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翌日の朝から僕らは行動することにした。「一天祭壇」に世界をつなぐ道があるのならば、ここからは1日も掛からずに行くことができる。
ダークエルフの皆さんには一度、ラ=フィーツァの足跡を調べてもらったことがあったけれどそのときはなんの成果も得られなかったらしい。ただ、「表の世界」で言うところのクルヴァーン聖王国、聖王都クルヴァーニュあたりは古い遺跡が残っており、「一天祭壇」のことを考えるとそのあたりになにかあってもおかしくはない。
僕らが探そうとしている移動方法は、かつてラ=フィーツァが使ったものと同じかもしれなかった。
調査隊は少数で行くべきということになり、僕とノックさん、それに地底人から百人長が選出された。移動スピードを考えればこれ以上増やしても足手まといになるだけだ。
「明日には戻りますから」
「…………」
アーシャは最後まで「納得できない」という顔ではあったけどね……。
彼女にはダークエルフたちの指導者として残っていて欲しかったので仕方ない。まあ……僕が不在のときにいろいろあった後だし、「また置いていくの?」という気持ちもわかるんだけど……。
とはいえこれが最後だからと。
「一天祭壇」に「表の世界」への道が見つかればすぐにも全員で移動できるのだからと。
(……最後、か)
早朝から集落を飛び出し、走りながら僕は考えていた。
(向こうの世界に戻ったら、アーシャはどうするんだろうか)
レフ魔導帝国の皇帝のところへ戻るのだろうか? どうも「籠の鳥」だった生活には嫌気が差していたようだけれど、とはいえエルフの森——「三天森林」に戻ることもできないだろうし。立場的に。ハイエルフで、王族で、「取引」としてレフ魔導帝国に送り込まれた身なのだから。
(冒険者になるとか? 似合わないなあ)
冒険者ならば身分なんて気にせず生きていくことができる。自由業、と言えば聞こえがいいけれど、フリーターであり浮浪者であり稀に英雄になるのが冒険者だ。
(……でも、アーシャがもしも自由を望むのなら、僕は……)
どうするだろう。止めろというのか。他ならぬ僕自身が冒険者として生きていこうとしているのに?
僕はクルヴァーン聖王国を出るときのことを思い出していた。
あのときはエヴァお嬢様を父であるスィリーズ伯爵のもとへと帰した。ふたりは、ふたりきりしかいない家族で、お嬢様は12歳で、冒険者になることで叶えられるものがなにもなかったから——と、僕が考えたから。
(たった2か月くらい前のことなのに、やたら懐かしく感じられるなあ……)
だけどアーシャは違う。
彼女に戻るべき場所はあっても、それを好ましく思っていないし、手に入れた自由を手放すだけなのだとしたら——アーシャが冒険者になるのも一理ある、ように、思う。
(そう思ってしまうのは僕がそう願っているからなんだろうか?)
可憐で美しく、所作は完璧だ。上品で忍耐強く、だけど心の内には炎のような情熱が隠れていた。
彼女の情熱を解き放ってしまったのが、物理的にも、精神的にも、僕なのだとしたら、彼女の今後には責任を負わなければいけないのかもしれない。
(……アーシャが望むことを全力で叶えてあげよう)
僕にできることなんて限られているけれど。
いや、案外「もう冒険なんてまっぴらです!」と言うかもしれないしね。
——弟くんはさぁ、そうやってあり得ない仮定の妄想に逃げるようなところがあるよね。
そのときふと、耳元で姉の声が聞こえた気がしてぎくりとした。
(いやー……ははは。今、ラルクに会ったらなんて言われるかな)
女の子を振り回すなって? デリカシーが足りないとか?
(……戻ったらアーシャの願いを叶えるのも大事だけど、ラルクのこともしっかりやらなきゃな)
ラルクが取り込んでいる星6つの天賦珠玉【影王魔剣術】。この天賦の反動はきっとあるはずで、彼女の健康状態が本気で心配だ。
「——ハイエルフ様を置いてきてしまってよかったのか?」
ノックに言われて我に返った。
「まあ……仕方ないですよ」
「あれは『仕方ない』で済ませられるような顔ではなかったと思うのダが……」
先ほど僕はアーシャを「納得していない」と言ったけれど、実は少々控えめな表現である。
「いやですぅぅぅぅ」「私もついていきますぅぅぅぅ」「ひどいですぅぅぅぅ」と泣くアーシャを、ニッキさんに預けて出てきたのだ。
「……帰ったら全力で謝りますので」
「そうか……お前も大変ダな」
ノックさんに同情されてしんみりしていると、
「くっくくく……ああ、いや、笑って悪りィな。あんだけスゲェ魔法を使うハイエルフさんに、そんだけ頼られてンだからたいしたもんだと思ってよ」
百人長が笑った。
この人は、ヒトマネを食い止めるために戦ったサルメさんと親族だったらしく、彼女の死を深く悼んでいた。だけれど地底人がダークエルフに合流すると、「俺になにかできることはねェか」と今回の調査にも自ら手を挙げてくれたのだった。
「そう言えばお二人にも聞いておきたいのですが、いいでしょうか?」
僕はヒトマネと話したときのことを思い返しながらたずねるが、よい回答は得られなかった。
ふたりとも、「巨大種が言葉を使う」とは聞いたこともなく、「星刻語」、「幻想鬼人」という単語についても知らなかった。
「評議会の連中なら知ってたかもしんねェが……連中は全部、『残留派』なんだよな」
百人長によれば、地底都市復興を考える3割の人たちの中に指導者である評議会がまるまる残ったのだそうだ。
「半分は、残された連中を助けるためだが……もう半分は、自分たちが特権階級にいたからよ、それを捨てたくねェンだろうな」
「なるほど……」
元帥のお父さんも残ったようだ。その人はもちろん、残された人たちを救わなければならないという使命感によってだという。
「——レイジ殿、そろそろ見えてくるぞ。遺跡ダ」
「はい」
かなりのスピードを出せたこと、それに戦闘らしい戦闘もなく僕らは予定より数時間早く「聖王都」へとやってくることができた。
どうやらフォレストイーターとヒトマネが現れたせいで多くのモンスターが遠くへと逃げたらしい。安全だけれど、逆に食肉には困りそうだ。
それはともかく——木々が切れると視線の先には多くの石造建築物が現れた。
屋根は落ち、半ば折れた柱や石畳だけがそこに「町」があったことを知らせてくれる。
「ふたりとも、止まってください」
「なんダ?」
「どうしたんだよ」
町の中央通りらしい広い道では石畳の多くが割れて枯れ草が飛び出していたけれど、それでも森の中を走るよりはずっとマシだった。
この先に、「一天祭壇」があるはずだ——けれど、僕は道の先に気配を感じたのだ。
「戦う体力は?」
短く問うと、ふたりの表情が変わる。
「問題ない」
「ヨユーだぜ」
心強い返事だ。これなら【回復魔法】を使っておく必要もなさそうだ。
「構えてください——来ます」
その瞬間、僕らの世界は闇に包まれた。




