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★ 「月下美人」 ★
サーチライトの光が舐めるように船体を照らしていく。
だが甲板は無人だ。というのも飛行中に甲板に出るのは強風に煽られ、ほぼ自殺行為なのですべての作業は船内でできるようになっている。
「お頭、やべえっすよ! 帝国の軍用飛行船がわんさか出てきやがった! 死体にたかるハエくらいいっぱいだ!」
「おめえ、そういうのはな『雲霞のごとく』って言うんだ。だが飛行船がそれほどの数あるとは思えねえから、あまり正確な例えではねえな……」
「言葉のお勉強やってる場合かよ!?」
広いコントロールルームは最低限の明かりしか点いておらず、薄赤い光に包まれていた。司令官シートが中央にあり、周囲には伝声管や各種船内機能を実行するためのコントロールパネルが存在していた。
正面の分厚い窓の向こうには夜空が広がっており、向きは未開の地「カニオン」に向いているので黒々とした大地しか見えない。
帝国があるのはその背後だ。
「どだい無理だったんだ! こんなでっかい飛行船をたった5人で動かすなんて!」
「俺とお嬢は触っちゃいねえから、実質3人だな。カッカッカ、痛快じゃねえか。おめえらは3人でこれほどの、未曾有の飛行船を操作したんだぞ」
「だから笑い事じゃねえって!? どーすんだよ! もう燃料はほとんどカラッポだぞ!」
「落ち着けや。俺らは空賊『満天かいな』だぞ。この大空を腕を広げてつかんでやるという意味だ」
「空賊になったのなんてお嬢が来てからの数か月だろうがよ!? それまでは山賊だったじゃねえか!」
「山賊『山塞烈風』という名前も、いわんやグッドセンス」
「もうアンタの考えてることがわかんねえよ!?」
実のところ「月下美人」は帝国領内から逃げ去ったわけではなかった。その燃料がほとんど尽きかけていたために、不時着しようとした山陰に空洞を見つけ、緊急避難したのだ。
幸運にも追っ手をまくことができたようだが、問題は燃料をどうするかということである。食料は十分に備蓄されていたので5人程度ならば1か月どころか1年は保ちそう——腐りさえしなければ——だったが、魔道具に明るくない彼らは燃料をどのように見つければいいのかわからなかった。この大きな船内に予備燃料が隠されているのでは? と考え、あちこちを捜索していたところへ起きたのが、大空洞の崩壊である。
「畏怖の迷宮」攻略後、帝国研究チームが最奥の小部屋で「実験」をした結果、迷宮に隣接する大空洞にも影響があって崩壊が始まったのだが——もちろん「満天かいな」の彼らが知るよしもない。さらには大空洞に棲み着いていた触手ヤモリの皆さんも知らない。ただ逃げ惑うだけだった。
ドォンッ……と船体が響くような音が聞こえてきた。
「撃ったのか?」
「あ、ああ……とりあえず威嚇射撃でもしとかねえと、すぐに追いつかれそうだったから。ちゃんと広そうな空き地に落とすよう言っといたから大丈夫だ」
「そうか。なら安心だ」
その砲撃はアナスタシアの住む館の庭に落ちたものだった。
「で、お頭。お嬢は? もし戦闘になったらお嬢の力が——」
「ダメだ。お嬢には戦わせねえ」
有無を言わせぬお頭の口調だった。
「それをやったらなんの意味もねえだろう。俺たちはお嬢に救われた。そんで今、お嬢が苦しんでる。お嬢を助けるために飛行船を手に入れようって話になったのに、お嬢に力を使わせたら、またあの黒い力がお嬢の身体を蝕むことになる」
「わかってる……わかってるけどよぉ」
「わかってるならどうにかしろい。おめえはこの飛行船唯一の技術者じゃねえか。俺たちゃおめえに懸けてんだよ」
「〜〜〜〜」
男はガリガリガリと頭をかいて、
「わーった、わーりましたよ! 今やるべきは帝国からの脱出。最悪、燃料を使い切ることになるがそれでも俺たちが生き延びることを最優先にしますぜ!」
「それでいい」
「お頭はなにするんだ」
「俺か? 俺にやれることなんざねえから、この特等席で最高のショーでも眺めながら一杯引っかけ——」
「だったら砲手になって弾の一発でも撃ってくれよ!」
「……へいへい、人使いの荒れぇ部下だ」
肩を怒らせて去っていく男に続いて、お頭も立ち上がり、歩き出す。
「お嬢……負けんじゃねえぞ。天賦の副作用なんぞに」
つぶやくと、砲台のあるフロアへと向かった。
★
爆発の揺れで全員が動きを停めた。
「な、なんだ!?」
「敵襲!?」
「プシャア!?」
殿下の部屋に踏み込んできた兵士たちがあわてた表情を見せる。大槌を振り回してる大男は部署内でのコミュニケーションに問題はないのだろうかと僕は勝手な心配をしてしまう。
(動く——よしっ。さすがミミノさん!)
左半身はもう動くようになってきた。刺さった矢を抜きたかったけれど、手の届かない場所なのでこれはあきらめるしかない。
「あ、賊が動くぞ!」
「仕留めろ!」
兵士たちは僕を優先することにしたようで、再度襲いかかってくる——けれど、ここまで身体が動くようになれば魔法の行使も問題ない。
身体を巡る魔力を使って発動する「魔法」は、肉体に異常があると発動効率が著しく落ちる。ケガならさほどではないのだけれど、毒や病気はかなりキツイ。先ほどまでの状態なら発動できても暴走しそうだったのだ。
「殿下、目をつぶって」
「!」
走り寄る3人の兵士に向かって、僕はかなり高めの魔力を入れ込んで【光魔法】を放った。カッと室内が明るくなり——目をつぶったまぶたの裏でも感じられるほどの明るさで——兵士たちは叫び声を上げてよろめいた。
その隙に立ち上がった僕は、
「殿下。僕は行きます。外も危ないみたいなので安全なところに避難してください」
「…………」
「殿下?」
手をつかんで離さない殿下は、なにか言いたげに僕を見つめていた。だけれど殿下は、口だけで「あ・り・が・と・う」と形を作って——僕の手を離した。
(なに? なんなんだ? 殿下が、なんだか泣きそうな顔をしてる)
なにか大切なことを言いたいのに、言えない——そんなふうにさえ見えた。
こういうとき【森羅万象】は役に立たないな。
いや……役に立たないのは、僕のほうか。殿下がなにを考えているのかまったく見当もつかないなんて。
「プルシャアアアア!」
ヤバイ、大槌バーサーカーの視界が戻った。
僕はあわてて走り出し、一瞬迷ったけれど殿下の天賦珠玉を入れた革袋をつかむと自分の道具袋に突っ込んだ。
この天賦珠玉を殿下が見る必要はないと思うし、ここに残していったらいったいこれがなんなのかという話になりそうだからだ。
僕はポリーナさんが壊した窓から外へと飛び出した。
「うわあ……」
サーチライトに照らされた「月下美人」が逃げていき、それを追尾するようにいくつもの飛行船が、帝国中から飛び立っていくのが見えた。
『一般市民は屋外に出ることを禁止する。頑丈な屋根や建築物の中で待機すること——』
警報はいまだ鳴り響いていた。
黒い力に苦しんでいる「お嬢」はいったい何者なんだ……。
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