60
敵対している間柄ではあったが、ボロボロの地底人を見て戦いを挑むダークエルフたちではなかった。
ダークエルフたちは亡くなった仲間たちの弔いに出かけ、やってきた地底人に対応したのは僕とノックさん、それに地底人の百人長だった。一応居場所がないからとキミドリゴルンさんもついてきている。
「ありゃァ……フォレストイーターか!? アンタら、倒したのかよ!?」
地底人のひとりが驚くと、ノックさんが自慢げに、
「我らが崇拝する指導者が倒したのダ」
と胸を張った。
彼らはアーシャの極大魔法が炸裂したところまでは確認し、その後は魔法に吹き飛ばされて見ていない。まあ、僕がしゃしゃり出てもあまり意味がないのでそのままにしている。
「そんなことより、お前らどうしたんだ。まさか……初夏鳥の群れがそっちへ行って被害が?」
「百人長、聞いてくだせェ。確かに鳥公は来ましたが、ほとんど喰われちまったンです」
彼らが言うにはヒトマネという巨大トカゲが出現し、初夏鳥を食っていたらしい。
それからサルメという女傑が戦いを挑んだが、ヒトマネを倒すことはできなかった。
サルメ……確か、調停者を呼び出した人だ。そんな人が自ら戦ったのか? まるで戦えるような感じではなかったけれど。
いや、それより……。
「サ、サルメ様が……!?」
それを聞いた途端、百人長はその場に膝から崩れ落ちた。
「あの方が……地底都市をなによりも大事にしてくださった方が、死んだ……」
「百人長、しっかりしてくだせェ……。問題はこっからなんです」
「これ以上の問題があるってェのかよ」
「…………」
地底人たちは顔を見合わせてから、
「ヒトマネは地底都市に突っ込んできたんです。山が崩れ、都市内の天井も崩落し、元帥閣下は全市民の撤退を命じました」
「元帥が……!? バカな! あそこを失っちゃァ、俺たちは生きていけねェだろ!」
「生き埋めになるよりゃマシなんですよ!」
地底人のひとりが吠えるように言ったあと、肩を震わせる。
「ランプが切れて真っ暗闇で……天井が崩落してくるのは恐怖でしたよ……。元帥閣下が決断してくださったおかげで、兵士たちが誘導しながら外へ逃がすことができました……」
「……そう、だったのか」
「まとまっていることはできねェので、3つの集団に分かれました。ですが、食料は1日2日で尽きやす。なんとしてでも地底都市に戻って食料は取ってこねェと」
「ヒトマネは?」
「山の周辺にいるようです。だもんで、地理に明るく勇敢な人が必要ってことで……元帥閣下は百人長をなんとしてでも連れてきてくれと」
「俺を?」
「『サルメ様の思いをいちばん深く知っている百人長が、今は必要だ』と、必ず伝えてくれと言われまして」
「————」
ぽかん、とした百人長だったが、複雑そうな顔で、
「……そうか、元帥はあの方と俺のことを知ったのか……」
とつぶやいた。
「百人長」
地底人たちに詰め寄られ、百人長は腕組みしてしばらく悩んでから、
「なァ……あんたノックって言ったっけな」
「そうダ」
すると百人長は地面に手をつくと額をこすりつけた。
「こんなこと頼める義理じゃねェッてことはわかってる! だが、頼む、力を貸してくれねェか!? 地底種族が絶滅しちまう!」
これには仲間たちもぎょっとしたようだったが、次々に百人長にならって土下座を始めた。
「…………」
ノックさんはどうしていいかわからない、という視線をこちらに向けてきた。
ね? 困るよね? いきなり土下座されても。
「——プンタに聞いたぞ。おまえは、プンタが制止するのも構わず初夏鳥の卵を割り、鳥に襲撃されるや我らがダークエルフ集落にそれをなすりつけようとしたのダそうだな」
やってきたのは族長だった。向こうのほうで、泥だらけのプンタさんがこちらを見ている。
はっとして顔をあげた百人長は、何事かを口にしかけ、一度口を引き結んでから、
「そのとおり……です……」
絞り出すように言った。
「我らにこれほどの被害を与えておいて、よくもまあ、手を貸せなどと言えるな?」
「……はい。だけどッ」
百人長はもう一度額を地面にこすりつける。
「虫のいい頼み事だとはわかってる……俺の命ならッ! どうしてくれても構わねェッ! 八つ裂きにしても、どんなひどい殺され方をしてもッ……! だから、お願いだ、ほんの少しでいい、手を……お願いだ、手を貸してくれェ……」
ぶるぶると震えながら頼み込む百人長に、族長は——ニヤリと笑った。
「顔を上げよ。お前は地底人の中では多少なりとも立場があるのダろう? 仲間も困惑しているぞ」
「しかし……」
「手は貸す」
「——えっ!?」
予想外の族長の言葉に、百人長が驚いて身体を起こす。
「プンタから聞いた。お前は、置いていけばいいというのにプンタを叱咤激励し、ここまで連れてきたのダと。卵が割れたことは決定的ダが、プンタが『卵置き場』に入った時点で初夏鳥にマークされていた可能性もある……。お前は、プンタの恩人でもある」
「そ、それは……別に……」
「なにか駆け引きを考えてのことではなかったのダろうな。ニッキを救ったこともダ。人は、極限の状態でその本性が現れる。その点で、お前は完全なる悪人ではない」
「…………」
「それにこれは、私個人の決定ではない。我らが崇拝するハイエルフ様のご指示ダ」
え、アナスタシアの——と思っていると、
「レイジさん!」
いつ目覚めたのか、アーシャが走ってきて僕の顔を両手でがしっとつかむ。
「ああ、ああ、本物です、本物のレイジさんです……!」
「い、いひゃいれふ」
「もっ、申し訳ありません!」
手を離しながら真っ赤になったアーシャは血色がよくなっている。魔力も戻ってきているようだ。
「……えっと、アーシャ。いいの? 地底人を助けるというのは」
僕がたずねると、アーシャはうなずいた。
「はい。我らエルフ種は地底人の方々に協力をします。その代わり——交換条件がひとつ」
口を開いたアーシャは、ほんの少しの時間でだいぶ変わったようだった。
交換条件、と聞いた地底人たちが固まる。
「……これまでの遺恨をすべて水に流し、互いの存在を尊重し、協力し、生きていくこと。守れますか?」
14歳の少女とは思えない威厳を感じ、僕ですら鳥肌が立つ。
百人長を始め、地底人たちは目尻に涙を浮かべ、頭を垂れる。
「守ります。必ずそのお約束、守り抜きますッ!!」
こうしてダークエルフと地底人は、恒久的に互いの種族を敬い、助け合うという盟約を結んだのだった。




