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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第5章 竜と鬼、贄と咎

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     ★  クルヴァーン聖王国領 辺境の館  ★




「はぁぁ〜〜〜」


 少女はため息を吐いていた。参加を許された会議の末席に座って。


「閣下、ここは俺の部隊にやらせてくだせえ。どうにも腕がなまってます」

「なにを。お前のところは先月の害獣討伐でも出張ったではないか。ここは我が精鋭に任せよ」

「なーにが精鋭だ。それに『害獣討伐』とは笑わせる。お前は散々『羽虫を殺したくらいでいい気になるな』とか言ってたじゃねえか」

「ここは間をとってウチのだな……」

「お前はダメだ」

「そうだ。先週動いたばかりだろ」

「そりゃ、酔って暴れた冒険者どもを鎮圧しただけだろ!?」


 さっきからずっと、大の大人がやいのやいのと言い合っているのである。

 石造りのお屋敷は殺風景で、敷かれているのは絨毯ではなくモンスターの毛皮である。これとてきちんと手入れをして聖王都で売りに出せばいい値段になるのだろうが、ここに集まる荒くれ者たちが泥だらけの靴で踏むのでもはやボロボロだ。

 分厚く重たいだけが取り柄の会議テーブルもさっきからどんどんどんと叩かれ続けては天板が軋んでいる。確か昨年新調したばかりのテーブルだったはずだが、この調子では今年を越せないかもしれない。


「はぁぁ〜〜〜」


 と少女はもう一度ため息を吐いた。

 この部屋にいるのはむくつけき大人が6人ばかりと、少女だけだ。少女は「今後の参考にもなるだろうから会議にはなるべく参加するように」と言われてここに来たのだが、見せられているのは口実をつけて暴れにいきたい男たちの口論だけだった。


「ありゃ、お嬢が悩ましげですぜ」

「どうしたんだ、いったい」

「聖王都に行って以来、ああだ」


 少女は生まれて初めて、自分が生まれ育った辺境伯領を出て聖王都へと向かった。

 そこで見たものは——少女の心に大きな衝撃を与えた。

 清潔で整然とした町並み。特に「第3聖区」より内側は格別で、ゴミひとつ落ちていなかった。少女が今いる領都では「都」とは名ばかりで粗末な家々が並んでおり、油断すると道ばたに落ちている馬糞を踏んづけてしまう。

 聖王都は食事もすばらしかった。美しくカットされた野菜、奥行きを感じる芸術的なソース、柔らかく甘い肉。領都の食事は切って焼いて調味料を掛けるだけである。

 そしてなにより——人だ。


「こんなんじゃ、エヴァ様を呼べないよぉ……」


 少女、ミュール辺境伯の長女であるミラが思い返すのは聖王都で出会った同い年の少女だった。

 スィリーズ伯爵家のエヴァは、絵画でも見たことがないほどに整った容姿をしており、さらには毅然とした態度もまたすばらしかった。

 夢見心地でエヴァに「ウチにも是非遊びに来て欲しい」と伝え、オーケーをもらったものの、辺境伯領に戻ってきて馬糞のニオイを嗅いだミラは我に返った。

 あの可憐なエヴァに嗅がせていいニオイであるわけがない。

 こんなところにエヴァを呼べるわけがない。


「ミラ、会議中だ。いい加減にしなさい」

「会議!? これのどこが会議なの!? モンスターが現れるとみんなウキウキして誰が倒しに行くか決めているだけじゃない! 持ち回りかクジにすればいいのに!」

「……最後はいつもそうなる」


 本質を突いたミラの発言に、父である辺境伯は正直にそう言った。

 話し合いで決まるものではないのだが、なにも言わずにクジで決まったらそれはそれですっきりしない、という理由だけで開かれている会議である。

 ンモォ、と牛が鳴くのが聞こえた。


「お父様、皆さんがヒマなら、領都の掃除をしましょう? 大通りくらいきれいにしておかないと!」

「へっ、お嬢。笑わせないでくだせえよ、掃除なんて誰が……」


 キッ、とにらまれた大男は、ヒッ、と息を呑んだ。つるつるハゲで眉の太い50絡みの大男が12歳の少女に気圧されている。


「し、しかし、掃除は冒険者ギルドに依頼で出したじゃぁないっすか。それを俺たちが取っちゃ悪いよなぁ」


 と隣に座っていた右目に眼帯をつけた筋肉ダルマが言うと、うんうんとさらに隣にいた角刈りでよく日に焼けた筋肉ダルマがうなずく。

 ミラが叫んだ。


「冒険者は誰ひとり、依頼を受けてくれないじゃないですかぁっ」

「……あのな、ミラ。それは仕方がないだろうが。お前がどうしてもっていうから出すには出してやったが、ここに集まる冒険者どもは刺激に餓えてんだ。そんな奴らが今さらクソ拾い(・・・・)なんてやるわきゃねえ」

