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「お、お、起きて外に出たら、こ、こんな高いところだったので……お、お、驚いてしまって……」
僕の救助はなんとか間に合ってアーシャを助け出すと、寝床で借りていた小屋で彼女は四つん這いになって肩で大きく息をした。
どうやら昨晩ここに来たときには僕に背負われてうつらうつらしていたし、真っ暗だったのでどこにいたのか覚えていなかったらしい。
しばらく寝かせておいてあげようなんていう親切心が裏目に出てしまった。
「無事ダったのならよかったな。そっちの子も、いっしょに朝飯を食ってしま——」
後ろからやってきたノックさんがぽかん、とした。
アーシャは寝ていたので外套も脱いでいるしフードも外してある。つまりはこっちの世界にやってきたときの、キュロットスカートにロングブーツという姿だ。
だけどノックさんが見ていたのは彼女の顔。
種族。
「ハ、ハハ、ハ、ハイエルフ……」
人差し指でアーシャを指しながらその長躯は震え、
「ハイエルフェアェアアアアアアアア!」
筋肉で固められた全身を使って叫ぶと、僕とアーシャの髪は逆立ち、小屋の屋根と寝床に使われていた枝と枯れ葉が吹っ飛んだ。
耳がキーンとしたけど、僕は動いていた。
剣を手にし、右手に魔法をいつでも撃てるようにし、アーシャを隠すように立ちはだかる。
やっぱり、なにかあるかもしれないと思ったんだ。
ダークエルフとエルフは当然近縁種のはず。
この世界の歴史は知らないけれど、過去に接点や、いざこざがあってもなにひとつおかしくはない。
(飛び降りられるか? アーシャを抱いて?)
セーフティーネットのように張り巡らせてあるロープを見やる。いちばん下のロープは高さ10メートルほどで、あそこに降りて、落下の勢いを殺せば【風魔法】や【火魔法】の併用で無傷で行けるはず——と僕がそこまで計算したときだ。
「ハハァッ!!」
驚愕から解けたノックさんは、その長い身体を折っていきなり——土下座した。
「ここここっここここここっこここ」
鶏かな?
「こここのような場所へハイエルフの方がいらっしゃるとは思わず、ここここっこここここ」
やっぱり鶏かな?
「こここれまでの非礼をお許しいただきたく」
ノックさんが土下座しているのは枝の上だ。いかに太い枝で住民たちが踏みしめた場所だと言ってもせいぜい横幅は40センチ程度の枝だ。
土下座なんてしたものだからバランスが崩れ、
「これより我らが族長を連れて参り、いえ、族長邸宅のほうが立派でございますので」
すーっ、と身体は横倒しになり、
「是非ともそちらにお越しいただきたく、伏して、伏してお願いいたしますァゥァァアアアアア!?」
「ノックさん!?」
そのまま落ちていった。
ジャンプ前のカエルみたいなポーズから、車に轢かれたあとのカエルみたいなポーズになって落ちていく。
あっ、僕が目星をつけていたいちばん下のロープに引っかかった。
ロープはたわんで、そのままぐるんと身体をひっくり返すとノックさんは地面へと墜落した。
砂埃が舞い上がる。
少しだけ遅れて、メシャッ、という音が聞こえた。
「し、死んだ……?」
僕とアーシャが恐る恐る小屋から顔を出してみると、
「いったいなにが起きたんダい!?」
食堂のお姉さんがやってきた。
「ハイエルフェアァァァアアアアア!?」
そしてアーシャを指差して叫ぶと、すさまじい勢いで土下座をし、
「こここっこここっこっこここ」
鶏の鳴き声を残しながら身体を傾けて落ちていく。
いちばん下のロープに引っかかると、ノックさんの横に落ちて砂埃をメシャッと上げた。
「おいおい、朝からなんの騒ぎダ!」
「客人、なにやらかした?」
「ノックの野郎をどうし——」
3人、ダークエルフがやってくると、
「「「ハイエルファァェァアアァアアアアア!?」」」
そのままの勢いで3人は土下座をし、
「ここっここここっここここ」
「こっここっここっここっこ」
「ここここっここけっこけっ」
おい3人目、鶏混じってる——じゃない。
「ちょっと待って待って! 待ってください! 身体を起こして! 落ちないで!?」
目の前で起きたことの衝撃からようやく僕も頭が正常になってきた。
だけど、少しだけ間に合わなかった。
彼らは土下座したまま落ちていったのである。
その後、僕はアーシャに外套とフードをかぶせてさらに追加されてきたダークエルフ5人を乗り切った。
「事情を説明するので、族長? という人のところへ案内してください! あとノックさんたちを助けて上げてください!」
とお願いした。
族長の住む邸宅は隣の木だったので、渡された2本のロープを使って伝っていく。基本は1本のロープを歩き、もう1本はバランスを崩したときに持つ用だった。
アーシャは「すみません、絶対無理です……」と言ったのでまた僕の背中にしがみついてもらった。
うん……これがノンさんだったりすると背中の感触を役得役得だなんて思えたかもしれないけれど、アーシャはね、そのね、発育が慎ましやかなのでね……。
ともあれ族長の邸宅——ちょっと大きめの小屋へとやってきた。
壁には、壁紙代わりなのか、原色を多めに使って染められた布が張られてあった。一段高いところにイスがあったのだけれど、その手前で地べたに初老のダークエルフが正座していた。初老、とは言ってもすさまじいマッチョだ。正座しているその両足の筋肉がとても窮屈そうだ。
「こちらが客人ダ、族長」
そしてなぜかすでにノックさんがいる。あと厨房のお姉さんと、追加で落ちていった3人のダークエルフも。
全員ホコリまみれだったけれど、外傷はないみたいでホッとする。
「ぶ、無事だったんですか、ノックさん……」
「鍛えているからな」
フッ、と笑って見せたけど、頭の上に枯れ葉が1枚載ってますよ。
「そちらの御方が……口に出すのもはばかられる高貴な御方ダと聞きましたが」
族長が言うので、僕はアーシャのフードをとって見せた。
それを見た彼らは目を見開き、族長の邸宅内は水を打ったような静けさに包まれた。
そして邸宅の外からはメシャッという音が複数聞こえてきた。おい、のぞき見して木から落ちるなよ。




