67
【光魔法】を使って周囲に明かりを確保すると、前方に黒い影が出現した——調停者だ。
僕はいつでも戦えるように右手にはミュール辺境伯からもらった短刀を持ち、左手は自由にしておいた。
ノックさんは両手に金属製のナックルをはめ、拳の大きさが倍くらいになっている。
百人長は左右の手に湾曲した短刀を構えた。
『どこへ行く気だ』
「アンタこそ、盟約に関係ないのに出てくるなんてどういうつもりだよ」
『災厄の子については排除しても問題ないと判断した——』
「——それが幻想鬼人の結論か? 都合よくルールを作れる調停者なんて、よほど最初のルールがガバガバだったんだろうね」
僕が言うと調停者は沈黙した。
シュッシュッシュッシュッ——と小さな音が聞こえるのは、天銀によって固められた鎧の内側だ。黒炎が噴き出そうとしてはかろうじて押さえ込んでいるような、そういう感じだ。
『我らが創造主についてこれ以上言ってみろ……お前たちすべてを滅ぼす』
怒りを抑えるのが精一杯というようだった。
だけど僕は調停者の怒りよりもなによりも「創造主」という言葉に引っかかった。
(あ……そうか。この黒い影は魔導生命体だから、造った何者かが別にいるということか。それこそが幻想鬼人……こいつらはただの傀儡なんだ)
いわばこの調停者は「調停者代理人」みたいなものなのだ。
だからきっと何体もいる。
まあ、代理人だろうがなんだろうが、この謎のドーム空間を出したり、瞬間移動みたいなことをしたりするんだからズルイのは確かなんだけど。
「アンタひとりでどうにかなると思っているのか? この間は僕に負けたじゃないか」
『ひとりではない』
声の直後、調停者の左右に2体ずつの調停者が現れた。それらはコピーしたかのように同じサイズだった。
(5体……マジですか)
竜と同等の戦力が、5体。
1体倒すのですら全力を尽くしてやっとって感じだったのに。
調停者を知らないノックさんはきょとんとし、元帥かサルメさんから調停者について聞いていたらしい百人長は顔を青ざめさせた。
『どうした? 先ほどまでの威勢は? 冷や汗をかいているように見えるぞ』
僕が1人で倒してしまったから増産したのか? あるいは最初からいたのか? もしや、何十体と存在するのか——いや、それはさすがにないはずだ。「表の世界」の竜が他の生命体と同様に生活しているように、幻想鬼人も「裏の世界」で生きているはずだ。天銀の産出量は極めて少ないはずだし、1体造るのに天銀のフルアーマーが必要なのだとしたら何十体も造れるはずがない。
「冷や汗だって? たった5体しか出てこなくて驚いたんだよ。確実に始末するのに、僕だったら10体は出すからね」
お前なに言ってんの!? という顔で百人長が僕を見てきたが、
『…………』
調停者はなにも言わなかった。
よかった。これで調停者は打ち止めのようだ。
いや、よくはないか。5体でも勝ち目はないんだから。
こんなことになるならアーシャも連れてきて、極大魔法をぶっ放してもらえば……そんな隙を許してくれるわけもないか。
『我らで十分。おしゃべりは終わりだ——死ね、災厄の子』
調停者5体が一斉に走り出した。
「だからその呼び名、止めろっての!!」
僕は左手で「火炎嵐」を放ち、戦いは始まった。
調停者は相変わらずのでたらめ性能だった。
素早く、重く、硬い。
走れば石畳を割り、「火炎嵐」の炎にも怯まず正面から突っ切ってきた調停者は僕へと右手を伸ばした。そこを【花魔法】を使って枯れ草を太くしてから伸ばすと調停者を跳ね上げて僕の後方に跳ばす。ほんとうははるか彼方に吹っ飛ばすくらいのつもりだったのに、重くて10メートル程度しかいかなかった。
その間にも次の調停者が腕を伸ばしてきたので身体を開いてかわし、3体目が目の前にいたので【補助魔法】を掛けた足で蹴りをくれる。
大岩でも蹴ったような感触が足の裏から伝わってきて、じぃんと痺れたんだが……。
「うおおおおおおッ!」
ノックさんは調停者と正面からの殴り合いを始めた。
あのパワーがあればこそ、殴られた調停者ものけぞっている。僕には無理だ。
「ちょっ、うわ、刃が立たねェよッ!」
ひらりひらりと調停者の攻撃をかわしながら曲刀を振るう百人長だったけれど、天銀の鎧に阻まれて攻撃は通っていない。
(まずは1体……!)
敵の数を減らさなければ話にならない。
前回は温度差によって金属疲労を誘発して鎧を破壊した。だけどあれくらいの魔法を連発するのは無理だ。効率化してもなんとか2体倒せるかどうかで、残りは倒しきれない。
(問題になるのは結局天銀の鎧なんだよなぁ……こっちの武器は天銀混じりの短刀しかないし!)
考えろ、考えろ、考えろ。
考えている間にも最初に吹っ飛ばした調停者も戻ってきて後ろから襲いかかってくる。
「っく」
振り向きざま、僕が放ったのは【水魔法】だ。左手にきらきらとした冷気が現れ、調停者の足元に氷を造り出す——滑らせてやろうという時間稼ぎだった。
だけど、
『!』
『!』
『!』
僕を襲っている3体はぎくりとしたように動きを停めると、背後へと跳躍した。
(……ん? なんだ、今の過剰反応は)
奴らは僕の次の一手をうかがうようにじっとしている——。
(そうか。連中は前回僕がどうやって調停者を倒したか、知っているんだな? だから最初の「火炎嵐」、次に「氷」と来たからまた金属疲労を引き起こされるんじゃないかと警戒している)
そこまで推測して、僕は疑問を抱いた。
(……どうやって、情報を得たんだ?)
前回の戦いのときには調停者が1体しかいなかった。
観察されている気配もなかったし、他の調停者に誰かが密告したということもないだろう。大体、連絡が取れるのはサルメさんだけだったはずだし、そのサルメさんは調停者や盟約を毛嫌いしていたということだから。
であれば——。
「……幻想鬼人。お前、この魔導生命体を通してここを観察しているな?」
ぴた、と一瞬、調停者たちの動きが止まった。
それは僕を襲っている3体だけではなく残りの2体もだった。おかげでノックさんの右フックがキレイに決まって調停者は吹っ飛び、百人長の剣も見事に調停者の脳天に振り下ろされて見事に跳ね返されていた。
(そうか、そうか、そうか……!)
今の動きでわかった。
調停者は自分の意思がある。だが一方で、幻想鬼人が直接コイツらを操っている。
しかも、調停者たちが一斉に止まったところを見るに、
(幻想鬼人は、1人しかいない。少なくともこれを操れる幻想鬼人は1人だ)
光明が見えてきた。




