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チョチョリゲスは3つの頭とミミズの尻尾を持つ怪鳥だ。羽根の色は紫がかった青で、森の闇に溶けるけれど、竜人たちの焚き火が羽根にぬらりと光るのでそこまで見えにくいことはない。
「鳥目」なんていう言葉があるから「鳥は夜に活動できない」と思うかもしれない。
でも実際はそんなこともないと聞いたことがある。
でなければ夜行性のフクロウなんていないし、渡り鳥は天敵を避けるために夜に渡るし。
家禽の代表格である鶏が、視力が低く、夜にはまったく活動できないから「鳥目」という言葉ができたのだ——。
「囲め囲めェ! 囲んでボコれば勝てるぬらァ!」
「飛べねえくせに羽ばたいてんじゃねえぞァ!」
「獲りに行く手間が省けたぬ!」
黄色の目を光らせたチョチョリゲスは、羽根を開きながら突っ込んで来る。身の丈2メートル近いその存在が、羽根を広げると威嚇としては十分怖い。
「ひゃああ……」
アーシャが僕の腕をつかんで背中に隠れ、周囲にはボボボッと火球が浮いた。
「ぬりぃ……」
キミドリゴルンさんが僕の腕をつかんで背中に隠れようとしたところを、キミドリパパに捕まって前線に放り出されていた。
「キミドリゴルン! かつては『天使の笑顔を浮かべし悪魔』と恐れられたお前の凶暴さを、ここでもう一度披露してみせよ!」
「パパ! それって我が2歳の頃の話だぬ!?」
「2歳も20歳も変わらんぬ!」
「変わるってぇ!? こんな武器を持たせないでくれぇ!」
金属バットから大量のトゲが生えたような凶悪な武器を持たされ、キミドリゴルンさんがブルブル震えている。
僕、ちょっとわかった。
彼はこういう体育会系のノリが無理なんだろうね……だから湖の畔でひっそり暮らしていたと。
「ぐああ!」
「気をつけろ! イササカノルンがやられた!」
ちょっと覚えにくい感じの名前の竜人さんが、チョチョリゲスのクチバシに腕をえぐられ血を噴いていた。
うお……えげつないくらいに鋭いな、あのクチバシ。
「抜けたぞォ! 客人、気をつけるぬらァ!」
羽を広げた怪鳥がこちらに突っ込んで来る。
『ピギャアアアアア!』
僕とアーシャまで10メートル。
確かに——僕の身長よりはずっと大きくて凶暴だ。
「だけど」
僕は右手をチョチョリゲスに掲げる。発動させるのは【土魔法】だ。
ラグビーボール大の岩石を魔力によって生み出し、【風魔法】で渦を作り回転させる。
「大きければ大きいほど、的として大きいってだけなんだよね」
パシュンともバヒュンとも言いがたい、空気の破裂音とともに岩石は射出される。弾丸のように回転しているのでその軌道は安定し、チョチョリゲスの中央の頭を吹っ飛ばす。
『ピ!?』
『ギャ!?』
左右の頭がぎょっとした顔をするけれど、
「今さら警戒しても遅い」
僕は右、左、と次々撃ち抜いた。首から血を噴きながらチョチョリゲスはそれでも走り続け、左へと緩やかにカーブしながら最後は足をもつれさせて転び、そこにあった焚き火に突っ込んで火の粉を上げた。
「客人がつええええぞ!」
「これで我が竜人軍の勝率は98%となったぬ」
「むしろ今まで負ける確率結構あったのかよ」
「残りの2%はなんなんだぬ」
竜人はざわざわしたけれど、それから30分ほども乱闘を続けてチョチョリゲスを倒し、十数羽が逃げていった。
僕ももっと参戦したかったけれど、すっかり怪鳥に怖じ気づいてしまったアーシャと、逃げてきたキミドリゴルンさんとを保護するのに手一杯で、それ以後は3発程度魔法を撃っただけで終わった。
「——獲物は全部でどうなったぬろ?」
「長老様、全部で8羽と、客人の落とした1羽だぬ」
「ふうむ。まあ、こんなものか……」
「手負いの1羽を狙って何人か追ってます」
戦闘が終了すると、あちこちで獲物を集めたりケガ人を救護したりとしている。
「終わったよ、ふたりとも」
「は、はい……申し訳ありません、レイジさん。お、驚いてしまって、結局なにもできませんでしたわ……」
「我も……」
「いや、まあ、突然だったししょうがないですよ。お茶を淹れるので飲んでください」
焚き火で沸いていたポットのお湯から、道具袋に入れてあった茶葉を使ってお茶を淹れる。ミミノさんからもらっていた茶葉で、残りは少ない。でも放っておいてもダメになるだけだから使ってしまったほうがいいだろう。
