61
僕らが次に起こした行動は、地底都市に送る当面の食料としてヤギを解体したことだった。ダークエルフたちは筋肉自慢の猛者ぞろいなので、彼らは巨大な肉塊を両肩に担ぐ。
「すまねェ……アンタたちだって、今はこんなことやってる場合じゃねェだろうに」
「困ったときはお互い様ダ」
百人長がしきりに頭を下げるのを、ノックさんは止めた。
「それよりも胸を張れ。仲間が不安がるぞ」
「……あァ、そうだな」
そうして地底人たちは去っていく。
去り際に百人長はなにかもの言いたげにニッキさんを見ていたけれど、彼女は料理の仕方について男衆に講釈を垂れているところだったのでそちらには気づかなかったようだ。
ノックさんを始め、10人ほどのダークエルフが肉を運ぶことになった。
これだけの肉では焼け石に水だろうけれど、それでも「肉がある」とわかれば運搬を申し出る地底人は多く出るはずだ。そうしたら何往復でもできる。
「これほどの巨大種でも、人が食えばそう日は保たないのダな……」
族長が感慨深げにつぶやいていた。
ちなみに初夏鳥の肉はフォレストイーターより美味しいので、そちらはしっかり保存食として仕込み、フォレストイーターは大盤振る舞いするということだった。
たくましい。
「……えっと、それで我はどうするんだぬ?」
「僕らは初夏鳥の『卵置き場』に向かいます」
ダークエルフ集落の惨状を見ると、僕もなにか手伝えることはある。
だけどダークエルフはすでに「ハイエルフ様についていく」と宣言しており、集落は捨てていく心構えはできていた。
だから、僕がやるべきは1日でも早く「表の世界」に戻る方法を見つけること。
それにはやはり【離界盟約】の天賦は確認するべきだと思うのだ。
「私も今度はついていきますからねっ」
「は、はい……」
アーシャも「卵置き場」に行く気満々だ。
意識が戻って以降、僕の半径1メートルから離れようとしないのでトイレのときにほとほと困った。そしてなぜか、僕の首の辺りをちらちら見ては、両手で「これくらいでしょうか……」と首の太さを確認している。なんなんだろう……聞くのが怖い。
「レ、レイジさん、自分も連れて行ってくれませんか!」
するとプンタさんが声を上げた。プンタさんの傷はさほどなかったのだけれど、体力の消耗が著しかった。正直「卵置き場」までの道のりでも厳しそうだ。
「……どうしても、ですか?」
僕が問うと、プンタさんはしっかりとうなずいた。
僕がいない間に起きた出来事については聞いている。彼は独断で「卵置き場」に向かい、百人長率いる地底人部隊と遭遇した。
行くな、と言われた場所に行ったのだ。それは、死と隣り合わせのこの世界で、絶対にやってはいけないことだ。
どこに天賦珠玉を隠したのかを忘れるという失敗を、取り戻そうとして、また失敗した。
今ついていきたいと言うことは同じことを繰り返そうとしていると見られても仕方がない。
現に族長は口を出したくて仕方がなさそうにムズムズしている。口を出さないのは、アーシャが僕に話をさせようとしているからでしかない。族長はきっとプンタさんを止める。
でも、
「わかりました。では行きましょう」
「っ! いいの!?」
「はい」
失敗する可能性を思えばプンタさんを連れて行かないほうがいいに決まっている。大体もう、プンタさんの知識は必要ないはずだからだ。
でも……僕はプンタさんと最初に会ったときのことを思い出したのだ。
部屋の片隅にじっとしている。
マッチョばかりのこの集落で、唯一ぷにぷにの身体を持つ。
「ん? なんだぬ、レイジ、こっちを見て?」
それは竜人都市にいたキミドリゴルンさんと同じだ。
キミドリゴルンさんの研究はまったく役に立たないと思われたけれど、それでも彼は都市のために魔術を学び、浴場を作ることで貢献しようと決心した。
しかも「ゆで卵判別」の研究は役に立ちそう、というオマケまでついている。
プンタさんは——きっと肉体のことで劣等感を持っていた。だけれど初めて、なにか役に立てるかもしれないと思い、そして手を挙げたのだ。その思いをむげにすることなんてできない。
「では、行きましょう」
僕らはダークエルフ集落を出発した。
「卵置き場」に近づくにつれ、不穏な空気が漂っていた。
「……います。上空に。群れてないのは珍しいですよ」
初夏鳥が数羽、ぱらぱらと飛んでいるのだ。常に群れを作るはずの初夏鳥が1羽きりで飛んでいることもあるので、やはり異常事態だと言える。
「そもそも地底人の話では、ヒトマネが食べていたということなんですが……初夏鳥の天敵なんでしょうか?」
僕が疑問をぶつけると、プンタさんは、
「わかりません。巨大種がこちらに来ることはほとんどないので。来ても遠目に見えるくらいで、その日はみんな集落でじっとしています。翌日には影も形も見えなくなりました。どうしてヒトマネと、フォレストイーターの2体が同時にこんなところまで来ていたのか……」
「ヒトマネはいなくなったんでしょうか」
「食べるものがないと判断したのならいなくなってもおかしくありませんね。フォレストイーターは草木も食べますが、ヒトマネは肉食だけのようです」
「ふむ……?」
やっぱり変だよな。
たとえ初夏鳥が好物で、地底人が地底都市周辺まで群れを連れていってしまったからヒトマネが食べたのだとしても、そもそも、かなりの近距離にまでヒトマネが来ていなければ初夏鳥を目撃することもないわけだ。
フォレストイーターもだ。おそらく初夏鳥が目印になったのだろうけれど、ふだんは「未開の地カニオン」にいる2体がこんなに南下しているのか。
(……作為的なものを感じるけど、わからないな……)
なにかを見落としているのだろうか?
真実を知るためのカードはすでに出そろっているのに、僕はまだ真実に気づけていないような——そんな気がする。
あ〜、こういうとき、スィリーズ伯爵くらい頭がよかったら「謎はすべて解けた」って言えたのかもしれないのに。
ないものねだりはよくないけどね。【森羅万象】であらゆる内容を記憶できるだけでもよしとしないと。
「そろそろ『卵置き場』です」
プンタさんは息切れしていたけれど、なんとかここまでついてきた。
背の高い下草も生えているので見通しは悪いけれど、乳白色の卵がずらりと並んでいるのが見えた。
だけど、
「……いますね」
「はい……上空にわんさと」
木々の切れ間から「卵置き場」上空に初夏鳥が群れを成しているのが見えた。
さらによくないことには、天賦で鋭敏になった僕の鼻は野獣のニオイを感知していることだ。卵を狙っていると見て間違いないだろう。
アーシャの魔法をぶっ放して鳥を散らせば野獣が来る。
かといってのこのこ卵に近づいたら初夏鳥が僕らを狙う。
さあ、どうする……。




