ですよ。こちらは「飛ばせてやっている」のです。
——確かに。
——穀物は近隣で買いましょう。聖王都から飛んでくるときには空でいいくらいです。どうせお金が回るようになったら欲しいものが出てきますから、そのときのためにスペースは取っておくべきです。
人間の思い込みというのは恐ろしいもので「前からそう決まっている」ものが大量にあると、そのすべてに「これはほんとうにそうなのか?」と考えることは難しい。気がつくと「前提知識」がいくつもあって、その「前提知識」が間違っていることに気づかないのだ。
僕はミラ様と話し合いながら辺境伯領で改善できるとこを洗っていく。
まあ、それをしながら、辺境伯の家臣の皆さんと「手合わせ」という名の「模擬戦」をしていたのだけれど。ちなみに先ほどの会話はすべて、僕は練兵場で大勢の兵士に囲まれて戦いつつ、ミラ様は練兵場にテーブルと書類を持ってきてそれに目を通しつつ行った。
「模擬戦」の最後には「もう我慢できねぇ!」と辺境伯閣下ご本人が登場したのだが、「あなた」と病床から抜け出してきた奥様に止められてすごすごと引き下がっていった。
奥様の病気についても【森羅万象】で見ると一悶着あったのだけれど、それまで語り出すと長くなる。
というか信じられないくらい密度の濃い2日間を過ごし、僕は見送りの皆さんに大きく手を振って辺境伯領を出た。傷だらけの家臣の皆様は「絶対また来い」「次は勝つ」「ダークエルフの野郎どもが来るのが楽しみだ」と物騒なことを言いまくっていたけど、ごめん、ノックさん、後は任せました……。
魔導飛行船の貨物の片隅で毛布にくるまるとすぐに眠りに落ちてしまい、気がつけば聖王都についていた。すごい、丸一日以上寝てた。
「うわあ!? 誰!? 君、勝手に乗り込んだらダメだよ!?」
「あ、いや……えっと、ここは?」
「聖王都の発着場だよ!」
聖王都側の荷運びの係に僕は自分のことを説明し、船から下りたのだった。「快適な空の旅」と言われれば確かにそうだけどね。初めての異世界フライトをまったく覚えていないなんて……。
僕は久しぶりの聖王都を見やった。
「……感傷に浸る前に」
とにかくトイレに行きたい。
聖王都からレフ魔導帝国方面への飛行船は出ておらず、そもそも飛行船は貴重品なので辺境伯領に飛んでいることがあまりにも特別なほどだった。それだけ辺境伯領で採れる素材が貴重なのだろう。
すっきりした僕はすぐにも帝国方面行きの馬車に乗ろうかと思ったけれど、今日の便はすでに出払ってしまっていた。
「——レフのほうはどうなってんだ」
「——さあな、一進一退だって話だが」
「——聖王陛下が行かれたんだろう?」
「——前、だろ。まあ、今の陛下は良くも悪くもふつうだからなぁ……」
そんな話がそこここで聞かれる。
僕は帝国がどうなっているのかを知るために聖王都の冒険者ギルドへと向かった。
ここの冒険者ギルドには何度も来ていたけれど、ついぞ自分が冒険者として利用したことはなかった。ガッチリとした石造りの建物、なぜか鉄格子の嵌められた窓、営業時間中は開きっぱなしの分厚く巨大な扉を見やると、ここにはもう何年も来ていなかったかのような思いに襲われた。
「おい、坊主。入口に立ってちゃいけねえよ」
「あ、すみません」
僕がそそくさと横にどくと、「ここで食いもんねだっても、ケチな野郎ばっかだから止めときな」という言葉が降ってきた。え? と思って見ると、こぎれいな格好をした長身の冒険者は中へと入っていく。
しばらく考えて、合点がいった。
だいぶ汚れ、裾はぼろぼろになったフード付きマントをかぶっている僕は、どう見ても浮浪児なのだろう。
辺境伯領では幸か不幸か見た目を気にする人が誰もいなかったのだけれど、ここは聖王都だ。周囲を見ると晩夏の空の下、みんな清潔なシャツやワンピースを着ており、僕だけ季節にまで取り残されたような有様だった。
「……ま、しょうがないか」
服を仕立てている余裕なんてなく、僕は冒険者ギルドへと入った——すると、そんな僕を待っていたのはさらなる驚きだった。
聞こえてきたのは併設された酒場から聞こえるやんややんやの喝采だった。
中央にいるのはギターとも違う、リュートのような弦楽器をつまはじきながら歌う吟遊詩人である。
『聖なる青き王の御代 偉大なる我が聖王都よ
暗雲立ちこめ 現れし災厄は
地獄より来たる 大ヘビよ
勇猛果敢な剣士さえ 飲み込み 食らい 暴れいたる
光を纏い 剣を掲げる少年が
振るいし剣よ 大ヘビを
打ち砕き 命断ち 聖王都に
安寧をもたらさん
勇者を称えよ その名はレイジ
光の冒険者 その名はレイジ』
唖然と立ち尽くしたまま、僕はその場に何分も立っていたよね。
「ナニコレ……?」
そのとき僕はふと、同じパーティーメンバーであるダンテスさんとの会話を思い出していた。
——まるで『おとぎ話の英雄によるバケモノ討伐』みたいだと。
——は?
