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★ レフ魔導帝国・レッドゲート最前線 ★
今日、どこそこの有名冒険者が現れた。
今日、どこそこの有名冒険者が死んだ。
その情報は同じような頻度で毎日飛び込んで来ては流れていった。
「銀の天秤」のパーティーメンバー3人は、戦闘に出ることもあったが、多くの時間は後方で過ごした。ミミノとノンの能力がサポートに特化しており、ダンテスの筋力も陣地拡張の建築現場では重宝されたから——という理由が表向きのそれ。
実際は、
「で、できた、できましたよ!」
ダンテスが今日も、多くの冒険者のウワサ話を何本も耳にし、それと同じくらいの本数の丸太を担いで帰ってくると、アバの天幕からひょこっと顔を出したムゲが手で招いている。
いそいそと天幕へ入ると、ミミノとノン、それに天幕の持ち主であるアバに、ルルシャもいた。チームレイジが勢揃いである。
このアバの天幕は、彼の身分が高いこともあって広いものが与えられてあり、集まるにはちょうどよかった。最初こそアバは自分の寝床を隅にやられ、大きなテーブルに魔道具を運び込まれると眉をひそめたが、
「すまないな。恩に着る」
とルルシャが言うと、
「チュパ。いつまで使ってくれても構わないさ」
とイイ顔で返事をした。水飴がなくなってなおしゃぶっていた棒はだんだん細くなり、それに従いアバの体型も細くなっていった。今は長楊子をくわえているような見た目だ。
それで、そのアバの天幕でムゲが研究を進めていたのは——。
「この、銀の盆みたいなものが?」
テーブルに載せられてあったのは、25センチくらいの台座と、その上に載せられた平たく丸い、銀製の金属だった。
「はい、耳を澄ませてみてください」
「…………」
顔を近づけると、ウウウウゥ、とかすかな音がした。
「なんだこれは」
「レイジさんに取り付けられた腕輪の発信です」
レイジの生存を確認するために、続けてきた研究がようやく形になった、ということなのだろう。
「この……音が?」
「微弱な波動を増幅しているので、内容まではわかりませんけど、発している情報を受け止めているのは間違いありません」
「昨日まではまったくできそうもない、みたいに言っていなかったか?」
「いえ、いえ、正確には『なにかを受信しているがノイズが多すぎて判別できない』という状況で、増幅器である以上はノイズまで増幅してしまうんです。これは世界を越えたことによる弊害であることは間違いないのですが、こちらから持ち込んだ機器だけを判別するのは難しく——」
「すまん、なにを言っているのかさっぱりわからんから、その辺はいいや」
「——レイジくんといっしょに倒した、巨大蛇の割れた宝玉が役に立ったんだべな」
横からミミノが言った。
それは聖王都クルヴァーニュで、調停者が召喚したウロボロスのことだ。
「あんなものが?」
「うん。魔石を動力に使っていたんだけど、それがノイズを呼び寄せてたみたいでな。宝玉に切り替えたらうまくいってさ。宝玉はあっちの世界のものだろ? だから、向こうのノイズをうまく吸い取ってくれたみたいなんだ」
「ふーん……全然わからん」
「とりあえず、この音が途切れない限りはレイジくんは生きてるってことだべな! 実証実験もしたからほぼ確実だ!」
「そうか」
ダンテスはうなずきながら、にんまりとした。
生きているに違いないとは思っていた。だけれどこうして証明されると、やはり安心する。
「この音がなぁ……」
もう一度耳を近づける。ウウウウゥという音が聞こえてくる。同じようにミミノも、ノンも、耳を近づける——と、
「うお!?」
「わあ!?」
「きゃっ」
いきなり、ワァン、と大きく音が鳴ったので3人がのけぞった。
「な、なんだ?」
「おお、どうやらレイジさんがビックリしたか、なにかしたようですね」
「…………」
するとノンが、
「なんだか、のぞき見をしているようですね……」
と、まっとうなことを言った。
結局この「レイジ探知機」は1日1回確認するくらいにして、あとはそっとしておこうということにまとまった。
そんなものをずっとここに置いておくのか……とアバは遠い目をしたが、ここで文句を言うほど野暮な男ではない。
「レイジが生きているということは、アナスタシア殿下もご存命である可能性が高い……そうだな?」
ダンテスが言うと、アバがうなずく。
「だけど、この話はすぐには陛下には届けない。タイミングを見計らいたいのだ」
「そうか。なかなか難しい案件だものな……」
アナスタシアが生きているとわかれば、皇帝は捜索隊を出す可能性がある。それがレイジの救出にもつながると考えたからこそ、この魔道具を作ったのだ。
だが、戦況が悪ければ、捜索どころではないだろう——タイミングを見計らう、というアバの考えはダンテスにも理解できる。
「今日の戦況はどうだった?」
ダンテスがたずねると、ルルシャが答えた。
「内部へはだいぶ入っていけるようになった。だが亀裂ぎりぎりのサイズのモンスターはかなり強力で……例の、『黒の空賊』に頼らざるを得ない状況だ」
「黒い刃を操る、謎の少女か……。『月下美人』を盗んだのもそいつなんだろう。信用できるのか?」
「信用するしかない、というところかな。アバでも会えないほど、接触は限られているのだろう?」
「……うん」
アバはうなずいた。
「彼女の名前も、素性もわからないんだな。ただ、皇帝陛下と、その側近数名、それに医者がよく呼ばれてるみたいで彼らは会ってるだろうねえ」
「医者? 体調でも悪いのか? 持病か?」
「そこもだんまりだ」
アバはくいくいと口元の長楊子を動かした。
その「黒の空賊」とやらはラルクのことなのだが、残念ながらここにいるメンバーとは接点がない。
「負傷者の復帰が遅れていて、明日の討伐は戦線を下げるみたいです」
とノンが言った。彼女は救護施設で働いているので、前線の情報が入ってくる。
「そうなのか? ますます悪い話だな」
「でも、そこまで悪い話ばかりではないみたいだべな。わたしが補給隊から聞いた話だと、明日は大量の物資が届くみたいなんだ」
「援軍か!」
ミミノは笑顔でうなずいた。
「明日はクルヴァーン聖王国から援軍と物資が届くみたいなんだ。しかも、先代聖王が直接率いてくるそうだから、戦線の押し戻しには十分期待できるべな!」
「そりゃあ、すごいな! 先代聖王は槍の達人としても名高いぞ」
いつ止まるともわからない大量のモンスターが空から降ってくるようなこの帝国で、戦い続けるのはさすがにしんどい。
だが、人を集めて一気に討伐できる——そうなればレッドゲートの攻略にも期待が持てる。
「明日は、先代聖王も含めて皇帝陛下が会議をなさる。話の行方次第で、状況は大きく変わると思う」
アバは力強く言った。
アバさんイケメン化計画(ただし爬虫類系)。




