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ラ=フィーツァは「変わり者」だった。
——また種族が滅んだぬりィ……。次は我らの番だ!
それが口癖で、常にみんなの不安を煽っていたので嫌われ者だった。
ラ=フィーツァはひとり、旅に出た。
群れを離れた竜人は野垂れ死ぬしかなく、ラ=フィーツァも例外ではなかった。
ラ=フィーツァはダンジョンで死ぬことにした。
長い長いダンジョンの先で、ラ=フィーツァは眠りに就いたのだ……。
★
「とまあ、こんな話だぬ」
偵察チームのリーダーが教えてくれた話は、役に立つような、立たないようなものだった。
僕らはいまだ森を走り続けている。竜人族のスタミナはすばらしく、【回復魔法】と【補助魔法】で僕がようやく食らいついているくらいだった。彼らは天賦を持っていないはずなのに……これが自然淘汰に耐えている竜人の底力か……!
「長老たちは、僕にそんな話はしてくれませんでした。というかこの話の最後も『別の世界へ旅立つ』という感じでもないですよね」
「でも、俺はそうとらえたんだぬ。そのほうが面白いぬ」
「な、なるほど……」
厳ついリーダーが目をキラキラさせている。
「竜人族に伝わる昔話は、ほとんどが実話だぬ。だからラ=フィーツァは実在したと俺は考えているんぬ。でも長老たちはラ=フィーツァが嫌いだぬ」
「どうして嫌いなんでしょう」
「『ぬり』を流行らしたからだぬ」
「……あの、『ぬ』とか『ぬり』とか『ぬろ』とかなんなんですか?『ぬれ』でキレてる人たちは見ましたけど」
「そこはフィーリングで感じて欲しいぬ。竜人らしく『ぬ』。ちょっと一杯やろうぜ、という親愛の『ぬる』。そして絶望の『ぬり』……」
「ジジイの『ぬろ』」
「やっぱ若い竜人は『ぬれ』だよねー。老人はすぐ言葉の乱れがーとか言って怒るんだけど」
偵察チームのふたりがキャッキャしていると、リーダーは渋い顔をした。ああ、これはアレですね。「ぬれ」に対していい思いを持っていないんですね。
聞くだけ聞いたけど正直どうでもよくなってきた。
「今の『ラ=フィーツァの旅』ですが、ラ=フィーツァに同行した者はいたんですか?」
「それはいないぬ。いないからラ=フィーツァなんだぬ。孤高の変質者がラ=フィーツァだぬ」
すごい言われようだけど、彼は「表の世界」でひとつの国を富ませるまでの技術提供者になってますよ……。
「でもそれだとおかしいですよね。ラ=フィーツァの最期を誰が看取って物語にしたんでしょうか?」
「たぶんだが、残った竜人たちの希望的観測ではないかと思われるんだぬ」
「……身も蓋もないですね」
「出てった仲間が成功していたら竜人都市にしがみついて生きていくのはつらいんだぬ」
辛辣な言葉だが、リーダーは「あっはっはっは」と笑っているのでオーケーらしい。
毎度思うけど、竜人たちはたくましい。
「そのラ=フィーツァなんですが、たぶん僕がいた世界に来ているんですよ」
「なぬ!? どうやってだぬ!?」
今度はリーダーがすっ転びそうになって、いや、すっ転んで、ごろごろ転がった勢いで飛び起きて走り続ける。おー、と拍手する若い竜人2名。
「それが知りたくて……。ラ=フィーツァがどの辺りで消息を断ったか、なんてわからないですよね……」
「うーむ。正確な位置はわからないが、さほど遠くはないと思うんだぬ」
「え、どうしてですか?」
「竜人都市が移動していることは知っているのかぬ?」
僕はうなずいた。モンスターの攻撃から逃げるように、何度も何度も都市を再建していると。
「都市を置く場所はローテーションしているんだぬ。今の都市は、8代前の都市があった場所と同じで、遺構を利用しているんだぬ」
「そうだったんですか!? それはすごい発想ですね」
「我ら竜人族は偉大なんだぬ」
胸を張っているリーダーの頭には枯れ葉が3枚へばりついている。
竜人都市は同じ跡地に移動しているのか……遊牧民みたいだな。牧草がなくなったら家畜とともに集落が移動し、牧草がまた生えたころに戻ってくるという。
「もちろん、ラ=フィーツァが長い長い旅の末にそちらの世界に移ったのならばそれはないと思うがぬ……でもひとりで、この森を歩くのはとんでもなく危険だぬ」
「僕もそう思います」
それに、ラ=フィーツァは「表の世界」に移ってから「九情の迷宮」を作った。
年を取ってから作りだしたら完成の前に寿命がきてしまうだろう。
竜人の寿命はヒト種族とほとんど同じなので、いくつかある竜人都市の遺構からそこまで離れていない場所で、「表の世界」に移動した——そう考えるのは希望的に過ぎるだろうか?
