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にらみ合っている時間は10秒に満たなかった。
調停者が地面を蹴って走り出すとえぐれた大地がさらにえぐれた。
「——逃げろォ!」
「——巻き添えになっちまう!」
「——助けてくれェ!」
とうてい軍人とは思えない泣き言をわめきながら逃げていく地底人たち。
悪の親玉女は砂塵の向こうに埋もれていたけれど、それを気にしている余裕は僕にはない。
『シィィィッ!』
目の前にやってきた調停者の右フックを屈んでかわすと、余裕をもっていたはずなのに後ろ髪が風圧で持って行かれそうになる。
続いてやってくる左ストレート——受け止めたら腕の骨は木っ端微塵だろう。
ギィンッ。
辺境伯からもらった短刀で斬り上げると、天銀を混ぜてあるにもかかわらず調停者の左腕を切ることはできず、上へと跳ね上げただけだった。
「じゃあこれは?」
物理攻撃が効かないなら——がら空きになった調停者の胸に手を伸ばすと、【雷魔法】をぶっ放す。
『ガッ、フッ』
電撃が調停者の身体を這って、青白い光を放つ。
制御しきれない電撃の一部が僕の左手を焼き、即座に【回復魔法】で治癒をする。
「——くっ」
即座に僕は背後に跳んだ。
調停者は倒れるどころか、右足でヤクザキックを放ってきたのだ。
いったん距離を取る。
シュウウウと黒炎の代わりに煙が噴いているが、調停者はこちらをにらみつけている。
(強い)
クルヴァーン聖王国で戦ったときよりもずっと強いと感じる。
あのときは聖王、辺境伯とが主体となってボコボコにしていたけれど、これほど機敏に動くことはなく、これほどタフでもなかった。
ルイ少年の身体を乗っ取っていたからなのか、あるいはこちらがホームグラウンドだからなのかはわからないけれど——。
(強さで言えば、やっぱり「竜」クラスだ)
「表の世界」の調停者が竜なのだという。では「裏の世界」の調停者は「調停者」以外の呼び名があるかもしれないけれど、それは僕は知らない。
人型の、不気味な野郎ということしかわからない。
『……なんだ、その程度か』
右手を首に当て、ぐるりと頭を回す調停者。鎧の隙間からは煙がなりを潜めて新たにまた炎が噴き出した。
『その程度の魔法で調停者を倒せると思っていたのなら、滑稽を通り越して哀れ』
「…………」
『動きはヒト種族よりもマシだが、所詮その程度——死ね』
調停者はまたも突っ込んで来る。パンチやキックは単純な軌道でかわすのはたやすい——だけれど、その単純な攻撃こそがいちばん厄介だった。
こちらに息を吐く時間を与えないのだ。
そして逃げ出す隙も見せない。
僕はと言えば、調停者の攻撃をかわしながら——【森羅万象】で分析していた。
(鎧はほぼ天銀でできている。特殊な加工で暗紫色になっている……硬度を飛躍的に上げるための加工だ。噴き出す黒炎はまさに生命力。鎧の向こうに筋肉や骨といった生物の痕跡は確認できない)
竜は、爬虫類に近い生き物だった。
では調停者は?
(こいつは——魔導生命体だ)
方向性としては「畏怖の迷宮」で戦ったジャガーノートのタイプだ。
それよりもはるかに高い知性を備え——命を持っているかのように行動できる。
ジャガーノートのそれとは造りが全然違うけれど、共通点もある。
(体内の核を潰せば、死ぬ)
いったいどのような仕組みで動いているのか。レフ魔導帝国ではジャガーノートみたいなものを「英雄武装」なんて呼ぶのだろうけれど、調停者はさらに上だ。
僕が【森羅万象】で見てもどこまで理解できるか。
人智を越えたという点では、星9つ以上の天賦珠玉と同じかもしれない。
(でも何者かが作ったものであることには違いない)
調停者の蹴りをかわし、【風魔法】を使って距離を取ると——あっという間にまた接近してきてパンチを放ってくる。
『お前の攻撃は通じない。逃げるだけ逃げるがいい。こちらには一切の疲労はないのだからな』
「そんなヒントを与えていいのか?」
『災厄の子とて、ピンからキリまでいる。お前は非力なほうだったようだ』
「ああ、そう——」
僕は調停者の攻撃をかいくぐって、全身のバネと【補助魔法】による補正をかけた回し蹴りを放った。
調停者の腹に見事に決まった蹴りは、ヤツを吹っ飛ばし、がれきの山に突っ込んで砂煙が立った。
「——それは、見くびられたもんだなあ」
『……おかしいぞ、お前。いくつの天賦を持っている?』
がれきを放り投げて立ち上がった調停者は、やはりこの程度では傷ひとつついていない。
あの装甲を打ち破るには、こちらにも天銀の武器が必要だ——まあ、無理ってことだ。
「さっさと来い。僕を排除するんじゃなかったのか? それとも、天賦を100個も200個も持っていたら尻尾をまいて逃げるのか?」
『…………』
我ながら安い挑発だった。
だけれど、調停者には効いた——こいつはほんとうに魔導生命体なのだろうか? ふつうの生き物にしか感じられないけれど。
『死ね!!』
がれきを蹴って跳躍した調停者が、空から降ってくる。
それは自身の装甲を頼りにした行動だ。絶対に破られるはずがないと信じ切っているのだろう。
(戦闘能力は高くとも……)
僕は右手を掲げた。
こんなチャンス、逃すはずがない。
放ったのは——【火魔法】だ。
僕が学習した中で最も高いレベルの魔法、【火魔法★★★★】。
純粋な熱量だけを持った炎が湧き起こり、巨大な業火となって調停者を包み込む。
『バカめ、魔法は通じないと言った』
調停者は炎をかいくぐって迫る。
(……知性は低い)
僕は、にやりと笑った。




