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「これは……まあ、予想はちょっとだけしてたけど」
キミドリゴルンさんの実家は大変太かった。
竜人都市の中央に位置する豪邸がそれだったのだ。
3階建ての石造り、屋根はつややかな赤色の塗料が塗られてあって非常に目立つ。日が沈むとほんのり発光し、
「パパがどんなに酔っ払っても、遠くからでも家がわかってありがたいぬ、なんて言っちゃって、もう〜」
おばさんはニコニコしながらそんなことを語った。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま!」
男女問わず屈強な竜人が勢揃いして頭を下げる。竜人は筋肉のつきがいいのか、ボディビルダーみたいな人もごろごろいるから驚きだ。
使用人は全員マッチョ。おばさんはマッチョじゃないけど蹴りで1メートルのウサギを瞬殺する。ここは世紀末。ユー・アー・ショック!
「ヒャッハー!」
ほら、モヒカンが出てきた——え、マジでモヒカンが出てきたんだけど。
頭髪はないからトサカがとんでもなく立ってるってだけではあるけど。
「奥様、今日はなかなか立派な一角ウサギでございますぬら!」
「キミちゃんが帰ってきたから今日は腕によりをかけてぬら!」
「ヒャッハー!」
汚物を消毒しそうな竜人は一角ウサギを受け取ると嬉々として厨房へと去っていった。もちろん彼もマッチョである。
そう言えばクルヴァーン聖王国でもヒャッハーが口癖の護衛がいた気がするけど、遠縁の方ですかね。
僕とアーシャは客室に通された。竜人は竜人都市に大多数が集まっているために町から町への行き来なんてものはほとんどなく、ホテルはもちろん、客室を持っている家とて非常に少ないそうだ。
「ごめんなさいねえ。ウチも手狭だから客室も1室しかないのよ……」
おばさんはそう言いながら目をキラッキラにしつつ「若いっていいわねえ」とか言っていたので、どうやらひどい誤解をしているらしい。アーシャ、お願いだから顔を赤くしないで。僕がやりづらくなるから……。
「——いろいろ気がついたところを情報交換しましょうか」
とにもかくにも落ち着いたところで僕はアーシャに切り出した。
「まずは僕からですが……建築様式やその他はあまり変わらないですね。言葉が同じというのがほんとうに大きいです」
「街中に書かれていた文字は私たちのものと同じではありますが、少し古い字体も見られましたわ」
「『まったく同じ』世界というのは、構成要素が同じで、歴史は違う……ということなんですかね」
「しかし2つの世界をつなげる方法などというのは、ハイエルフでも聞いたことがありません」
「そうだ——アーシャは『盟約』、『古き盟約』というものについてなにか聞いたことはありませんか?」
ふと僕はそのとき盟約について思い出した。
これまで、あまり深く関わらないようにしてきた盟約だけれど、2つの世界の話をするときに盟約は切っても切り離せない。
「『盟約』……はい、エルフの森に伝わる内容であれば知っています」
僕は首をかしげた。「エルフの森に伝わる内容」……というのはどういう意味だろう。盟約は何種類もあるのだろうか?
先を促すと、
「ハイエルフが管理するのは『天賦珠玉の盟約』です。内容はとてもシンプルで——」
★ 天賦珠玉を取りすぎてはならない。
★ 天賦珠玉は世界を構成する。
「この2条より成ると聞いております」
今まで触れてこなかった盟約に関する情報が、するっと教えられたことがなんとも不思議な感じがした。
天賦珠玉を取りすぎるな……か。「六天鉱山」の竜は天賦珠玉を感知して破壊していたっけ。
「すごくシンプルですね。でもその内容って別に、盟約っていう感じがしないというか……」
「はい。私も聞いたときには不思議に思いました。これはハイエルフの王族にのみ伝わるものだそうです」
「ええと、なんでしたっけ。1つ目が——」
「はい。『天賦珠玉を取りすぎてはならない』です」
「ああ、そうそう……」
と言って、僕は唖然とした。
(なん、で……?)
盟約について思い返そうとすると、記憶がざらついておぼろげなものになってしまう。
だけど、それはおかしい。
僕は【森羅万象】によって忘れることができないのだ。
だというのにふわっとしたイメージは頭に残っているものの、一言一句は記憶に残っていない。
「レイジさん、どうしました?」
「あ、いや——大丈夫です。なんだか、頭に残らないので……」
「そう言えば、そうらしいです。『天賦珠玉の盟約』についてはハイエルフの王族だけが知ることで、エルフはもちろん、ハイエルフであっても王族以外は記憶できないのだとか」
「盟約がいったいなんのためにあるのかはわかりますか?」
「エルフの森には『三天森林』があるので、その管理のために必要……というようにしか聞いていません。私が、もうちょっとまともだったら教えてもらえていたのかもしれませんが……」
アーシャは悲しそうに目を伏せた。
それはアーシャがエルフにとって禁忌である【火魔法】を発動してしまう特異体質のことを言っているのだろう。
「アーシャ。でも、おかげで僕はあなたに会うことができました。あなたに出会えたことは……僕にとってとてもすばらしいことだから、できれば悲しい顔をしないで欲しいです」
「あ……」
僕が言うと、アーシャは可愛らしい口を小さく開けて、それからすいっと視線を横に向けた。
「ズ、ズルイです……そんなふうに言われたら……私だってあなたに……とてもうれしくて……」
最後のほうがもにょもにょして【聴覚強化】でもよくは聞こえなかったけれど、最初の「ズルイ」だけはバッチリ聞こえた。
ズルイ……ズルイか。そうだよな。こんなふうに言われたら「お前になんぞ会いたくなかったよ」なんて言えないもんね……。
ふつうに考えて「裏の世界」なんていう場所に飛ばされて、「よかったわ〜」なんて言えるわけもないよね……。
「ごめんなさいィィ!」
「え!?」
思いっきり頭を下げた僕にアーシャがびくりとする。
「調子に乗ってました! アーシャの優しさにつけ込むつもりはなかったんです! 他意はなくて! ちょっと雰囲気を明るくしようとしただけなんです!」
「え? え?」
「僕は屋敷の皆さんの様子を見てきます……アーシャはゆっくりしててください」
「あ、いや、え——」
調子に乗りすぎたことを反省しつつ、僕はアーシャをひとりにして休んでもらうことにした。アーシャは優しいから、休みたくとも僕がいたら気を遣っちゃうだろうし……。
僕は気が利く男になるのだ。
「レイジさん〜〜〜!?」
閉じた扉の向こうでアーシャの声が聞こえたけれど、「大丈夫です。ごゆっくり!」と僕は告げて廊下を進んだ。
食事時に会ったアーシャは、なんだか不機嫌だった。……なぜだ?