いや、仮説として、検証してみる価値はあるはずだ。
(そう言えば、どうしてラ=フィーツァは2つの世界をつなげる「九情の迷宮」を作ったのかな……まあ、なにか理由があったんだろうな)
俄然やる気が出てきた。ラ=フィーツァが使ったシステムが残っているなら、僕とアーシャはすぐにも向こうの世界に戻れる。
「——そろそろ飛行船に到着する。一度休憩しよう」
リーダーの言葉に、我に返った。
僕らは軽食をとり、水を飲んで休憩することにした。
今の位置は、竜人都市から北東にだいぶ進んだところだ。「表の世界」で言うところのクルヴァーン聖王国の聖王都にほど近い場所に当たる。
(……お嬢様、今ごろなにしてるかな)
聖王国のエヴァお嬢様は、伯爵と仲直りはできたと思う。伯爵のほうはお嬢様が好き好き大好き超愛してるなので、お嬢様が受け入れればすぐにふたりの仲は元通りだ。
今ごろ伯爵とふたりで聖王国の中枢で貴族貴族しているのかな。
……あのふたりがタッグを組むとか、強すぎるのでは?
(それにラルクもなぁ……せっかく会えたのに)
飛行船の上に現れたラルク。彼女は【影王魔剣術】を使ってヘビギンチャクをたたっ切っていたっけ。
(……そう言えば、【森羅万象】でようやくあれを見たんだよな。僕も再現できるのかな)
最初に見たとき、ラルクは僕を守るために鉱山兵たちを【影王魔剣術】で倒してくれた。でもあのとき僕は【森羅万象】を持っていなかった。
次は竜を倒したときだ。でも僕は気を失っていた。
そして今回——。
「手から……黒い剣が——!?」
近くの木に向けて放ってみると、とてつもない量の魔力が抜け落ちていくのを僕は感じた。黒い斬撃はすぐそこの木を切り裂き、その先にある3本の木もまとめて斬り落とした。
「な!? なんだぬ!?」
「うぎゃあ!?」
「ひえええ」
3人の竜人が焦った声を上げたけれど、
「ハッ、ハァッ、グ、ガハッ、ハァッ……」
僕は全身から汗が噴き出し、その場に両膝をついていた。
(な、なんなんだよこれ!? むちゃくちゃ燃費が悪いじゃないか! 僕が天賦珠玉を使っていないから? もちろん、それはあると思う。だけどそれにしても——)
ちくり、と胸の奥を刺すような痛みが走る。
(……魔力じゃない。生命力を使っても、この天賦は発動できるんだ……そういうことか、【森羅万象】先生)
ラルクに魔力があったとは思えない。あってもそこまで多くはないだろう。
だというのに彼女が、自在にこの天賦を操り、あまつさえヘビギンチャクのようなものを斬ることができたのは——。
「……命を、削っているのか?」
僕は、すぐにも「表の世界」に戻らなければならないと思った。
ラルクは、命を削ることを知っていてもなお、あの天賦を使うだろう。
自分のためじゃない。
弱い人を守るためだ——僕のような弱者を。
早く戻らなきゃ。
戻って、彼女の身体から【影王魔剣術】を抜かなければならない。
他の誰が言っても、ラルクはあの力を手放さないだろう。力があれば多くの人間を守れることを知ったラルクは。
(でも僕なら?)
僕ならラルクを説得できる。いや、絶対してみせる。
またひとつ、「表の世界」に一刻も早く戻る理由ができてしまった。