——俺が翌日冒険者ギルドに行ったときに吟遊詩人から話を聞かれたんだ。どうもそいつも遠目で現場を見ていたらしく。
——吟遊詩人? なんかすごくイヤな予感がしますけど。
——お前がウロボロスを倒したところを歌にしたいんだと熱っぽく言われた。
——…………。
——い、いや、俺は断ったんだ。目立ちたくて冒険者をやっているわけじゃないしな? だけどあまりにしつこいし、『街を救った英雄をみんな知りたがっています』と言われれば、俺のことじゃなく、他ならぬレイジのことだから——。
——つまりダンテスは、レイジくんのことを売って、自分のことは歌うなと念を押して詳細を教えたべな。
ダンテスさんんんんんんんん! 恨みますよ!? いや、もう恨んでますからね!!
これか! これが歌われてるって内容か!
なんだよ「光の冒険者」って! あの光はノンさんの【光魔法】だからね! 僕関係ないからね!
「最高だったな。今日の歌も」
「ああ……あの大ヘビが荒らした跡を見たかよ。すっげーよなぁ、そんなヤツがこの冒険者ギルドにいたってんだから」
「同じ冒険者として鼻が高いぜ」
冒険者たちがなんか勘違いしてる!
僕、ここで活動したことないからね!? 手紙を送る依頼はしたけど! むしろ依頼人のほう!
(うわああああ〜〜〜めっちゃ聞きにくい! 情報集めにくい!)
僕が真剣に、このまま回れ右をして出て行くべきではないか、いや、でもレフの情報は知りたいし……とフードの上から頭をかきむしっていたときだった。
「チッチッチ、そんなもんじゃねーんですわ。『光の冒険者レイジ様』は」
「あ? なんだよ、獣人のねーちゃん」
「これでもあーしはね、レイジ様と何度も冒険をしてきやしたからね……あの方がどんな方なのかもっと知ってるってわけなんすわ」
「お、おい、マジかよ」
「俺、聞いたことあるぜ。確かに『光の冒険者』は猫系獣人と行動をともにしていたとか」
「ふっふっふ、それがあーしってワケっすわ」
「マジかよ! もっと話を聞かせてくれよ!」
「お、聞きたいっすか? いいっすよ〜。ただし、ひとり銀貨1枚」
「はあ!? 金とんのかよ!?」
「そりゃあ、そうっすよ。あの『光の冒険者』様の情報だからねえ……レイジ様が夜な夜なあーしの身体を求めながら、寝物語に聞かせてくれたモンスター討伐の話もあるっすよ!」
「……へえ、そりゃ聞いてみたいですねえ」
「そうでしょそうでしょ! そうなりゃ銀貨1枚なんて安い——」
猫系獣人の顔がピタリと止まった。
「あ、あ、あ……」
「お久しぶりです、『光の冒険者レイジ様』の仲間のゼリィさん」
僕は彼女の顔をがしっとつかんだ。アイアンクロー的なアレである。
「あんぎゃあああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
酒場には絶叫が響き渡り、建物内だけでなく鉄格子の向こうの大通りの通行人すらこちらを見ていたらしい。
ゼリィさんはゼリィさんでした。




