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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第4章 離界盟約《ワールド・アライアンス》

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     ★  ダークエルフ 集落  ★




 どうして森喰い山羊(フォレストイーター)が現れたのか、誰も知らない。

 ダークエルフたちも「巨大種は未開の地カニオンにいる」という認識で、そこに近づかなければ、こんな、歩く天災のようなモンスターに触れる必要もなく平穏無事に暮らしてこられたのだ。


 その姿は。

 集落を構える大樹よりも大きく。

 足を踏み出せば大地が揺れ。

 (あぎと)を閉じれば草原が消え。

 走ろうものなら森が消え。

 鳴けば嵐となり。

 吠えれば雷が落ちた。


 接近は小山が歩いてくるがごとくであり、遠目にもわかっていた。真っ直ぐにダークエルフの集落を目指していた。


(終わり)


 アナスタシアはぼんやりとそう思った。

 初夏鳥のようにがんばって倒したり、死力を尽くしたいなどと思う気持ちはまったく湧かなかった。

 地面を揺らしながら迫り来るその存在は、この集落の終末を告げていた。

 ノックだけでなく、他の部隊も大急ぎで帰ってきたのは、彼らもまたフォレストイーターを発見したからだった。

 だが腕利きの戦士たちも、筋肉をいじめぬいて腕や胸をふくらませることに執心している彼らであっても、誰しもが「戦う」などということは考えていなかった。


 ——終わりダ。


 と、そう顔に書いてあった。



《ぉああああぉぉぉあああああああああええええええええええええ》



 フォレストイーターは怒っていた。

 いや、怒っているとしか見えなかった。たとえば台風を表現するのに「にこやか」とは言わず「荒れ狂う」「怒り」などと言うのと同じく、フォレストイーターが現れ、吠え、雷鳴が轟くと「怒った」としか言いようがなかった。

 吠えた余波が、数キロ離れたアナスタシアのところまで届いて、彼女たちは突風に吹き飛ばされて転んだ。

 夜空に叢雲が現れて、ぴかりぴかりと雷光を放つ。

 あれはやはり天災なのだ。


(終わり……)


 アナスタシアは心にそうつぶやきかけ、


(……ほんとうに、終わりなの?)


 小さな、疑問が湧いた。


「ノック」


 一方、族長は集落で最も信頼できる長身の戦士を呼んだ。


「お前は、ハイエルフ様を連れて逃げるのダ。我らはここで、1秒でも長く時間を——」


 言いかけた族長を手で制したのは、アナスタシアだった。


「……族長、皆様。あきらめるのは、まだ早いです」

「しかし、あれは……」

「倒せないかもしれません。多くの犠牲が出るかもしれません。ですが……追い払うことができる可能性があります。……私の魔法なら」

「!」


 決意を込めてアナスタシアは言った。


(終わらせない。終わらせたくない)


 ここで逃げるのは簡単だ。ちりぢりになって逃げれば数人は生き延びるかもしれない。

 でもそれは「終わり」と同じではないか。

 バラバラになった数人が生き延びたところでダークエルフの種族を存続できるかと言えば、不可能だろう。

 ならば——ここで。


「皆様、お覚悟を」


 自分を信じてくれた人たちとともに戦いたい。


「持てる力のすべてをもって、フォレストイーターと戦います」


 初夏鳥の残した炎がダークエルフたちを照らし出す。

 その中心に立ったアナスタシアは、誰がなんと言おうと「エルフを率いる者」だった——。




     ★  地底都市 ウルメ総本家  ★




 ウルメ総本家の一室に通された元帥は、そこに地底都市を動かす「都市評議会」の評議会員、全部で10人のうち、9人と出会う。

 9人のうち1人は元帥の父で、欠員である1人はサルメだ。


「……なぜ、評議会の皆さんが……」

「まずは座ってくれ、元帥殿」


 評議会員のひとりに言われ、元帥は座った。すると元帥の父が、


「……これまでお前に話していなかったのは、サルメ殿が『自分の責任においてなんとかしたい』とおっしゃっていたからだ」

「父上?」


 父とちゃんと話すのは数週間ぶりだった——自分も、父も、公務で忙しかった。

 だがこんなにも父は老いていただろうか? 白髪は薄くなり、シワは深く、身体は縮んでいる。テーブルに載せられた手指は細く枯れ枝のようだった。


「我ら種族の代表であるウルメ総本家には『盟約』が課されておった」

「……盟約?」


 父は盟約について語った。

 それは種族の長に引き継がれる、種族に刻まれた呪いのようなもの。

 権利とともに義務を与えられる。


「権利とはすなわち、調停者と自由に会うことができること」


 元帥はハッとする。

 スーメリアをさらった少年が侵入してきたとき、サルメは調停者なる者を召喚していた。


「調停者とはなんなのですか、父上」

「この世界を管理し、維持する存在だと聞いておる……。サルメ様は、調停者から義務の履行を迫られていた」

「義務?」

「我ら種族の、『貴顕の血』を差し出せということだった」


 言葉のわからなさに、元帥は目を瞬いた。


「種族の純粋なる血が必要なのだそうだ。それがどういうものなのか、わからぬ。過去にその義務が果たされたのは何百年も前だという……記録が残っておらず、どうしていいのかわからなかった」

