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紫がかった肌の色に、エルフ同様長い耳。
髪は銀の直毛で、目は琥珀色。
うん、想像していたとおりの種族——ダークエルフだ。
でも、
「デカミミズが暴れとったから、どんな猛者がくるかと思ったのに……なんダ、ちびっこいのう!」
「そうダそうダ。なんだその筋肉は、飯食ってないのか」
想像外だったこともある。
どこか暗さを思わせる端正な面持ちは想像通りだったのだけれど、そのアゴから下。
ラグビー部かよというくらいの太い首。
プロテクターいらずの盛り上がった二の腕。
服など要らないとでも言いたいのかタンクトップのような衣服は胸元を隠しているだけで、シックスパックになった腹筋を見せつけている。
下半身もすごくて、競輪選手のように膨れ上がった大腿部はすさまじい蹴りを繰り出しそうだ。
問題は全員が、そうなのだということである。
(ダークエルフは、マッチョだった……!?)
内心の動悸を抑えながら、僕はアーシャを後ろに隠すようにして守る。
女だとわかると狙われたりと面倒があるかも知れないので、彼女にはフードを目深にかぶるように言ってある。
「ここは……ダークエルフの集落なのですか?」
「集落? なにを言っているんダ。お前たち地底人だってこのあたりを最近はうろついているダろう。……ん?」
光が足りないと思ったのか、リーダーらしき長身の男——2メートルくらいはある——2メートルのマッチョだ——が手に松明を取るとそこに【火魔法】で火を点けた。
天賦だ。
「お前……地底人にしては肌が黄色い。竜人にしては鱗がない。何なのダ?」
「ヒト種族ですよ。ごくごく一般的な——ただしこっちの世界では絶滅したはずの」
「……なにを言ってる?」
「僕らはここに用があるのです。できれば邪魔をしないでいただきたいのですが」
「…………」
ダークエルフたちは目配せし合った。そして一箇所に集まると円になって額を突き合わせる。
「——アイツなに言ってんダ?」
「——わからん。ちょっと頭の痛い子かも」
「——ほっとく?」
「——ほっといたら野垂れ死ぬダろ」
「——でもデカミミズをかいくぐってきたんダろ」
「——とは言っても運がよかっただけかもしれないぞ」
「——んでどうするんダ。話が長引くから、ニンタとケッチが腹筋とスクワットを始めた」
「——こらえ性のねえ野郎ダ」
「——言いながら腿上げしてんじゃないよ」
「——ああ、筋トレしたい」
「——わかる」
「——わかる」
「——わかる」
パッ、と円が崩れて、また2メートルがこっちにやってきた。
「協議の結果、夜も遅いしとりあえずウチに来たらどうかということになった」
「いやなんで!?」
思わずツッコミしちゃったよ。
「協議っていうか筋トレの話題でしたよね、後半!」
「なんダ、聞いていたのか……」
「照れるとこ? 視線逸らして鼻の下をこするとこかなここ?」
「敵対しなければ、別にいい。ついて来い」
それだけ言うとダークエルフたちは石畳を奥へと進んでいく。数人、ジャンピングスクワットしながらついていくんだけど誰もなにも言わない。
「…………」
「……あの、レイジさん」
「ごめん、僕に聞かれてもわからないです」
「ですよね」
暗くてなにもできないのは事実なので、僕らはダークエルフたちの後についていくことにした。
夜明けまでの2時間ほど、仮眠ができた。魔法を使い、肉体も酷使しまくりだったので体力の回復をしたかったので仮眠ができてよかった。
空がうっすら明るくなっている。枝と枯れ葉を敷き詰めただけの寝床で身体を起こすと、うーん、と横の寝床ではアーシャが寝苦しそうにしている。
これまで最高級品のベッドしか使ってこなかったアーシャも、こちらの世界に来てからは野宿を経験している。
それでもまだまだ身体が慣れないのだろう、もう少し寝かせておくことにする。
僕が外へ出ると、そこは樹上30メートルという高さだった。
