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さらにまた落下者が続出しそうなので、小屋は完全に閉めきられた。松明の明かりだけでは薄暗いので僕が【光魔法】で明かりを点すと、
「ふうむ……地底人の君は、天賦を持っているのダね?」
と族長に聞かれる。
「そうですね。あと地底人ではないです」
「確かに。肌が黄色いようだ」
「……実は」
肌の黄色さは何度言われたかわからないけれど、もういい加減スルーして、僕はこれまでの経緯を説明した。
こちらの世界ではエルフやハイエルフは絶滅していたらしく、だからこそ「もうひとつの世界」という言葉はすんなりと受け入れられた。
「アーシャを見て、どうしてエルフではなくハイエルフだとわかったのですか?」
「見ればわかる」
「あの、だから……」
「どう見てもハイエルフ様ダ」
……この人たちも会話できない系かなぁ。竜人、地底人、ダークエルフと、なんかコミュニケーションがうまくない種族ばかりだ。
「では質問を変えますが、ハイエルフになぜ土下座を?」
この質問にはきちんと答えが返ってきた。
何百何千年もの昔から、エルフは様々な種族に分かれていた。
一般的な森の民であるエルフ。
夜間の行動を得意とし、身体的に恵まれたダークエルフ。
木と調和し、その生涯を樹上で終えるウッドエルフ。
逆に土と調和するフラワーエルフ。
精霊化したフェアリィ。
そしてすべてのエルフを統べるハイエルフ。
「ハイエルフ様の下、森を守り暮らしていたエルフたちは外敵の侵略にも負けなかった。しかし時が過ぎると他の種族がどんどん滅び、モンスターの侵攻が激しくなったのダ。形勢が悪くなると疑心暗鬼になる。森の中でも種族間の対立が深まり……我らダークエルフはモンスターを退けるべしと打って出ることを主張し、反対され、結果、我らだけで決行した」
「種族単独で、モンスター討伐を?」
「うむ。その時代には8頭の巨大種と呼ばれるモンスターがおってな、そのうちの一角が接近しており、それを倒したのダ。しかし被害は大きく、ダークエルフの数は大きく減った……そしてなにより長い戦いを経てエルフの森に戻ってみると、守り手が薄くなった森はモンスターの侵攻によって滅んでおった」
僕の横で、アーシャが息を呑んだ。
種族のために戦う道を選んだのに、戦っている間に種族が滅ぼされたなんて……。
「ハイエルフ様は森を捨て、退くことを最後まで提案されていたと聞いておる。そうして新天地を探すべきダと。しかし我らの祖先はどれほど対立したとしても、エルフたちの住む森を捨てたくなかった。そこに、団結していたころの過去を夢見ていたのダろうな……」
族長は改めて、両手を床について頭を下げた。その額もまた床につけられてあった。
「ハイエルフ様。我らにとってあなた様は神聖不可侵。今度こそ間違えませぬ。我らダークエルフを、なにとぞ、なにとぞ、導いてくださいませんか」
アーシャには考える時間が必要で、そしてダークエルフたちにはハイエルフに慣れて、木から落ちないための慣れる時間が必要だった。
僕とアーシャは族長の家に残らせてもらい、扉だけは薄く開かれていた。そこからダークエルフがのぞき込んでは「ここっこここ」と言って崩れ落ち、次のダークエルフが来ては「ここっ」とやるを繰り返している。メチャクチャ忙しない。
「……どうしましょう、レイジさん」
アーシャも僕も扉の外が気にはなったけれど、とりあえず気にしても始まらないので無視することに決めた。
「僕もこんなことになるとは完全に予想外だったので、困惑しています。彼らはアーシャを神だと思っているようですね」
「神なんて……困ります」
「そうでしょうね」
見知らぬ人間に「ここで会ったが百年目」と斬り掛かられても困るが、「あなたこそ我らの王」と傅かれてもやっぱり困る。
「もし仮に僕らが『表の世界』に戻る方法を見つけたら、彼らはついてきたがるでしょうね……」
「どうしましょう」
「まあ、ついてきてもらったらいいんじゃないですか?」
「そんな簡単なことでは……」
「いえ、存外、簡単なことではありませんか?」
僕らは「表の世界」へ戻る方法を探していた。そして見つけたらレフ人のみんなといっしょに戻ろうと思っていた。
そうすれば「表の世界」も「裏の世界」も前の状態に戻る、と。
「ダークエルフも、地底人も、竜人も、全部連れて『表の世界』に行けばいいんです。この世界に留まれば、いつ滅びてもおかしくないんですから」
僕の提案を聞いて、アーシャが目を瞬かせている。
「でも……」
言いかけ、口を閉ざす。考えがまとまらないようだ。
「アーシャが責任を取ることではありませんよ。地底人や竜人たちは僕らの提案を聞いて、断るかもしれない。それはそれでいいんです。ダークエルフがついてきたいと言ったら、それだって彼らの責任です。——ノックさん」
僕が声を掛けると、薄く開かれた扉の向こうにヌッとノックさんの目が出てきた。
「呼んダか」
「あなたたちはアーシャ——ここにいるハイエルフのアナスタシアに、ついていきたいのでしょう?」
「無論のこと。願わくば、我らの命を捧げたい」
重いなぁ……そこまで聞きたかったわけじゃないんだけどなぁ。アーシャが身を固くしてるし。
「でもその願いっていうのは、あなたたちの希望であって、アーシャに強制するものではないんですよね?」
「無論のこと。我らは勝手にハイエルフ様を崇拝し、ハイエルフ様のためになるように行動したい」
「アーシャが『もうひとつの世界』に渡ったとしても?」
「無論のこと。……というかお前は、ハイエルフ様の御名を呼び捨てにしているよな? 何様ダ?」
今度はこっちに絡んできた。扱いが面倒すぎる。
「……アーシャ、とりあえず今はラ=フィーツァの足跡を探そう。その間にゆっくり考えればいい」
「は、はい……そうですね」
アーシャは立ち上がり、扉を開いた。
「私はアナスタシア。ハイエルフの王族です。私を慕うのは、か、構いません。しかしこちらの——レイジさんに無礼は許しません」
アーシャが出てきて目を剥いた彼らだったが、次に僕をぎょろりと見た。
「ハイエルフ様。レイジという黄色い地底人は、何者なのですか」
「レイジさんは……わ、私の、大切な人です!」
アーシャが声を張り上げると、樹上には静けさが舞い降り、チチチと鳴く鳥の声だけが聞こえた。
ボッ、ボッ、とアーシャの周囲で火の玉が小さく爆ぜた。
「……ええと、言い間違いがあったようです。というわけで、僕はアーシャを大切に守る人です。つまり護衛です。よろしいですか?」
言葉を補ってあげると、ダークエルフたちが「ああ、なるほど」「そういうことか」と納得したようにうなずいた。
だけどアーシャだけが濁った目で死んだような顔をしていた。
んん? どうしてだ?




