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★ 地底都市国軍本部 ★
元帥がテーブルに広げられた地図を見やると、そこには詳細な周辺地図が広がっていた。レイジが見れば、「クルヴァーン聖王国、光天騎士王国、レフ魔導帝国まで含んだ地図だ」と驚いたことだろう——それほどまでに精密だった。
地底人の特技として、太陽に当たらず地底に住み続けても問題ない体質もさることながら、直感的に地形を把握し、大地の特性を理解できる「感覚」もあった。
彼らは、大型モンスターによって刻々と変化させられる地形を把握し、それを種族の存続へと生かしていた。
「ダークエルフとの戦闘は昨日3回、本日は1回っす」
「うまく回避できているのだな」
「うす。出会い頭の事故のような戦闘は確実に減ってますね」
「よし」
ダークエルフとの戦いでは地底人が劣勢を強いられている——それほどまでに彼らは強かったからだ。
そのため地底人は地の利を生かし、なるべく戦わず、戦わざるを得ないときには奇襲を駆使した。
現状のところは一進一退の攻防と言えるだろう。
「お前の考えた作戦が的を射ているということだな、参謀殿?」
「そ、そんな、参謀殿なんて恥ずかしいっすわ〜」
頭をかきながら手をぶんぶんと振ったのは「参謀」職に就いている若い女軍人だった。
彼女は毎夜毎夜酒場でオッサンを相手に謎かけをして「解けたら一発ヤラせてやる、解けなかったら一杯おごれ」と吹っかけ、処女を貫きながら酒をカッ食らっていたという女傑だ。
ウワサを聞きつけた元帥が彼女を直接スカウトしたのだ。
「さ、お次の報告は俺だよなあ?」
短い髪の毛をソフトモヒカンにしている30代半ばという男が言った。
元帥とはいちばん付き合いの長い、百人の兵を預かる「百人長」だ。
「今日発見した天賦珠玉は、なんと、8個だぜ!」
「おお!」
百人長が布袋を広げると、そこには8個の天賦珠玉があった。
【心肺機能強化★】
【笛術★★】
【手先が器用★】
【雷魔法★★】
【握力強化★】
【握力強化★】
【皮革加工★★】
【嗅覚強化★】
なんとも言えないラインナップではあったが、
「すばらしい。魔法もあるではないか」
「かぶっちまってるのもありますけどねえ」
「いやいや、十分だ。お前たちが命を懸けて取ってきたこの天賦珠玉は有意義に使わねばな……」
残念なような、それでもやれることはやったと照れている百人長を励ましながらも元帥は、これらの天賦珠玉を誰に渡すかについて思いを巡らせている。
この百人長は元帥が軍で働き出して最初にできた部下だった。信頼度においてはここにいる中でもピカイチだろう。
「あの星6つの天賦珠玉、アレをサルメに取られたのが痛かったよなあ……」
百人長がぼやくように言った。
「ああ——最初にお前が発見した天賦珠玉か」
「おかげでスーちゃんがぶっ壊れちまったし……あのオークは余計なことしかしねえ」
スーちゃん、と言うのはサルメの遠縁に当たる軍属の少女だった。
スーメリアという。
剣の腕が抜群で、将来的には百人長は間違いないと目されていたが、いかんせん性格がサルメとは徹底的に合わなかった。
一切おべっかを使わず、「サルメのおばさん、ちゃんと痩せなきゃダメだよ。長生きできないよ?」なんて言ったものだからその後10日間はサルメの機嫌は直らず、葡萄酒の在庫が急速に減った。
「アレは……確か、【狂乱王剣舞★★★★★★】と言ったか」
「ああ、そうそう、そんな名前でしたよねえ……。スーちゃんはアレで人が変わっちまった」
「……ひょっとしたらサルメは、知っていたのかもしれない。星の多い天賦珠玉は、人の手に余る力は、人を狂わせると……」