チィチィチチチとうるさいほどにあちこちで鳥が鳴いている。
ツリーハウスなんていうシャレたものではなく、木材で簡単に組み上げられただけの小屋が、大木に鈴なりになっている。
なんの木かはわからない。樹皮はつるりとしているけれど、触ってみると小さな凸凹がある。枝を歩くにはちょうどいい。
樹齢……どれくらいなのだろう。直径10メートルを超える大木が林立している。その数本を使ってダークエルフたちは暮らしていた。
小屋と小屋の間は十分な距離が取られてあって、トイレは決められた小屋があってそのまま地面に落とす。ダイナミックボットン便所だ。一箇所に集めることで、堆肥を作っているようだ。
命綱なんてものはなく、ロープが蜘蛛の巣のように渡されてあった。足を滑らせても地面に落ちる前にどこかに手を伸ばせ、ということらしい。
朝早くだというのに幾本かの枝ではコウモリのようにぶら下がったダークエルフが腹筋している。筋トレマニアめ、と思うものの、樹上から地面への上り下りを毎日やっていれば筋肉だってついてくるだろう。上り下りは縄ばしご、結び目つきロープのいずれかで、外敵に追われてもロープを回収してしまえば昇ってこられない。
(ダークエルフはこうして集落を守ってきたのか……。地底人とは発想が真逆だな)
高い木から周囲を見ようとしても、同じ高さの木がいくつもあるので遠くまでは見えない。
昨晩、ダークエルフと遭遇した遺跡からは走って30分ほどの距離だ。
「起きたのか? 朝が早いな。そこで顔を洗うといい」
2メートルのダークエルフがトン、トン、と上から降りてきた。見ているこちらは冷や冷やするけれど、彼らの日常なのだろう。
雨水を集める小屋がいくつかあって、そこで水を汲んでは顔を洗う。
「では飯にしよう」
「いいんですか?」
「まあ、君は客人ダからな、今のところ」
「…………」
今のところ、ね。確かにそうだ。
食事は一箇所に集まって食べるらしく、食堂になっている小屋へと僕は向かった。
早朝だからか、中には誰もいない。でも厨房では火を使っているようでもうもうと煙が立ち上っていた。
「早いねえ、ノック! ——あいや、そっちは地底人かい? それにしちゃ顔が黄色いね」
「客人ダ。飯をくれ」
長細い小屋には10席ほどあり、厨房はそのいちばん奥だ。
火を使っているのはダークエルフの女性で、やっぱりマッチョだった。
出てきた料理は、ふかしたイモに豆を煮たスープ、それに肉の塊だった。肉が一番デカい。広辞苑の半分くらいのサイズと言えばいいか、あるいはレンガを2つ重ねたくらい?
「…………」
「どうした。毒など入れておらんぞ——おい! 毒を入れてないダろうな?」
「——失礼なこと言うな!」
オタマが飛んできて2メートルのダークエルフ——ノックさんの頭に当たった。カコン、といい音が鳴った。
「入っていないらしい」
「は、はあ……朝にこの量を食べてるんですか?」
「すまんな、夜はもっと豪勢ダから」
そういう意味ではないです。ていうか夜はもっと食べるのかよ。
僕はノックさんと同じように、スープをイモにかけてそれを食べる。
「!」
途端、燃え上がるような辛さが口いっぱいに広がる。
これは予想外!
そう言えば、こういうスパイシーな料理って転生してからあんまり食べてなかったなあ。
(ああ、ミミノさんの味付けを思い出す……)
「銀の天秤」で移動中にも、ミミノさんは野営飯でいろいろと味付けを工夫してくれたっけ。
スパイスが利いてておいしかったなぁ。
ミミノさん、どうしてるかなぁ……。
「むっ。泣くほどに辛かったか」
「え!?」
あわてて手をやると、目尻に涙が浮かんでいた。
「あ、ち、違います。美味しくて!」
「そうか?」
「はい」
僕がスプーンを使ってガツガツと食べ始めた——ときだった。
悲鳴が聞こえた。
その声の主がアーシャであることに僕はすぐに気がついた。
食堂から飛び出すと、僕らが寝ていた小屋の外、足を滑らせたのだろうアーシャが両手で枝にぶら下がっていた。




