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限界超えの天賦《スキル》は、転生者にしか扱えない ー オーバーリミット・スキルホルダー  作者: 三上康明
第4章 離界盟約《ワールド・アライアンス》

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 わからなくなったということはないでしょう、ほら、なにか印をつけているとか——僕も粘ったのだけれど、プンタさんはやはりわからないようだった。

 なぜかと言えば、以前来たときと卵の並び方が変わっているらしい。

 初夏鳥が入れ替えたか、あるいは新しい卵を産み落としたせいでわからないようだ。

 試しに全部割って確かめる——ということも一瞬頭をよぎったのだけれど、


「ぜぜぜぜ絶対ダメです! あの鳥の群れは大型モンスターが避けて逃げるほど凶悪なんですよ!」


 とプンタさんが真っ青になったので止めておいた。


「プンタの言うことなど聞くから……無駄足ダったようダな。無用な危険がなかっただけ、我々にとっては幸運ダったが」


 夕暮れどきに戻った僕らを待っていたのは、ノックさんの呆れたような一言。

 でも、アーシャはほっとして喜んでくれたのでよしとしよう。


(どの卵に入っているか、わからない……【森羅万象】は僕の見たもの、触った感触、嗅いだニオイの情報から判断している。だから僕が感じ取れないものはわからない)


 夕食後、僕は考えていた。

 アーシャは族長に引き留められて、集められたダークエルフたちにハイエルフがどんな生活をしてきたのかを話してもらうようせがまれ、話している。

 ちなみに今日5回目らしい。


「泊めていただく恩義もありますし……」


 と律儀に演説をしているアーシャは偉い。


(なにか方法はないかなぁ……卵を割らずに中を確認するような方法が。X線か。超音波という手もある……機械もないのに「手もある」じゃないよ、まったく)


 ダークエルフの木の枝に座って、足をぶらぶらさせながら考えていた。

 なにか方法があるような気がしていたけれど……こう、ここね、喉まで出かかっているのにその先が出てこないんだよね……なんだっけなあ、もう。


「レイジさん、ここにいたんですね。……ってなんですか、その格好は」


 僕が足だけで枝にぶら下がり、いわゆる「コウモリ」をやっていると下の枝にアーシャがやってきた。

 ひらりとそこに降りたって、


「終わったんですか?」

「はい。……あちらの生活のことを話しているだけなのですが、皆さん熱心に聞いてくださって。あまり特別なことも話せないのですが……」

「アーシャの生活が、どういうものだったのか、僕だって気になりますよ。だからダークエルフの彼らはもっと喜びますね」

「き、気になりますか、レイジさんも?」

「ええ」

「そ、そうですか……たいしたお話ではないのですが。やっぱり皆さんはハイエルフの歌に興味があるようでしたわ」


 それはきっと「魔唱歌(チャント)」のことだろう。

 アーシャが歌ったとき——僕は飛行船を不時着させるのに魔力を使いきった結果、気を失っていて夢うつつで聞いていたのだけれど、魔力を載せて歌うそれは、とてつもない力を発揮する。


「レイジさんのお話はしてくれないのですか?」

「僕……ですか?」

「はい」


 夜は長く、僕は卵探しの名案を思いついていない。

 アーシャと話をするにはいい夜かもしれなかった。

 僕らは枝に腰を下ろしていろいろな話をした。僕は転生したことこそ話さなかったけれど、クルヴァーン聖王国で護衛として経験したことを面白おかしく話した。

 夜空には敷き詰められたように星が瞬いていて、木々の枝によって切り取られていても少しも明るさを減じることはなかった。


「あ……」


 僕はそのときふと、遠くの夜空に青色の光を放ち羽ばたく姿を見つけた。


「どうしました、レイジさん」

「晩夏鳥……」


 その青い鳥は2羽並んで、まるで手をつなぐように近い距離で飛んでいる。

 ダークエルフの集落の、かなりそばまでやってくると旋回して遠くへ去っていった。

 夜でも輝く青い光は幻想的で、光を()いて僕のまぶたにはその軌跡が残った。


「……美しい鳥ですね」


 感動したようにつぶやいたアーシャに、僕は初夏鳥と晩夏鳥について話をした。


「素敵なお話です。一生、ひとりの相手に添い遂げる……願ってもなかなか叶えられないことでしょうね……」

「……比翼連理、という言葉を思い出しました」

「それは?」


 僕は日本で、選択授業で漢文を取っていた。

 漢文の授業は不人気で、そんなものを選んでいるのは学年で2人だけという有様だった。

 白居易の書いた「長恨歌」の一節にある。


 天にありては願わくは比翼の鳥となり

 地にありては願わくは連理の枝とならん


「『比翼の鳥』というのは、目と翼が1つずつしかないオスとメスの鳥で、常にくっついていないといけないという意味です。もちろん、空想上の鳥ですね。一方の『連理の枝』は、根は違っても伸びていく過程で絡み合い、くっついていく枝のことを意味しています」

