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★ レフ魔導帝国・レッドゲート最前線 ★
騎士団と1万人の騎兵、という援軍はレッドゲート最前線で戦っているレフ魔導帝国民、冒険者たちに大いなる安寧をもたらしたのだが、一方でこれだけ大規模な人員がやってくると大変な騒ぎになる。
なにせ人間だけでなく馬もいるのだ。
移動速度を優先させたために騎兵を運用した結果、最前線基地には収容しきれず、離れた丘にクルヴァーン聖王国軍は布陣することになった。
向かいの丘にはキースグラン連邦の先遣部隊3千人が布陣しており、これから9万7千人が追加されるのだから一帯の草木は馬に食い尽くされるかもしれない。
ちなみに光天騎士王国は1千人の派兵を予定していたが、支援規模が大規模になってくるとたった1千人で済ませるのは「沽券に関わる」ということでクルヴァーン聖王国と同数の1万人に増やすことが決まっていた。
「俺は戦争になんざ出たことがなかったからわからなかったが、こんだけ大規模にやるんだろうなあ……。そりゃ大量に人が死ぬわけだ」
1万を超える軍勢が陣地構築に当たっているのを遠目に眺めながらダンテスが言うと、ルルシャが応えるように、
「しかし、ありがたいことだ。戦力の多さは前線の押し上げに直結する」
「確かになあ。今は日中にぐいぐいモンスターを倒しまくっても、夜には引かなきゃならん。これが攻撃と、前線基地構築とが並行できると攻略は一気に進む」
「…………」
「どうしたんだ? 難しい顔をして」
「……実はな、私にも出動命令が出た」
「ん? アンタがか? アンタ……前線で剣を振り回すのか?」
ダンテスの質問にルルシャは噴き出すように笑う。
「違うさ。私の仕事は迷宮攻略だ」
「なんで迷宮攻略の話が今出るんだよ」
「レッドゲートの出現に『九情の迷宮』が関わっていることは明らかだろう? レイジさんが残してくれた『畏怖の迷宮』の壁画からもうかがえる。だから、我々は迷宮に侵入してレッドゲートをコントロールできないかの調査をするのだ」
「ははぁ……なるほど」
「できれば、『銀の天秤』にも来ていただきたいのだが……」
「そりゃ、構わないさ。なあ?」
同意を求めたのは、後ろから歩いてくる人物が誰なのかわかっていたからだ。
「もちろんだべな!」
ミミノだった。
「レッドゲートがコントロールできるようになれば、レイジくんを捜しにいける」
「ふふ。皆、レイジさんのことをほんとうに思っているのだな」
「レイジくんはダンテスやノンの恩人で、かけがえのない……」
言いかけたミミノだったが、
「仲間? うーん、それだとちょっと足りない気がするべな」
「いいとこ、息子じゃないのか」
「そんなに年は離れてないもん! 姉弟くらいだべな!」
むすっとしてミミノが言い返すとダンテスが笑う。
「ははは、すまんすまん——ん、あっちは会議が終わったようだぞ」
指差したのは飛行船「月下美人」の甲板だった。
皇帝を始め、帝国の偉そうな人たちが群れている中にアバがいる。
その彼らとともに歩いているのが青色の髪が目立つグレンジード公爵、それに驚くほどの美男子であるスィリーズ伯爵だ。
「……なあ、レイジのこと、あそこの伯爵に伝えてやったほうがいいんじゃねえかな」
クルヴァーン聖王国でレイジがどんなことをしてきたのか、ダンテスたちは聞いていた。レイジの口から、伯爵の悪口が出てきたことは一度としてない。
きっと向こうも、レイジのことを聞きたがるのではないか、とダンテスは思ったのだ。
「絶対教えん」
即座にミミノは否定した。
「あんなに可愛くて賢くて健気なレイジくんを追い出したクルヴァーンの人間に、レイジくんのことなんてぜぇったい教えんもんね」
「おいおいミミノ……。レイジはあそこの伯爵のお嬢様のことは、めちゃくちゃ気にかけてたじゃねえか。ウワサじゃお嬢様も連れてきたようだぞ。アイツらもアイツらでレイジのこと気にしてここまで来たんじゃねえのか?」
「ヤダ! ぜぇったい教えん!」
「あのなあ、ミミノ……」
「ヤダ!」
つーん、と腕組みしてそっぽを向いたミミノ。
ダンテスは「お嬢様」というワードを出した瞬間、ミミノの態度がさらに硬化したことに気づいていた。
(あ〜……失言だったな)
レイジが気にかけていたのは伯爵家のお嬢様だ。そのお嬢様についてはレイジもべた褒めだった。
そんなときミミノはむすっとした顔をしていたのだ。
(ミミノからしたら、保護されるだけ保護されておいて、どうしてレイジを守ってやらなかったんだって思いなんだろうなあ、その「お嬢様」に対しても)
ミミノの思いもわかる。
だが、なんたってお嬢様は12歳だ。
12歳にそこまで求めてどうすると思う。言わないが。
(にしても、当のお嬢様が見当たらねえな)
甲板上に、少女の姿はなかった。
★ 月下美人 客室 ★
そのお嬢様はレフ人に案内され、客室へとやってきた。
彼女にも護衛の聖王騎士団の騎士がついてきていたが、彼にはここで待つように言い、ドアをノックしてから室内へと入った。
中にいたのは白衣を着たレフ人だった。初老の医者は、
「おや……ヒト種族の客人とは珍しいね。患者は今し方眠ったところだよ」
と言い残し、次の患者の診察へと向かった。
部屋に残ったのはエヴァと患者のふたりきりだった。
さほど広くはない室内で、ベッドの占める割合は大きい。眠っているのは——エヴァよりも5歳ほど年上の少女だった。
「この方が……今の前線を維持している、特別な天賦を持つ方……ラルクさん」
ふたりの、初めての出会いだった。




