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地底人の警邏ルートを外れ、聖王都クルヴァーニュのあった場所を目指すこと3日、僕とアーシャは長い森を抜けて平原に出た。
だけれどそこは、僕が以前見たとおり、荒れ果てた大地だ。
遠くからの見通しもいいために、僕とアーシャは夜になるのを待った。
「……どうして『表の世界』と、こうも違うのでしょう」
焚き火を見つめながらアーシャが言う。
「言葉は同じですが、世界そのものが違っているように私には感じられます」
「そう……ですね」
長い年月を掛けて様々な変化があったのだろう、としか言えない。
でもそもそも、どうして世界が2つに分かれる、なんてことになったのか。
神はいるのか。
疑問は尽きない。
「言葉だけが同じで、他のものすべてが違うのではないか……そんな気さえします」
「なるほど。では、今日は他にも同じものがあるかどうか確認できるかもしれませんね」
「どういうことですか?」
「僕はクルヴァーニュで『一天祭壇』を見たことがあります。それがこの世界にもあるのなら……と思いまして」
夕陽が沈み、僕はアーシャとともに行動を開始した。
月明かりの下、荒れ地を進む。足場は悪いのでゆっくりと進むしかない。
変わり映えのしない景色を進んでいくと、自分がどこを歩いているのかがわからなくなる。計算では明日の朝にならないくらいに、「一天祭壇」の場所に到着するはずなのだけれど……大きな岩や枯れ木があって見通しが完璧とは言えない。
「ん……」
そのとき僕は、足の裏に震動を感じた。
「! アーシャ、逃げるよ!」
僕はアーシャの身体を横抱きに抱えるとダッシュした。
ドッ——と地面が爆発すると、土くれとともに巨大な何かが地中から飛び出した。
地面が隆起して僕の身体は前へと投げ出されるけれど、【風魔法】を使って空中で体勢を整え、着地に成功する。
振り返ると、そこには巨大なゴカイ、あるいはミミズ、あるいはシャクトリ虫のような管状の生き物がそびえ立っていた。
樹齢数百年という神木もかくやという太さ。
体表は柔らかそうだがイボがびっしりとあり、先端は口だけがあった。
吸い込み、すりつぶすための口なのだろう、歯は丸い石のようで開かれた口にびっしりと並んでいる。
『ピィイイイイイイ!!』
ヨダレをまき散らしながら叫んだその姿に、アーシャが身体を強ばらせ、その視線が危うくなり——、
「アーシャ、今、気を失うのはマズイです」
「——ハッ」
僕が背中をトンと叩くと彼女が目覚めた。
「だ、大丈夫です……ごめんなさい」
「いや、あんなの見たらふつうはそういう反応になりますよ」
ここが砂漠ならサンドワームなんて呼ぶのだろうけれど、あいにく地面は固い大地だ。
言うなれば「土壌食い」と言ったところか。
ソイルワームは自分の身体の使い道をよく理解している。最初の一撃で仕留められないとわかると、身体を傾けて一気に薙ぎ払ってきたのだ。
「【風魔法】」
だけれどそのスピードは今ひとつだ。巨体にまとわりついている気流も利用して、【風魔法】でブーストをかければジャンプしてかわすこともたやすい。
「にっ、逃げたっ、ほうが、よろしいのではありませんか!?」
「はい。そうしたいのですが」
アーシャの指摘は正しい。ソイルワームの身体は長さが決まっている以上、それよりも遠くに逃げれば追ってこられないはずだ。クルヴァーン聖王国で僕が戦ったウロボロスとはワケが違う。
だけど——ことは単純じゃない。
ぼこり、ぼこり、とあちこちの地面で、何者かがうごめく気配があったのだ。
「アーシャ! 掴まって!」
「もう、とっくに!」
「行きます!」
だからと言ってここで1匹仕留めたところで意味はない。
ぶううううううんと振り回されたソイルワームの身体が、1周してまた戻ってくる。
アーシャが僕の首にしがみつき、それを左手で支えると僕の右手はフリーになった。
もう一度ジャンプして直撃をかわしつつ——ミュール辺境伯からもらった短刀をソイルワームに突き立てた。
「いよっ……とーい!」
「きゃああああああああっ!?」
短刀1本でソイルワームに乗っかるとすさまじい遠心力とともに高速で振り回される。
進行方向へと回っていくというところで短刀を抜くと、僕とアーシャは宙に投げ出された。
「きゃあああああああ——」
ぼっ、ぼっ、ぼっ、とアーシャの周囲に火の玉が現れては爆ぜていく。
僕らとともに火の玉が、暗い夜の中で放物線を描いていく。
地面が迫る。僕は【火魔法】で落下の衝撃を緩め、着地、と同時に【風魔法】で身体を前へと進める。
ドッ。
直後に僕が着地したすぐ横の地面からソイルワームが飛び出した。
【身体強化】【跳躍術】【強化魔法】とのコンビネーションで僕の歩幅はすさまじく伸びているのだけれど、着地のたびにドッ、ドッ、ドッ、とソイルワームが飛び出してくる。
なんという地雷原。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
アーシャは着地の衝撃とともに息と声を同時に吐き出すだけの存在になっていた。
だけど地雷原にも終わりは来る。
「ここまで!」
最後の跳躍は大ジャンプだ。
その先にはもう大地がないことがわかっている。
着地と同時に僕が踏みしめたのは——ひび割れているながらも、石畳だった。
遠目にはよく見えなかったけれど岩のように見えたのはがれきで、砂埃によって覆われていたけれどここは整備された道路だった。
風化が進んでいてそうは見えなくなっている。
はるか昔に遺棄された都市なのだ。
だけど、
「……お前たち、何者ダ?」
着地した僕の正面には10人ほどの人影があった。
この世界にいるのは竜人、地底人、そして——。
「あなたたちが、ダークエルフですか」
初めての接触となる種族が、そこにはいた。




