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操る、とは言っても細かいところまで操っているわけではないだろう。
大まかなコントロール、それに——、
(動力や信号の供給だ)
先ほど調停者たちがぴたりと止まったところからそれは判断できる。
「ぐ、ぬぬぬ!」
「がほっ」
ノックさんが力比べで押され、百人長はついに調停者の一撃を食らって吹っ飛んだ。
そう、幻想鬼人が背後で操っていることがわかったところで僕らが不利なのは変わらない。
というか竜レベルが5体とか、どうあっても勝てない。
それでも僕が「光明」だと思ったのは、
「【火魔法】ッ!」
左手の指に1つずつ火球を出現させ、放ると調停者たちは一斉に逃げていく。火球は、背後の闇のドームにぶつかるやそこで爆発した。
「っく」
魔法を撃った隙を突いて調停者が三方向から突っ込んで来る。紙一重でかわしていくけれど一撃が腕をかすめて血が飛んだ。
「【土魔法】!!」
今度は5つの礫弾を発射するけれど、至近距離だというのに調停者はこれをかわして僕から距離を取った。
「【水魔法】、【火魔法】!」
短刀をしまって両手で魔法を放つ。追尾ミサイルのように飛んでいったそれらだったけれど、調停者たちは身体をひねってかわしていく。
僕は1発を、百人長に追撃しようとしていた調停者へと飛ばす。
だけどその調停者も背後に目でもついているのか横に跳んでかわし、
「うおわ!? どこ狙ってンだよ!?」
百人長の肩のぎりぎりを飛んでいった。
「すみません!」
「気ィつけろや!」
「——それよりも、この状況をどうするのダ!?」
見ればノックさんもボロボロで百人長も息が上がっている。
「やってます!」
僕は再度両手に魔法を出現させ、放つ。調停者がかわす。もう一度放つ。かわす。放つ。かわす。
「うおわったァ!? こいつ、キレちまったか!?」
「レイジ殿! 落ち着いて!」
「だから!」
僕はダメ押しとばかりにもう一度魔法をぶっ放す。炎と氷の乱舞は、まるで花火のようにドーム内を照らしていく。
「やってますってぇ!」
最後の火球がドームにぶつかったときだった——そこに亀裂が入り、パンッという破裂音とともに砕けていく。
波紋のように砕けていく。
外の陽光が射し込んでくる。
『なに……!?』
5体そろって驚愕している調停者に、僕はにやりとした笑みを向ける。
「やってるって言ったでしょ?」
調停者はこの謎のドームを展開して戦いに持ち込む。それはたぶん、調停者としての「特権」を行使するためなのだろう——攻撃してもダメージが通らない、みたいな。
だけどあれはクルヴァーン聖王国ではそうだったものの、ドームを破壊すればダメージが通るようになった。
一方、地底都市ではドームがあってもダメージは通った。
つまり盟約のために行動しているときには「特権」が使えるが、ドームが破壊されることで調停者の「特権」が失われる、あるいは地底都市のときのように盟約と関係のないときにはドームは飾りだ。
今、ここにあるドームは僕らの逃げ道を塞ぐという意味以外にない。
「今からアナスタシアが使った魔法をやります!」
「!?」
「!?」
僕が叫ぶと、ぎょっとしたようにノックさんと百人長はその場に身体を伏せる。調停者たちは我に返り、なにかすさまじい魔法が来るのだろうとバックステップで背後に飛んだ。
「うおおおおおおおッ!!」
僕が発動したのは——【風魔法】と【土魔法】のミックス。
名付けて「砂嵐」だった。
もちろんアーシャの【火魔法】なんてできるわけがないけど、ノックさんと百人長には防御態勢を取ってもらい、回避に特化している調停者には距離を取らせることが目的だった。
すさまじい風が起き、そこに大量の砂塵を混ぜ込むことで不意に周囲は薄暗くなる。
十分だ。
目隠しとしては。
「——起きてください、ふたりとも!」
「え? うえ? あの鮮烈かつ高貴なる炎は?」
「——シッ」
僕はノックさんを引っ張り起こし、百人長は僕のもくろみにすぐ気がついてもうこちらに駈け寄ってきていた。
調停者5体との戦闘なんて、勝てるわけがない。
であれば僕らにできるのは、
「逃げましょう」
逃亡一択だ。
「お、お、おいっ、なんでこっちなんだ? 来たのとは反対だろォが」
全力で北に向けて走っていると百人長が聞いてくる。
砂嵐に紛れて逃げ出した僕らだけれど、魔法が切れる数分後には調停者も僕の真意に気づくだろう。調停者は5体で同じ情報を共有できるので、1体が僕らを発見すればそこに合流すればいい。
体力も魔力も切れそうな僕と比べて、向こうは元気いっぱいだ。まあ、魔導生命体を相手に「元気」という言い方が正しいのかはわからないけど。
「どこに逃げても追われるので、逃げ切れる可能性が、ある方向へ、逃げ、るん、ですっ」
ノックさんと百人長、それに僕自身に【補助魔法】を掛けて走っているので周囲の建物や石畳を突き破って生えている木々が飛ぶように背後へと消えていく。
「——あれだ」
僕にはすぐにピンときた。
そこから立ち上る気配は——なんといったらいいのだろう、あまりにも清らかで、透き通っていた。
逆に、そうと思わなければ気づかないような気配なのだ。
「あそこに『一天祭壇』があります!」
向かう先にはこんもりとした小山があり、そこには茂みが密生していた。
山頂に、石造りの小さな建物があった――。




