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1日分更新、ミスりました。土日は話数管理が甘くなる……。
★ 地底都市 作戦本部 ★
百人長が帰らない——作戦に遅れはつきものだったが、この状況でそんなことが起きるとさすがの元帥も動揺を隠せない。
消灯時刻を過ぎた地底都市の作戦本部で、戸外で物音がするたびにハッとして顔を上げる。いつもなら一房だけ垂れていた前髪は今日はバラバラだった。
「……元帥、落ち着いてくださいよ。百人長のチームだけが戻らないのは確かに心配っすけど、その可能性もあるってことは想定済みだったじゃないっすか」
参謀が言うと、不安そうな顔ながら設計士もまたうなずいた。
「そう……だな」
明日、いよいよウルメ総本家のサルメを討つ。長年、彼女の独裁に苦しめられてきたがいよいよその歴史に終止符を打つ。
作戦は完璧。設計士と参謀が、サルメを絶対に逃さない内容を検討してくれた。
問題は調停者とかいう化け物だが——それは【狂乱王剣舞★★★★★★】が解決する。
スーメリアの肉体に起きたトラブルを思えば、この天賦珠玉を使わずに済むのがベストなのだけれど、想定外のことがあれば躊躇せずに使うしかない——。
百人長が。
予定では、そうなっていた。元帥自身が使うと最初は言ったのだが、部下たちは、サルメ亡き後に地底都市を率いる元帥の記憶がぼろぼろになってはたまらないと反対したのだ。
なので、天賦珠玉は元帥が保持し、使うのは百人長と決まった。
百人長には計画の詳細を話していない。軍属として、サルメ派の人間とも多く顔を合わせる彼は、「動揺が顔に出たらマズイから、計画は決行直前に全部教えて欲しい」と言っていた。
そのせいかもしれない、他の偵察部隊が戻っているのに百人長のところだけ戻っていないのは——まだまだ作戦決行に余裕があると思っているのであれば、帰りは急がないだろう。
(だが、決行は明日だ……)
もっと万全を期して動きたかったが、待てば待つほど天賦珠玉を隠しきれなくなる。サルメは強権を発動して全地底都市民の家宅を調査するだろう。
明日は、今日より多くの部隊が地底都市を出て外で活動するのでタイミングとしてはベストなのだ。
「……ん、なんだ」
どこか遠くで物音が聞こえたようだった。爆発のような、土砂崩れのような音。
この音ばかりは元帥の聞き間違いではなかったようで参謀たちも聞いていた。
急いで現場へ向かうと、そこはふだん使わない地底都市への出入り口だった。元帥たちが到着するころにはすでに出入り口ほど近い兵士たちが集まって、魔導ランプの光を点している。
「なにがあった!」
「こ、これは元帥。早いお着きですね」
驚いた兵士たちが敬礼すると、そこにいたのは——全身傷だらけの兵士だった。
彼が百人長の部隊メンバーだということを元帥は知っている。
「おいッ! その姿はどうした!?」
「そ、それが……」
息も絶え絶えという体で兵士は話した。
初夏鳥という鳥に襲われたことを。
ちりぢりになって帰還したが、自分以外の隊員全員が死んだことを。
自分ひとりが残ったのだが初夏鳥はそれでも攻撃を止めず、執拗に食らいついてきたことを。
「そんな化け物のような鳥が……!? 百人長はどうしたのだ!」
「た、隊長は、初夏鳥を引き連れ、ダークエルフの集落に誘導すると……」
「!? あのバカッ……!」
百人長の行動が読めた。
数百年、外敵からの侵入を受けてこなかった地底都市にとって、天敵らしい天敵はいなかった。
しかし、最近見つかり出した天賦珠玉。それを争う相手であるダークエルフ。
彼らが地底都市を見つけようと考えたら、どうなるか。
知恵のないモンスターならまだしも、ダークエルフは地底都市にとって天敵となり得るのだ。
であればモンスターの群れを突っ込ませ、被害を出せば地底都市は安泰——。
(百人長、お前は、地底都市の今後まで見据えているのか……!?)
クーデターが成功して元帥がトップに立ったとしても、ダークエルフという敵がいれば地底都市そのものが長続きしない。
であれば、百人長の部隊に降りかかった災難を、そのままダークエルフにぶつけ、自分を犠牲にしてでも地底都市が無事である方法を選んだのかもしれない。
そのとき、ドンッ、ドンッ、と遠くで音がした。外で初夏鳥が暴れているのだろう。
「見てくる。彼の治療を」
「げ、元帥!? 危険でしょう!」
「敵を見なけりゃ、作戦も立てられないっすよ——そういうことっすね、元帥?」
心配する兵士たちとは別に、参謀は当然のことを言った。
設計士は残し、元帥は参謀と、3人の兵士がついてきたのでふだん使われていない細い通路を上っていく。
カビたようなニオイが立ちこめる通路の先には、錆びた鉄扉がある。めったなことでは使わない非常用の通路なのだが、鉄扉まで至ったところで元帥は異変に気づいた。
暑い。
ムッとするような熱が籠もっている。
遠く上空から鳥の鳴き声が聞こえている——こんな夜に、今まで聞いたことのないような声だ。
「お前たち、開けられるか?」
「ハッ」
兵士たちは鉄扉に向かい、かけ声とともに扉を開いた——。
「————」
森が燃えていた。
真昼のような明るさは炎によるものだ。
外から熱風と火の粉が吹き込んできて、兵士たちが顔を覆った。
「これが……初夏鳥のやったことか……?」
相当の広範囲に渡って火事となっている。
ふらり、と足が前に出そうになったところへ、
「元帥、危険っすよ!」
参謀が制止の声を上げたが元帥は止まらなかった。
(なぜだ)
疑問があったのだ。
(これほどまでに炎をまき散らした初夏鳥。さぞかし大群がいるのだろうと思ったが……どこにもいない)
上空では相変わらず鳴き声が聞こえるが、それだけで、このあたりに降りてきて火を放っているような個体がいないのだ。
確認するしかない——。
元帥は鉄扉から外に出て、空を見上げた。
炎の原となっている山の斜面で、元帥はそれを見た。
「な、な、な……」
初夏鳥は、なるほど、炎を纏った鳥だ。
遠目にも大きさがわかるほどで、あんなものが群れとなって襲ってきたらいくら手練れの百人長チームでもひとたまりもない。
だが、
「あれは、なんだ」
集まった初夏鳥は群れを崩して飛んで逃げようとしている。
だが——その鳥を捕らえては喰っている、雲を突くような巨人がいたのだ。
見た瞬間、震えた。
あんなものと関わってはいけないと本能が知らせる。
「……あれは、ヒトマネよォ。あんなんでも、中身はトカゲの仲間って話よ」
元帥にそう言ったのは——彼の背後にいたのは。
元帥にとっての不倶戴天の仇敵、ウルメ総本家のサルメだった。




