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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第4章 離界盟約《ワールド・アライアンス》

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 ヒトマネ、とはよく言ったもので僕の【森羅万象】はヒトマネの顔は「皮膚の模様」だとはっきり看破していた。

 月明かりしかなく、しかも絶壁の上に覆い被さるように身を乗り出しているから陰になって見えづらい。それでも、見える情報から「ヒトマネ」は「爬虫類」だという結論が導き出されていた。

 ただ地球の爬虫類とは明らかに違うのが、「皮膚の模様」であるはずの「口」は「捕食可能」ということだった。

 暗くてはっきりとは見えないけれど「目」と「口」との間には「鼻」らしき穴もある。それは——実際のところは「肛門」なのだった。

 つまりヒトマネは、トカゲが逆立ち(・・・・・・・)しているようなモンスターなのだ。


(なぜ、そんなことを……?)


 尻尾は短いのか、切れたのか「頭」のてっぺんにはなくて、後ろ足で獲物を捕まえて「口」に運んでいるのだろう。

 本物の顔は前足とともに地面についているはずだ。

 これほどの巨体を支える首と前足の筋肉はさぞすさまじいんだろうな……と妙なところに感心しつつ、僕はどう行動するべきか迷っていた。

 レフ魔導帝国の上空で、赤い空の亀裂の向こうに見たフォレストイーターは、僕が総毛立つほどに畏怖の対象だった。

 でも、アーシャが全力で倒そうとし、僕がトドメを刺した——その経験が心の強さにつながった。

 今僕は、ヒトマネを見上げていても、恐ろしさを感じるものの動けないほどではなかった。


(戦うという選択肢はない。逃亡一択だ。だけど足は速いのか? いや、僕なんかを追ってくるのか? 食べるなら初夏鳥のほうが多いだろうに——)


 考えを巡らせた時間は1秒にも満たない。

 だけれど——次の瞬間、僕の眼前にはヒトマネの黒い後ろ足が迫っていた。


「!?」


 とっさに【火魔法】で爆発を起こし身体を後ろに吹っ飛ばす。ジャンプしてかわすような余裕はなかった。直後に、ヒトマネの爪が地面をえぐって直径3メートルほどに渡って地面が吹き飛ぶ。


(甘かった! そう言えばコイツ、ぎりぎりまで初夏鳥も接近に気づいていなかったじゃないか! だけど初夏鳥を食べなかった——ということは)


 狙いは僕だ。


「っく」


 地面をえぐった手が振り回される。僕には全然届かないけれどすさまじい突風が吹いて身体が吹き飛ばされる。


(この後ろ足、関節どうなってるんだよ!?)


 空中で【風魔法】を使いながらバランスを取り、一回転して地面に着地する——と、


「マジで」


 絶壁から跳んだヒトマネが、木々を薙ぎ倒しながら僕の10メートルほど先に降り立った。

 大地が揺れて砂埃が舞う。

 肛門の下にある第2の「口」からはダラダラとヨダレが滴っている。

 これは、魔力切れなんて気にせず戦わないとすぐに死ぬ——僕がそう覚悟したときだった。


『……ズヴァ、ア、ず、ずまん』


 耳鳴りのように不愉快な音を伴いながら、重低音が迫ってきた。

 ずまん……すまん、って言ったのか?


星刻語(アース・トーク)を使うのは、ひっ、久々でな……舌が動かぬ』


 唖然とする僕の前で、ヒトマネはゆっくりと身体を回転させ——凸凹とした巨大な頭を、正真正銘の頭をこちらへと向けた。

 瞳は左右、とてつもなく離れた場所にぽつりとついている。左右にばっくりと開いた口はオオサンショウウオを彷彿とさせるけれど、ちろちろとのぞいている6本の舌はやはり爬虫類っぽい。

 いや……爬虫類に舌が6本あるなんてことはないのだけれど。

 そんなことはいいんだ。

 僕は——混乱して、口が動かない。

 しゃべったのか? モンスターが?


