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「……中の人、起きていますか? レフ人ですか?」
「!」
最初の扉に声を掛けると、運良く起きていたらしい人が近づいてきた。
食事を出し入れするための隙間からのぞき込んでみると、汚れたコンバットスーツと軍服のズボンが近づいてきた。
「君は?」
「レフ魔導帝国で活動していた冒険者です。そちらは?」
「私は帝国空軍第4飛行部隊の曹長だ」
最初から階級持ちの人とはツイてる。
「僕も空に吸い込まれたひとりですが、なんとか生き延び、他の生き残りを探しているところです」
「ここはどこなのだ?」
「……もうひとつの別世界、いわゆる『裏の世界』と呼ばれている場所です」
「なんだそれは」
「残念ですが説明している時間がありません。皆さんの状況を教えていただけますか?」
「……君は私たちを救う力があると?」
「可能性は提示できます」
「わかった」
この曹長は頭の切れる人なのだろう、すぐに決断して話してくれた。
生き残りは13人、死者は45人——その死者の数字は僕が見た死体の数と一致する。
飛行船は問題なく動いていたが、天を衝くほどの巨大な山羊ににらまれ、墜落させられたのだという。
フォレストイーターだ。
その後、墜落の衝撃で多くのレフ人が死に、生き残った者で救助作業に当たっていたところ地底人に囲まれたらしい。
「……連中は、抵抗すれば容赦なく攻撃を加えると言ったのだ。我らには多くの『魔導武装』があり、十分戦えるはずだったが……副船長が命惜しさに降参すると言い出してな」
「副船長?」
「船長は墜落で亡くなったのだ。そして副船長が指揮を執っていたが……これが出来の悪いバカ者で、コネだけで入隊したのだ」
「ああ……」
レフ魔導帝国は小さな国だから、父親がお偉いさんとかだとコネ入隊なんてのも往々にしてあるんだろうな……。
「だが、敵にも明らかに強者がいた。ゆえに我らも戦っていたら死者は出ていただろう……」
「強者ですか」
「問題はその強者に、魔導武装が渡ってしまったということだ。脱走するにも、ヤツに見つかればただでは済まん」
「……その人物の特徴は?」
「紫の髪を後ろで縛った若い女だ。長いキセルのようなタバコを喫んでおったが、目が、死んでおった。あれは何人も殺しすぎて、感覚の麻痺した目よ」
「わかりました。気をつけます。それで、ここには全員が?」
「おそらく12人全員がいる」
「12人? さっき生き残りは13人と……」
「……副船長は真っ先に命乞いをし、敵に媚びを売ってな。今は独房ではない場所で敵に取り入っておる」
「…………」
ぎりぎりぎり、という歯ぎしりが聞こえてくる。めちゃくちゃ怒ってる。その気持ちはよくわかるけど……。
「皆さん、待遇は問題ないですか? 今すぐの脱出は難しいので、できれば準備して明日がいいのですが……もしもキツイようでしたら今日中にしたほうがいいと思います」
「飯は不味いが、マイカ茸なので耐えられる」
「……そ、そうですか」
僕にとって「飯は不味いけど白飯だから許す」みたいなものだろうか。
僕は自分のやってきた痕跡を思い返す。
警邏隊の入口のカギを破壊した。この建物の屋上の掛け金を破壊した。
前者はカギを回収してどこかに隠せば紛失したと思わせられるだろう。それ以外の痕跡は残していないし。
後者は細工して経年劣化した感じにすればなんとかなる。
「明日の晩にまた来ます」
「ああ……できれば副船長を見つけたらぶん殴っておいてくれないか。いや、見つけたら私がこの手でやりたいが」
いや、そんなことやったら僕がバレるから。
「!」
そのとき僕の鼻はタバコのニオイを嗅ぎ取った。
カツン、カツン、と階段を上る足音が聞こえる。
「……行け」
曹長も足音を聞いたのか、そう言った。
「はい」
僕は【疾走術】で足音を殺して階段へと戻る。このまま上がればすぐに屋上だ——けれど、魔が差した。上がってくるのが誰なのか、確認しておこうと思ったのだ。
もしも曹長の言う「強者」とやらがいるのなら、【森羅万象】で見ておいて損はない。
踊り場で息を潜める。
ここに明かりはないので、僕の身体は完全に闇と同化している。【夜目】があっても見えるかどうかは怪しいほどの暗さだ。
足音が近づいてくる。
下に続く階段に、ポゥと明かりが差した。
その明かりは一定の光度を保っている——魔導ランプだ。
足音が近づいてくる。
ゆらりと紫煙が現れる。
すると——フードをかぶった地底人が階段に現れ、口元にくわえているのか長いキセルが伸びていた。
「…………」
立ち止まった。
ジジ……とキセルの火が赤く光り、次に音もなく空気が吐かれる。鼻から吐いたようだ。
一服のために立ち止まったのか……?
その地底人は残り2段を上りきると、独房の並ぶ廊下へと向かう。
「!」
いきなりこちらを振り返った。
「…………」
危なかった。
油断して、顔を見てやろうと首を伸ばすところだった。
僕はできる限り最速で首を引っ込めた。身を守ろうとするカメよりも速かったと思う。
沈黙が降りる。
僕の鼻にタバコのニオイが届く。
(これは……)
すると足音が遠ざかっていくのが聞こえた。どうやら通路へと入っていったらしい。
なにが目的でこんな夜に独房へ向かったのか確認するべきだろうか?
(答えはノーだ)
まさか、殺すわけではあるまいと思う。念のため身を潜めていたけれど、静かなもので、ただ廊下を歩いているだけのようだった——その動きはまるで夢遊病者のそれだった。
僕はこっそりと屋上へと戻り、掛け金をぐちゃぐちゃにひしゃげさせてから外へと出た。
曹長があの地底人を「強者」だと言った理由がわかった気がした。
なにかしらの天賦珠玉を与えられているはずだ。僕を狙撃してきた地底人も魔法を使っていたし、竜人都市と違ってここにはそれなりの数の天賦珠玉があると見て間違いない。
中でも、今の地底人は……おそらく曹長の言った「強者」である彼女は、星の数が多い天賦珠玉を持っている。
5つ、あるいは6つなんていう、特別なものを。
(あのタバコのニオイ……)
【森羅万象】によれば、あのタバコは——強烈な鎮痛作用を持つ。
僕が思い出したのは【影王魔剣術★★★★★★】を使ったときの痛みや苦しみ——それを和らげるためのタバコなのではないか、と思ったのだ。