「まあ……愛の歌ですか」

「それに近いかもしれませんね」


 仲睦まじい男女のたとえで「比翼連理」という言葉になったが、実際には「長恨歌」は離ればなれになったふたりの「悲しみ」の歌だ。


「素敵な言葉ですね」


 それを言うのは、野暮というものだろうけれど。


(……そっか)


 僕は、どうしてマイナーな「漢文」なんて授業を選んだのか、今になって気がついた。

 こつこつと勉強していた僕は、クラス委員を押しつけられたりして一方では「報われない」仕事もせざるを得なかった。自分のことにクラスメイトを巻き込んでいくほど要領がよくなんてなかった。

「漢文」は——ほとんど見向きもされない、でも、こつこつと研究している人がいる、そんな学問に見えたのだ。


(あのときはただ勉強だと思ってやっていたけど、まさか異世界に来て「比翼連理」なんて言葉を思い出すなんて……)


 僕が思いに耽っていると、


「……そういうものに、憧れてしまいます。でも私の歩みでは、きっと追いついていけない」


 ぽつりと、アーシャが言った。


「アーシャ?」

「……レイジさんは、どうして……そこまでの力をお持ちなのに、他の人を助け、大事を成そうとするのでしょうか」

「え?」

「大望がおありなのですか? 国を興したり、武芸百般を極めたり、魔導の道を進んだり……あなたなら、そのどれもが、いえ、そのすべてができてしまいそうな気がします」

「そんな……」


 そんなつもりは全然なかった。


「私の足では——」


 言いかけたアーシャは、口を閉ざした。


「……ごめんなさい、変なことを聞いてしまいましたね」


 それから僕らはなんとなく気まずい空気のまま夜空を眺めていた。

 先日のことと言い、アーシャはきっとなにかを我慢している。

 僕には想像もできない多くのことを彼女は抱え込んでいる。

 王族、なんていう重たい出自なんだものな……。


「僕は、一歩一歩進んでいるだけなんです」


 なにを言っても彼女の満足する答えにはならないかもしれないけれど、なにも言わないのは不誠実な気がした。


「目の前にあることで手一杯で、大抵はいっぱいいっぱいなんです。アーシャから見たら、魔法ができたり、なんかすごそうに見えるかもしれませんけれど……このすべては毎日毎日練習して、自分のものにしてきただけなんですよ」

「毎日毎日……練習を? レイジさんが?」

「はい。どんなに長い旅路もすべては一歩ずつで構成されていますからね。確実に歩いていくことしか、僕にはできません」


 僕の本音だった。

 問題集に取りかかって、1つずつ空欄を埋めていくと、最後のページに到達する。

 そのときの達成感が、僕は好きだった。

 そんなことくらいしか、楽しめることもなかったのだと言えるけど。


「そう……なのですね」

「そうなんです」

「私も、一歩一歩進めるでしょうか……」


 アーシャが僕にたずねる。

 ハイエルフの王族で、これだけの美貌を持ち、すさまじい魔力を持っていても——そういうことで悩むのだなと僕は変なところで感心した。


「もちろんですよ」


 だから、笑ってうなずいた。誰だって少しずつ進んでいくことができる。今ごろキミドリゴルンさんだって魔術の研究を……。


「あ」


 そのとき——天啓のように閃いた。

 卵。カラッポの卵と、中身のある卵。死んでる卵と、生きてる卵。

 見分ける方法。


「あーっ!」


 あるじゃないか。卵を区別する、魔道具が。

 竜人都市に。

 僕は、キミドリゴルンさんの顔と「ゆで卵判別機」のことを思い出したのだった。


正解は、


ア)竜人都市


でした。

キミドリゴルンさんのゆで卵判別機、ようやく日の目を見ます。

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― 新着の感想 ―
ダンジョンの壁を見たときは魔力の流れが見えていたのに卵では見えない?
ゆで卵判別器はただのギャグじゃなくてこのための伏線だったとは!壮大!
[良い点] キミドリゴルンさんの訳の分からない研究フラグ回収(笑)
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