『小さき者……勇敢な小さき者。聞こえるか?』


 僕はこくこくとうなずく。すると満足げにちろちろと舌が動いてから、ヒトマネはつぶらな瞳を瞬いた。


『大ヤギが死に、世界はしばらく荒れる』


 どきりとした。大ヤギ、とは絶対にフォレストイーターのことだろう。


『大ヤギは知っているか?』


「……はい」


 どきどきする。ヒトマネはフォレストイーターとつながりがあるのだろうか? あるとすればいきなり怒り狂うこともあるのか?


『大ヤギはなぜ死んだか、知っているか?』


 僕は——いつでも逃げ出せるよう算段しながら、それでもこの巨大種相手にウソを吐くことはしなかった。


「はい……僕が殺しました」


 いずれにせよ相手は巨大で僕は小さい。であれば、心の強さでまでも負けたくはなかったのだ。ウソを吐かないことが、ヒトマネの前で僕が胸を張るための手段だった。


『小さき者が……?』


 ざわり、と空気が震えたような気がした。台風が来る前の生温かく、心を不穏にさせるあの空気が周囲に流れ出したような気がした。


『……ウソではないようだ』


 しかしその空気はスゥッと引いていく。


「怒らないのですか」


『怒りという感情は、とうになくなった。だが久しぶりに心がざわついた……我にもまだ、生き物らしいところがある』


「あなたたちは……何者なのですか」


 神聖古代から棲息するらしい8つの巨大種。

 彼らが言語を解するとは知らなかった。いや、そもそもすべてが謎に包まれている。

 8種というけれどそれですべてなのかどうかもわからない。


『我らはこの世界の均衡を保つために生まれた……言わば柱よ』


「柱……?」


『女神が分断した2つの世界。この世界は、幻想鬼人(ヴィジョン・オーガ)に託され、彼奴らは我らを生み出した』


「ヴィジョン・オーガ」


 知らない単語ばかりが出てきて、僕の頭はますます混乱する。


『知らぬか? 知っておろう、あの黒い、霧のような鬼よ』


「——調停者のことですか」


『ああ……古き盟約にはそう書かれておる。そうか……お前は、それゆえにその天賦珠玉を手にしたか』


 僕は握りっぱなしだった天賦珠玉を見る。

離界盟約ワールド・アライアンス】——いったいこれは、なんなのだろうか。


『幻想鬼人を信じるな……盟約に関わるのならばなおさらだ』


「僕には、あまりにもわからないことが多すぎます」


『なればその天賦珠玉を使うがいい。できるのだろう? お前ならば……器を2つ持ちし子ならば』


「……僕のことが、わかるのですか」


『わかるとも……かつてこの世界にもおったからな。その強大な力ゆえに、最後には「災厄」などと呼ばれ、忌まれ、殺されたと聞く』


 僕は胸に錐でも突き込まれたような気持ちになった。

「災厄の子」……それは確かに存在し、「災厄」を生み、殺されたのだ。

 つまるところ過去にそういうことがあったから、僕もまた殺されようとしたことがあるのだ。


「その人たちは——」


『使うがいい』


「……え?」


『まずはその天賦珠玉を使うのだ。さらばお前の知りたきことがいくつか判明するであろう……我はもう行く』


 ずるり、と後退するようにヒトマネは去ろうとする。


『幻想鬼人に気をつけよ。ヤツらはなにか企んでおる……そのせいで我も、理由なきイラ立ちを覚えこんな場所にまで来てしまった。我は戻る……カニオンへ……』


「あ、あのっ」


 声を掛けたがなにを言っていいのかわからなかった。

 ヒトマネは調停者になにか……精神的な操作を受けたのか? それでこんな場所までやってきたと?

 であればフォレストイーターも同様に?

 なんのために?


(ああああああっ、わからないなあ、もう……)


 ずずずと音を立てながら絶壁をよじ登ったヒトマネは、去っていった。

 後には僕と——妖しく七色に輝く天賦珠玉だけが残されたのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「キャァァアアアッシゃベッタァアアアアーーーッ!?」
[良い点] 物語が今! 動き出す!
[一言] お前しゃべれるんかい!
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