予感でしかなかったが、元帥にはそう思えてならなかった。
天賦珠玉は、つい最近になって多く見つけることができるようになったものの、それまでは貴重品だった。サルメは「【美肌】【美髪】という天賦珠玉を探してきなさいよォ!」と怒鳴り散らしていたくらいだ。
それが——百人長の発見した星6つの天賦珠玉。
まとまって発見できる場所を見つけたきっかけにもなったのだが、百人長の口の軽い部下が秘密を漏らして【狂乱王剣舞】の存在はサルメの知ることとなった。
貴重品、なおかつ星6つという代物だったのに、サルメはすぐさまスーメリアに与えてしまったのだ。
「確かにそうかもしんねえっすね。スーちゃん……ダークエルフを殺すのもためらいなくなっちまったし、模擬戦でも何人も殺しかけたけど表情ひとつ変えなくなっちまったもんな……」
「ああ。だが終わったことを嘆いていても仕方はない。スーメリアを救う手立てはあるかもしれない。天賦珠玉を抜き出すような天賦もあるというじゃないか」
天賦に関する知識は、地底都市にも伝わっているが、貴重品になってからが長く断片的な知識しかなかった。【オーブ破壊】、【オーブ着脱】のようなスキルについてはどのようなものなのか、ほとんど知られていない。
「我らにできることは、ダークエルフの目をかいくぐり、天賦珠玉をかき集めることだ。ひとつでも多く」
ぐっ、と元帥が拳を握りしめる——と。
「……元帥。でもこんなの、いつかはあのオークにバレるっすよ」
ひとりがぽつりと言った。
彼は警邏隊のルートを設計するチームのメンバーで、実質的な業務をすべてひとりでこなしている——警邏隊の中では「なにをするにもネガティブで、陰気な野郎」と思われていたが、そのうちに秘めたる熱い思いに気づいた元帥は、仲間内に引き込んだ。
ゆくゆくは警邏隊だけでなく国軍全体の行軍設計を任せたいと思っている——「設計士」である。
そんな彼は、根が悲観的なのは変わっていない。しかしそれは徹底的な現実主義に裏打ちされた悲観である。
設計士の彼の言葉を元帥は否定せず、むしろ噛みしめるようにうなずく。
「そのとおりだ。我ら軍属とて一枚岩ではないし、突然身体能力の上がった者が現れればいぶかしむ者も出るだろう。そして、サルメへ密告する者が現れる」
「では、どうするつもりっすか?」
「……まずは我らが強くならねばならん。いつ何時、天賦珠玉の独占が明るみに出てサルメが我らを糾弾しようとも、それを跳ね返すだけの武力があればいい」
「まさか——」
元帥は眉ひとつ動かさずに言った。
「戦力が十分になれば、サルメを追い落とし、我らが地底都市をコントロールする」
静かな言葉だった。しかし力強い——クーデター宣言だった。
聞いた3人は黙っていた。張り詰めた空気を感じ、興奮していたのか、あるいは恐れを抱いていたのか。
「……そう、固くなるな。明日や明後日のことではない」
「でも、元帥は僕らに明かしてくれたんすね」
設計士が鼻をすする。その目には涙が浮かんでいた。
「僕らを信じてくれて……うれしいっす」
「それはそうだ。いくら評議会員の父を持つ私とは言え、サルメの前では無力に等しい。私の武器はお前たちだ」
「元帥ぃー!」
「おいおい、泣かせること言うんじゃねえよお」
「うぅぅ」
集まって泣き出す部下に、元帥は困りながらも笑顔を浮かべた。
彼らとならば、この一大事も成るだろうとそう思ったのだ。
「さあ、さあ、まだ報告会は終わっていないぞ。次は竜人族の飛行船についてだ。竜人族を裏切った、副船長とやらの情報を教えてくれ——」
しかし元帥は気づいていなかった。
涙を浮かべた部下の中にひとり、内心でほくそ笑んでいる者がいることを。