「ほう……」
「うまいぬ」
ちょこんと座ってお茶をすするアーシャが可愛くて正直直視できないのだけど、横にキミドリゴルンさんがいるから正気を保っていられる。
「……レイジはすごいぬ。さっきのは、魔法……だぬ?」
「はい。たまたまそういう天賦を得ているので」
「天賦珠玉なんて、竜人都市にいくつあるのか」
それほどまでのレアアイテムになってしまっているのだ、天賦珠玉は。
僕はせめて、負傷している人たちに【回復魔法】を掛けようかと思って立ち上がると、
「その腕輪が魔道具なのかと思っていたぬ」
僕の左腕にある腕輪を指差した。
「ああ……これはただのGPSですよ」
「じーぴーえす……とはなんだぬ?」
「あはは。魔法を使うための魔道具ではないです」
僕はそう言うに留めた。キミドリゴルンさんが魔道具研究の道に進みたいのならば教えてあげるのもやぶさかではないのだけれど、今は治療が先だろう。
この腕輪は、レフ魔導帝国に入国するときにもらったまま、付けっぱなしだ。実は魔石の出力が下がっていたので、僕が魔力を込め直していたりする。
(もしかしたら……)
この腕輪から発信されている情報が、空の亀裂を超えて向こうの世界に届くかもしれない——そんなふうに望んでしまうのはさすがに無理があるだろうか?
でも日本でもLPWAみたいな規格があったし。
LPWA(Low Power, Wide Area)は少ない電力で、広範囲に電波を飛ばす規格……だったはずだ。公務員だった父が、自治体で取り入れる話がきてどうのと話していたことを思い出す。あのときほんの聞きかじった内容だと、広範囲に電波を飛ばすことはできるが、その分、伝達できる情報量は少ないんじゃなかったかな。
ガスの検針はLPWAが普及すればなくなるとかなんとか。
とはいえ、100km以上を飛ばせるなんてことはなくて、いいとこ数十キロ程度だったはずだけれど。
(魔力による情報伝達は大気や大地に満ちている魔力の質によって変わるみたいだな)
【森羅万象】で測定できる範囲では、この「裏の世界」は魔力濃度が高い。
魔道具が飛ばしている魔力波との相性がどこまでいいかはわからないけど、それでも魔力濃度が低いよりは高いほうがいい。
結果として、向こうの世界に腕輪の情報が伝わる可能性は——ほんの少し上がっているんじゃないだろうか?
「さて——僕、【回復魔法】を使えるので治療に協力します」
傷口を洗い流して包帯を巻こうとしている竜人に話しかける。
「いいのか、客人!」
「魔法を使えるなんて……」
「どれくらい治せる?」
縫わなければならないような傷に魔法を掛けていく。とりあえずの止血はできるけれど、断裂した細胞はすぐに治ったわけではないことを説明する。
物珍しさに指先が切れただけの人もやってきたけど、さすがにそれはお断りした。魔力は有限だからね。
「…………」
その間、僕のそばでキミドリゴルンさんがじっと魔法発動の様子を見つめていた。
「このチョチョリゲスの量では、市民全員に肉が行き渡ることはないぬろ……」
「仕方あるまいて、赤の長老。せめて若者、子どもが食べられればそれでよかろうぬ」
「明るくなったら卵を回収しよう」
そんな話し声が聞こえてきた。
(さっきのチョチョリゲスは全部逃げたんだろうか……? 巣を放棄して? 卵が残ってるなら畜産を……いや、そう簡単にできないよな……)
チョチョリゲスという種がどれくらい残っているのかはわからないけれど、今から試行錯誤してチョチョリゲスを家畜として育てていくのは相当に難しい気がする。そもそも畜産の発想があるのかどうかわからないし。
だからといって、放っておいて増えるのを待つにしても、向こうがこちらに気づいたら襲ってくる。
巣がいまだ機能しているのなら、放っておいて、個体数が増えたらまた狩りに来る……とかにしたほうがいいんじゃないかなぁ……。
「長老! 追跡チームが帰ってきたぬ!」
とかなんとか考えていると、森の奥から数人の竜人が戻ってきた。
チョチョリゲスの巨体を担いできているが、担がれているのは怪鳥だけじゃなかった。
「長老! 長老! ケガ人だ! 重傷だぬ!」
気を失ったキミドリパパが運ばれてきたのだ。
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ちなみにリエリィ登場回です(とても重要)。