「……調停者とやらはなにを言ってきたので?」

「ただ『貴顕の血』を差し出せとしか言わなんだ。だから、サルメ様は苦しんだ。サルメ様の血ではダメだというので子どもを欲したのだが、それもうまくいかなかった」

「ま、まさか、若い男を侍らせていたのは……」


 父は渋い顔でうなずいた。


「子を成すためよ。協力に応じてくれた者も事情はわかっておるが、彼らにも秘密を守らせた。サルメ様はしかし、調停者の存在や義務の失敗が露見して都市の皆を心配させたくないからと、単に男遊びをしているふうを装いたいと仰った」


 唖然として、元帥は言葉を失った。

 男遊びに狂い、酒を飲み、贅沢を楽しんでいると思っていたサルメは、自分の知らないところで種族存続のために戦っていたというのか——。

 サルメにとって不幸だったのは、ストレスを紛らわすために飲酒をしていたことで、過度の飲酒がもたらす害について知らなかったことだろう。


「——ならば、なおさらサルメ様を止めなければ」


 それほど地底都市のことを考えていてくれた人ならば、死なせるわけにはいかない。

 なぜ父を始め評議会員たちはこんなところでボサッとしているのかと元帥は焦燥感に駆られた。


「サルメ様は、巨大種の出現が、義務の不履行による反動だと考えている」

「……あのヒトマネが? だから、倒さなければならないということですか? だとしても! それをサルメ様ひとりに任せるなんていうのはおかしいでしょう!」


 元帥は、ドンッ、と拳をテーブルに叩きつける。


「落ち着け! バカ者が。アレを倒す、いや、せめて追い返せる可能性を持っているのは星6つの天賦だけだ。ゆえにサルメ様は持っていた天賦をすべて【オーブ着脱】で抜き、【身体強化★★】に付け替えた」

「そんなことはわかっています! 私たちが足手まといだから行くなとおっしゃるのですか!?」

「それもある。だが、サルメ様が望まなかったというのが理由だ」

「サルメ様が? ——まさか」


 元帥は父の言葉の先を予測できた。できてしまった。


「サルメ様は……死ぬつもり、なのですか」


 父はうなずいた。


「……死ぬことで、種族の長であることが他の者に移るであろうとサルメ様はお考えだ。そこで義務が、一度なくなるのではないかと。あるいは他の者が長になれば、『貴顕の血』がその者でよいということになるかもしれぬ。いや、せめて若い者がいる家系に移れば、子を成す時間を稼げる。……今の、袋小路のような状況を打破するためには、サルメ様が死ぬしかなかったのだ。それほどに義務は重く、義務を果たさなければ我らの生きる道はないとサルメ様は考えた」


 父が言葉を吐ききると、室内には毒でも充満したかのように元帥には感じられた。

 様々なことが頭の中をぐるぐると回る。

 なにが正しかったのか。

 どうすればよかったのか。


「始まりました!」


 そこへ兵士が飛び込んで来た。


「ヒトマネ相手にサルメ様の戦闘が始まりました!」


 元帥はバネ仕掛けのように立ち上がると、走り出した。


「どこへ行く!? 待て!」


 父の制止を無視して飛び出した。

 狭い廊下を走り、階段を駈け下り、外へと向かう。

 どこへ行くのか——決まっている。

 戦闘を見届けなければならない。


「ただひとり巨大な宿命に抗い続けた女の、最後の戦いを見ないで、なにが『元帥』だ……!」


 元帥は外へと通じる細く暗い通路を走る。

 なにも知らなかった。

 誰も教えてくれなかった——なんて言ってはいけない。

 自分は最初からサルメを軽蔑し、彼女をちゃんと見てこなかった。

 彼女のイラ立ちをきちんと受け止めなかった。

 飛行船の調査で警邏隊がやられたときに、サルメが激怒したのも——彼女は「わけのわからない理不尽な悪」の存在を知っており、知らぬものに手を出すことで仲間が傷つくことを恐れたからだ。


「私は地底都市に『新たな時代』を到来させたいと、ただそれだけしか考えていなかった……」


 なにも知らなかった。

 知らなかった、では許されない立場だというのに。


「——元帥!」


 鉄扉の向こう、複数の兵士とともに参謀がいる。

 仲間が呼んでいる。

 元帥は暗い通路を抜け、外へと飛び出した。


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― 新着の感想 ―
偽悪的に振る舞うならば、誰にも言わず、知られず、最後まで貫いて欲しかった。それにいくら大志があったとしても、やってたことが悪辣過ぎる。尊厳を折り、人格を否定し、憂さ晴らしに暴力を振るっていた。今更、実…
実はいい人でしたみたいに言われてもなあ 展開ぶっ飛びすぎててピンチ感が伝わってこない ここまで主人公負けなしだしいざって時に仲間来るやろ
[良い点] 予想が出来ない展開は楽しいです
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