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深緑色の体毛は短く、筋肉が浮かび上がっている。アスリートのような四肢ながら、ライオン顔は異様にデカくてアンバランスだ。
(ロックマッシャーだ!)
潜んでいる野獣について、プンタさんはいくつかの可能性を教えてくれていた。
森の野獣はダークエルフも狩っているので知識量は相当なものだ。
群れてはいるが危険は少ない「小動物」。
危険はあるが群れない「単独モンスター」。
危険がありさらに群れる「要警戒種」。
緑の体毛にデカイ顔。顎が最大の武器であり「岩すら砕いて食べる」ことからロックマッシャーと呼ばれる——。
もちろん、「要警戒種」だ。
「ウォール、ダークネスボール!」
僕は2種類の魔法をとっさに展開する。
眼前に現れた土壁へとロックマッシャーは突っ込んでいくが、所詮、土ではその勢いを殺しきることはない。
だけれどそこに放り込んだのが闇の塊だ。
顔を闇に覆われて短い時間ながら視覚を奪うことができる。
『ギャウッ!』
「あ、鼻があった!?」
そもそも視覚に頼らず嗅覚で突っ込んできたロックマッシャーに【闇魔法】はあまり意味がない。
「ピアース!」
突き出した右手から放たれたのは錐のように尖った岩石だ。
全体を細くすることで質量を少なくし、魔力の消費量と発動までの時間を短縮している。
魔法を使用するのに言葉は必要ないのだけれど、焦って違う魔法を撃たないようにわざわざ声に出している。気分だ。
『ギャン!?』
飛来した岩石は自動小銃のようにロックマッシャーの顔面に襲いかかるが、その、ケンカの翌日に腫れて膨れ上がったような顔に当たっては岩石は弾かれてしまう。
どうやら腫れているように見えるそこは、筋肉と骨のようだ。
それでも目や鼻、口の中に撃ち込まれるのはイヤなのだろう、首を振ってたじろぐ。
(よし、今のうちに——)
僕が天賦珠玉に手を伸ばしたときだ、
『ギュルルルルルルッ』
横から初夏鳥が突っ込んできてロックマッシャーを蹴り飛ばし、周囲に炎と突風が起きる。
こうなると霧もまた飛ばされてしまう。
「卵置き場」には10体を超えるロックマッシャーがやってきており、ヤツらは卵を割っては顔を突っ込んでがぶがぶと中身を呑んでいた。
(ああ……この腐臭は、そうか)
僕からは見えていなかったけれど、ロックマッシャーがやってくる方角は卵が何日も前から荒らされていたようで、割れて、腐り始めていたのだ。
漂っていた腐臭はそれが原因だ。
(今は天賦珠玉)
初夏鳥はヒトマネに食われたりロックマッシャーに狙われたりと災難続きだろうけれど、それは知ったことじゃない。
僕は天賦珠玉の入っていた卵の殻へと手を伸ばすが、
「!?」
すでにそこに天賦珠玉はなかった。突風に煽られたからか、コロコロと5メートル先を転がっている。
その先にいたのは別のロックマッシャーだ。
『?』
ロックマッシャーは天賦珠玉を前足で弾くと、それは奥の森へと飛んでいく。
(あぁぁぁぁあああああ! もう!)
幸運なことには天賦珠玉は光っているのでどこにあるか一目瞭然だということだ。
不幸なことには初夏鳥が次々と降下を始めてロックマッシャーと戦闘を始めている。
熱風と炎が乱舞し、ロックマッシャーが初夏鳥に噛みつこうとし、逆に蹴り飛ばされたりしている。
卵がいくつか割れ、割れるたびに初夏鳥の怒りのボルテージは上がっていく。
(チャンス)
僕は身を低くして【疾走術】を使い天賦珠玉へと向かっていく——と、
「ああああああああ!?」
初夏鳥が現れて天賦珠玉を足でつかむ。
マズイ、空に飛んで行かれたら見つけるのが困難になる。
『ヴィイイイ!?』
横から飛び掛かったロックマッシャーが初夏鳥を組み伏してその喉笛に噛みつくと、すぐにも初夏鳥は絶命した。
危なかった……と安堵するのもつかの間、
『?』
天賦珠玉に気がついたロックマッシャーは前足でそれを弾き、
「いい加減にしろォッ!!」
【火魔法】の爆発で加速をした僕はロケットのように飛び出してロックマッシャーの顔に蹴りをくれた。かかとがめり込んでロックマッシャーの鼻をつぶし、巨体を大きくのけぞらせて後ろに倒す。
「ハァ、ハァ、あのね、これがどれだけ大切かわかって——」
天賦珠玉をようやく拾い上げた僕は、
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
初夏鳥やロックマッシャーたちが戦闘を一瞬止め、僕を凝視しているのに気づいた。
やっべぇ、完璧にバレた。
「……えー、僕の仕事は終わったので、あとはお好きなように争っていただいて……」
『ギャアオウッ!』
『ピルルルルル!』
ロックマッシャーと初夏鳥が一斉に僕目がけて襲いかかってきた。
「なんでだよぉっ!?」
僕は走って逃げるが、このままアーシャたちのところへ行けば大混乱だ。
なるべく森を奥へ奥へと走っていく。
吠えながら背後から迫ってくるロックマッシャーには【花魔法】を使ってツタの妨害をし、正面と左右から飛んでくる初夏鳥には【風魔法】で上昇気流を起こせばかわしやすい。
「ていうかなんでそんなにいいコンビネーションなのかな!?」
かわしかわし走って逃げたものの、それは長く続かなかった。
僕の目の前には巨大な絶壁が迫っていたのだ。
「げっ」
どうする。
コイツらの望みはなんだ? まさか天賦珠玉ってことはないよね?
絶壁の上は高台になっているのだろうか。高さは50メートルくらいあるので、【火魔法】を連発して飛んでいけば骨の数本は折れて火傷もひどいだろうけれどなんとか登れそうだ。やりたくないけど。大体、飛んでる最中に初夏鳥に食われそうだし。
かといって——左右を見回しても絶壁が続くだけだ。
逃げ回るしかないか?
絶壁を背にし、僕は立ち止まる。
森からはロックマッシャーが包み込むように迫ってくるのを感じ、上空には初夏鳥が旋回している。
(大きな魔法をぶっ放して、アーシャに来てもらうか……)
あまりやりたくはなかったけれど、それがいちばんよさそうだ。
解決手段が「大量殺戮」というのは……ちょっとスマートではないけれど、そう言っていられる場合でもない。
僕ひとりでもやれないことはないと思う。でも魔力切れになるとその後がキツイ。
「……さて、と、いちばん目立つ魔法を撃つかなぁ」
じり、じり、と迫ってくるロックマッシャーを見ながら僕が魔力を練っていると、
「え?」
ぴたり、と止まったロックマッシャーが今度は、じり、じり、と後退していき、最後はくるりと背を向けて逃げ出したのだ。
「…………?」
これは、なんだろう。僕が魔法をぶっ放すことが気配でわかって、逃げたんだろうか?
初夏鳥はどうかな——と思って上空を見上げて、僕は気がついた。
なぜロックマッシャーが逃げたのか。
そして初夏鳥もまたいなくなっている理由に。
絶壁の上には顔があった。
にゅっと、身を乗り出して、こちらを見下ろしている顔だ。
その顔は「ロックマッシャーの顔はデカイ」なんて言っていたのが冗談に聞こえるほどに大きく——つまりは家1つぶんくらいはあって、黒々としていて、目と口だけがぽっかり空いていた。
そこにいたのは8つの巨大種の1つ、ヒトマネだったのだ。




