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コミカライズが電撃大王本誌(11月下旬スタート)にて決定しました。
詳しくは活動報告にて〜。
森の中で一夜を過ごした僕らが、ダークエルフの集落に——集落の跡地に戻ったのは翌日のお昼頃だった。
異変に気づいたのは、多くの煙が集落あたりから上がっていたからだ。もしや初夏鳥がまた来たのか——と大急ぎで戻ってみると、
「おお、ハイエルフ様が戻られたぞぉぉぉ」
どよどよ……と発せられた多くの人々の声。
そう、そこにいたのは数千人という地底人たちだった。
煙は炊煙で、彼らがフォレストイーターの肉を焼いて食べているところだったのだ。そして人の食欲というのはすごい。山のようなフォレストイーターの肉は、途方もない量で、食べきることは不可能で自然に還すしかないのかななんて思っていたほどだったのに、すでに骨が見え始めているのだから。
「あの……これは?」
やってきた族長に僕がたずねると、
「ノックがハイエルフ様のすばらしさを彼らに説いたところ、彼らもまたハイエルフ様のご指導を賜りたいということでな」
なんか誇らしげに言ってるけれど、さっぱり理解できない。
これだけの人数がいる種族が、いきなり他の種族の傘下に入るなど決めるだろうか?
「……レイジ殿、と言ったか」
そこへ現れたのが地底都市にいた元帥と呼ばれる男だった。
込み入った話になるというので僕らは離れたところに移動する。僕とアーシャ、族長にノックさん、それに元帥と参謀の6人がいる。キミドリゴルンさんとプンタさんはへろへろで、草を敷いた簡易ベッドに倒れ込むなり寝息を立てていた。
「私は、地底都市に君臨していたサルメ様から後を託されたのだ」
都市はすでにヒトマネによって破壊され、修復はほぼ不可能だという。
あのヒトマネも調停者によって操られたところはあったのだろうけれど、地底人から見たら不倶戴天の仇敵になってしまった。
数千人が漂流するにはこの世界の環境は厳しく、ダークエルフたちが迎え入れてくれるならともに暮らしたいと元帥は考え、地底人たちをここに連れてきた。
だが3割程度の人々は元帥に反対し、地底都市を復興させると息巻いて都市周辺に残ったのだという。
「重大な決断だったのに……早かったのですね」
「うむ……」
元帥は歯切れが悪く、うなずいた。なにか別の理由でもあるのだろうか? すでに付け替えた【森羅万象】を通しても、ウソを吐いている人に顕著な反応が出ていないので隙を見てダークエルフを襲撃しようとかそういう考えはなさそうだけれど。
「……アタシのせいなんすよ」
すると元帥の横にいた参謀が口を開いた。
「サルメ様が亡くなって、アタシに……なんか、種族としての盟約? みたいなのが聞こえて……バカみたいな話って思うかもしれないっすけど」
僕は【離界盟約】を解除していたけれど、盟約の内容は頭の中に残っている。今までは【森羅万象】があってもおぼろげになってしまったのに、記憶があるのだ。
「『盟約のための盟約』……ですね。あなたが、地底人種族の長になったのですね」
参謀はどきりとして僕を見たが、
「……わかってもらえるなら話は早いっす。アタシは近々、『貴顕の血』とやらを捧げなければいけないらしくて……アタシ、地底都市みたいな小さいとこなのに親がわからないんすよ。ああ、母親はわかるんすけど、父親のほうがね……でもそいつはたぶん、サルメ様の血筋の誰かだったんだ」
クルヴァーン聖王国の「聖水色」について思い返すと、あれは「先祖返り」でよみがえることはないと言っていた。地底人が同じ感じなのかはわからないけど、サルメという人にかなり近い血筋の誰かが参謀の父親なのだろうと思われた。
まあ……「聖水色」と同じかどうかわからないし、父親探しをしたいわけではなさそうなので、僕は言わないけれど。
「『貴顕の血』というのは、無垢でなければいけないと聞きました。天賦珠玉を使っていない人でないと」
すると参謀はつらそうにうなずいた。
「やっぱりそうなんだ……盟約を知ったその日、アタシの目の前に『調停者』を名乗る黒い影が現れてそう言ったんだ。でもアタシは、もう天賦珠玉を使っちまった。だからアタシの命は差し出せない——」
「お前が死ぬ必要などない」
遮るように元帥が言う。
「盟約などバカバカしい。そんなもののためにお前も、サルメ様も死ぬなんて……」
そのとき僕はある仮説に思い当たって注意深く参謀を見る。すると彼女は——【森羅万象】によれば——明らかな兆候を示していた。
妊娠しているのだ。
元帥の反応を見るに、父はこの人なのではないだろうか。
「貴顕の血」を捧げなければならないという盟約によれば、すでに天賦珠玉を使った彼女は対象外。そうなると次は、お腹の子……。
すべてを知った元帥は、子を守るために盟約に反旗を翻した。そのせいで種族がちりぢりになっても構わないと。
(……それが正しいかどうかなんて僕にはわからない)
この世界に留まることは、種族にとって危険なことだ。僕はいろいろなことを知ってしまってそう思う。
でも元帥はそういった情報を知らずに決断した。妊娠のことは他の人に言っていないのだろう、公になっているのならここでも口にするはずだし。
参謀の妊娠を隠して決断したことが後で知れれば、「我が子かわいさに種族を犠牲にした」と糾弾されることもあるだろう。
(聖王陛下もそうだったな)
クルヴァーン聖王国の聖王陛下は、クルヴシュラト様を犠牲にすることを最後の最後まで悩んで、結局はルイ少年に託してしまった。
ルイ少年のロズィエ家からすれば聖王陛下は「我が子かわいさにルイを殺した」と見えるだろう。でも、あのときはルイ少年が自ら手を挙げたのだし、それさえなければクルヴシュラト様を犠牲にすることを聖王陛下は決断していた。
なにが正しいとか、なにがよかったとか、誰が見るかによって変わるものなのだということを僕はこの世界で思い知った。
「……僕から提案があります。アーシャ、いいかな」
その提案の内容は言ってなかったけれど、アーシャもすぐにわかったのだろう、うなずいた。
「僕らはもうひとつの世界から来て、ずっと、戻る方法を探していました。あっちはこちらの世界と同じようにできていて、参謀さんと同じ盟約に苦しんでいる人々もいます。皆さんもいっしょに行きませんか?」
「————」
元帥も参謀も目を瞬かせた。
僕の申し出はあまりに突飛だったからだろう。だけれど、すぐに質問が飛びだした。
盟約はどうなるのか。モンスターは。住んでいる人たちは。食料は——。
わからないことはわからないし、わかるところは丁寧に答えていくと、
「……是非とも、我らも連れて行っていただきたい。このとおりだ」
最後には元帥が腰を深々と折って頭を下げたのだった。