「お父様。言葉遣い!」


 ミラに指摘された辺境伯はひょいと肩をすくめただけだった。

 聖王都でいろいろな貴族に会ってわかったことのひとつは、「ウチのパパはおかしい」ということだった。まず貴族家の当主は自ら戦闘斧(バトルアックス)を持ってモンスターと戦ったりしないし、熊の毛皮を頭からかぶったりしないし、貴族の子女は父を「パパ」なんて呼ばない。

 領都に戻ってミラがやったことは、きちんとした貴族教育を受けることと、父の再教育だった。こうしてことあるごとにミラは注意しているのだが、父の言葉遣いは直る気配がない。


「そんじゃ、そろそろサイコロで決めますかあ?」


 女の筋肉ダルマが言うと、筋肉ダルマたちは「そうだな」「お嬢の機嫌も悪いしな」などと言って賛成する。ちなみに彼らはミュール辺境伯の家臣団であり、それぞれが千人単位の兵力を抱えている。

 今回は山麓で起きた大規模地震の調査と、それによって長い冬眠から起こされたらしい巨大サソリの討伐についてだった。


「はぁぁ〜〜」


 サイコロで「誰が行くか」を決めている筋肉ダルマたちを横目にミラがため息をもう一度吐いていると、父が横にやってきた。


「そう焦るな。ここだっていい土地じゃねえか。なにもエヴァ嬢は、お前が温室育ちの令嬢だから友だちになってくれたわけじゃねえだろ?」

「それは……そうだけど。それでも気にするよ。エヴァ様は、お父様といっしょに他国に向かってお仕事をしてるのよ?」

「ああ、グレンジードのアレか……」


 辺境伯も、レフ魔導帝国で起きた出来事について知ってはいたが、辺境伯の所有する武力は辺境を治めるためのものだ。彼がここを離れ、前聖王グレンジードと行動をともにすることはできない。

 一方のスィリーズ伯爵は中央貴族なので領地は持っておらず、グレンジードについてレフ魔導帝国へ向かったという。

 それを聞いたとき、心の底から「うらやましい」と辺境伯は思ったものだ。

 平時こそ辺境は刺激がいっぱいで楽しいが、国家の有事となればそちらに行きたくもなる。


「お、決まったか?」


 わぁっ、と筋肉ダルマたちが喚声を上げ、勝ったらしいつるつるハゲの筋肉ダルマが勝利の拳を振り上げている——そこへ、


「閣下、閣下ァッ!」


 会議室のドアがバァンと開いて、別の筋肉ダルマが駈け込んできた。ちなみに言うと、辺境伯の家臣はトップの隊長以下全員が筋肉ダルマである。老若男女問わずである。入隊時は細くとも、数か月で肉がついてくる。


「どうした。今日の会議は重要事項決定会議だと言ったろうが」

「…………」


 サイコロで決める会議のどこが「重要事項」なのかと問いたげな目で娘が見てくるが、キレイに無視して辺境伯はどっしりと腕組みして胸を張る。


「そ、それが、突然現れたっていう大サソリなんですが……退治されちまったようで」


 サイコロで負けた筋肉ダルマたちはすぐさま勝ったハゲの筋肉ダルマを見たが、彼はあんぐりと口を開けた。「そりゃあしょうがねえ」「今回はナシだな」「ざまあカンカン、カッパの屁とくらぁ」なんて言って負けた筋肉ダルマたちはニヤニヤした。


「……退治?」


 しかし辺境伯は疑問を口にした。


「おい、その大サソリと言うのは、確か10メートル以上あるデケエやつで、冒険者どもが尻込みしたもんでこっちに回ってきた案件じゃなかったのか?」

「へい」

「いったいどこのどいつが倒した?」

「それが……」


 伝令の筋肉ダルマは、懐からそっとあるものを差し出した。


「この館に来てまして。閣下に、これを見せればわかるってそう言われるんで」


 それ(・・)を見た瞬間、ミュール辺境伯は目を見開いた。

 見覚えがある短刀だった。だが、新品同様だったそれはすさまじく使い込まれている。

 彼にこれを渡したのはたかだか2か月かそこいら前のことだ。

 だというのに——いったいどれだけの修羅場があったのか。


「すぐに連れてこい——いや、こっちから行く! アイツはどこにいるんだ!?」


 短刀を、自分が餞別代わりに贈った短刀を握りしめ、辺境伯は声を上げた。


「レイジのヤツ、また強くなりやがったなァ……!」


 それは歓喜の声だった。


新章です。レイジ視点は明日から。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミラお嬢様たいへんだな(笑)
[一言] これは両方の世界を行き来ができるようにならないと、本当に首輪を着けられますね。 いや、既に決定事項かも。
[良い点] 新章の入り方がとても好感 [気になる点] きちんと投稿が続くが、作者が倒れないか心配
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